2009年10月05日

月に負け犬

好きな人やものが多過ぎて

見放されてしまいそうだ


「月に負け犬」   椎名林檎



彼女が歌った様に百道浜や室見川に囲まれた「正しい街」で育ち、Londonに寄り道をして、故郷の名古屋に顔見せに行って、今、東京へとやって来た僕。

ここ数日、かけがえの無い人達との出会い、再会、コミュニケーションを通して音楽がもたらす繋がりを再確認する日々が続いていました。

自分は出会いに恵まれているなと、つくづく実感しました。

101A、qii、THE DAYS、STRAY BULLETS・・・。友人のバンド達も凄い勢いで活動の場を広げていっています。

感化されたり、楽しませてもらったりする反面、考え込む事もしきりに。

僕自身はどうかというと、経験値こそ積んでいるかも知れません。しかし、それを巧く利用してレベルアップをする事を怠っている気がしてなりません。次のステージに、というプロセスが抜けてしまっている様なそんな感じ。

Londonにいた頃はよく ”晴れないかな” と思っていたものですが、良く考えたらそれは完全に受動的ですよね。天気の所為にするなんて。

尊敬する人の前で、自分が無力だと思い知らされる事。いや、でもそのある種の限界が、僕を動かしているのかも知れません。

何時に無く真面目な文になってしまいました。

明日はLondon時代の仲間が集まって歓迎会をワイワイやってくれるので楽しみです。



此の川は絶えず流れ行き

一つでも浮かべてはならない花などが在るだろうか

無い筈だ

僕を

認めて





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2009年10月01日

昨日の2大ニュース

昨日、Thomさんご乱心の件で多くの方からメール等でお知らせを受けました。かく言う僕はとあるイベントでFISHMANSやUAのライブを観ておりましてリアルタイムに受け答え出来ませんでした。

いやぁ、UAって歌巧いね。当たり前ですが。

あとFISHMANS最高。あの2人が他界してもまだ最高ってどういう事だ。



さてさて、Thom YorkeがFleaと新しいバンドを結成。しかもメンバーにはちゃっかりNigel Godrichの名前が。

最初 ”トム” って聞いた時はTom Morelloかと思いました。だってその方がまだ自然。まだ分かる。

ThomとFlea、まあ確かに豪華ですけれど何か騒げない。想像がつかない。でもファンの予想を彩やかに超越してくれる彼等もまた素敵。

レッチリ、多分精神的にはまだスランプが続いているだろうから、各人もう少しプリミティヴな部分を思い出してくれる様、ソロプロジェクトに励めば良いと思います。

しかし、低脳な僕にはろくでもない事しか思いつきません。

ThomとFleaと聞いて、頭の中で、


Don't leave me h〜ベベンベンベベベンベベベンベベベ(Fleaのベース)

Everythi〜nベンベンベンベベンベンベベベ

Justベベ causeンベベベ you feelンベ it〜ベーベベベデロレロ



とか勝手に再生して笑っていました。(伝わるのかコレ?)



2つ目のニュース。

「伝染るんです」、実写化。

あーあ、どうすんのどうすんの。

この件に関しては、伊織と龍太郎の食いつきが誰よりも早かったし、僕がこれ以上語ったらさっこさんにお叱りを受けるわけではないけれど眠たいのでこの辺で。



お口直しに。。。


posted by Yoshitaka at 01:36| Comment(3) | TrackBack(0) | Music News | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月27日

小さな故意のメロディー

行くあては無いけど

ここにはいたくない

イライラしてくるぜ

あの街ときたら

幸せになるのさ

誰も知らないやり方で


「小さな恋のメロディー」   BLANKEY JET CITY



ベンジーが言うところの ”あの街” というのは、やはり名古屋の事だろうか、と昔は思ったもの。

いや、 ”あの街” というのはモーターウェイの中継地としてしか機能していない様な荒涼としたアメリカの地方の街を思い描いてたんだろうな、と半分寝ている頭で昨日の夜、考えた。Buddy Hollyが生まれた街みたいな所。

僕が16歳の時、ベンジーはまた旅に出てしまった。それならば僕にだって、また旅に出る理由があるんだろう、と勝手に思い込む。

人と違う生き方って、しんどいねえ。

でもきっと、この世界には自分にしか出来ない事がある、とか言っちゃったりして。

人に使われるのが嫌なだけ。割り切る事が出来ないだけ。弱い。



幸せになるのさ

誰も知らないやり方で



という訳で今日から、My 4th Lifeの始まりでございます。東京の皆様、宜しく。



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2009年09月25日

FLOWER TRAVELLIN' BAND Live At Younger Than Yesterday

僕がFLOWER TRAVELLIN' BANDを観に行くと、必ず素敵な出来事が起こります。

昨年の京都公演では何と、GREENMACHINEのDatsuさん、SEC DIMENSIONのmax0831さんとお知り合いになってしまうという出来事が。

そして、ここ横須賀公演でもまた、凄い方とお知り合いになってしまいました。更に、その方と僕がLondonでお世話になっていた方が繋がっている事も判明。世間は狭いと思い知らされました。これからもどうぞよろしくお願いします。これからの関東での生活が、また更に楽しくなりそうです。

さて、初めて訪れた横須賀。東京からだと横浜よりも更に西なので、少し遠く感じますね。

僕にとって、横須賀と聞いてまず思い付くのはSAVER TIGER。HideがXに加入する前に活動していたバンドですね。解散後、ヴォーカルのKyoとTetsuはD’ELANGERを結成しましたし、各メンバーのその後の活躍を見るに凄いバンドだったんだなとつくづく思います。

折角、横須賀に来たのでドブ板通り、かぼちゃ屋等、Hide縁の場所に行ってみようと思ったのですが、生憎の悪天候でして。電車が横須賀に着く頃には、歩き回る気分も失せてしまっていました。

というわけで、会場に直行しました。今夜の会場は、Younger Than Yesterdayというステージのあるレストラン。そして、着くやいなやいきなり会場のあるビルのエレベーターでジョー山中とすれ違ってしまう僕。近くで拝見すると、本当に凄いオーラです。

今夜もまた、椅子席で座って観るライブです。セットリストは変えてくるのでしょうか。

開演時間になると暗転し、FLOWER TRAVELLIN’ BANDの文字が映し出され、やがてサイケデリックな色彩の紋様に取って代わられます。先の名古屋公演では無かった演出です。5人が登場し、いよいよライブが始まりました。

山中氏の ”こんばんは” という挨拶から始まり、名古屋公演同様、オープニングは今夜のライブも「All The Days」。僕もまた名古屋公演同様、石間秀機の目の前、ステージ上手前方に席を取りました。石間氏は今夜も音に満足された様子。

間髪入れず和田ジョージのドラムと篠原信彦のシンセサイザーが掛け合いを始め、「What Will You Say」が始まりました。そして、石間氏のシターラがスキャットの様な短いインプロヴィゼーションを繰り出し、「We Are Here」へ。やはり今回は、前回より演奏が良い。全体が良くまとまっていて余裕も生まれ、各人の演奏の自由度も増しています。

ここでMCが入ります。36年前、横須賀でライブを行った時も、今日の様に悪天候だった事を思い返す山中氏。本当に、因縁なんでしょうね。そんな歴史的なライブに立ち会える事はありがたい。

そして、「Kamikaze」が始まります。山中氏のヴォーカルは今夜も素晴らしい。続いては「Heaven And Hell」。いかにも70年代のRockバンド然とした演奏と、ディナーショーかと思ってしまう様な紳士的な山中氏の曲紹介が面白いコントラストを生んでいます。

感動的な「Shadows Of Lost Days」へ。しかし、山中氏のヴォーカルに聴き惚れている僕のすぐ前方で、随分と酒が入ったとみえる男性が奇声を発し続けていて迷惑でした。

続いては「Dye-Jobe」。今日は間奏が長く、小林ジュンのベースも掛け合いに参加する等、サービスも利いています。

MCでは先の京都公演の事、そしてこれからの展望を語っていた山中氏。本当に、何歳だろうが夢を追いかける人は素敵だと心から思います。彼等の様に何十年も前に時代を築いた人たちでさえ、まだ野望を持っているんですからね。恐れ入ります。

「Will It」、「Love Is」。ライブが進む間にも先程の酔った男性は周りに迷惑をかけ続け、注意した方と言い争いを始めました。静かな曲の間に騒がれて、本当に迷惑。下手したら僕の父ぐらいの年の人なのに、情けない。

そんな折、ライブもクライマックスに差し掛かり、「Satori Part 2」のイントロが始まります。こういうカオスな状況というのも、Rockらしいと言えばRockらしいのでしょうけれども。

すると、先程の酔った男性が遂に我慢出来なくなったのか、ステージのすぐ目の前まで出て行って踊り始めました。見て見ぬふりをする山中氏、やりにくそう。

それでも全身全霊で歌い、演奏する5人。不安と狂気が入り混じり、演奏もなかなかの戦慄を伴って聴こえてくる様になりました。

そして、2度目の間奏が始まると、とうとう嫌な予感は的中。男性はステージに上がってマイクを掴んでしまいます。

次の瞬間、山中氏がすぐさまマイクを引き離し、男性の後頭部に回し蹴りをくらわせました。

優しかった彼の表情は一変し、鬼の形相に。

1970年、FLOWER TRAVELLIN’ BANDの日比谷野外音楽堂でのライブにて山中氏は、ライブを中断しようと乱入してきた全共闘の活動家達を1人残らず殴り倒し、ステージ前列に正座して並ばせ観客に向かって土下座をさせたという出来事がありました。ヴォーカリストになる前は格闘家であった山中氏。相手が悪過ぎます。

それにしても、あまりに美しい回し蹴りのフォームに見とれてしまいました。男性は警備員に捕まえられ退場。これでようやく安心して観られます。

バンドの方も、そこからが凄まじかったです。怒りを歌い上げ、解き放つ山中氏、それに呼応するベースとドラム、それをなだめるシターラとシンセサイザー。あまりの凄さに唖然。皮肉にも今夜のこの曲は、いつもと比べて遥かに鬼気迫る演奏になりました。

続く「Hiroshima」もまた、凄まじい。それにしても、つくづくライブは生ものだなと思いました。何が起こるか分かりません。

演奏が終わり、言葉少なに退場するメンバー達。

すぐさま拍手に呼び戻され、アンコールが始まります。やはり「Make Up」です。生まれて初めて観たFLOWER TRAVELLIN’ BANDのライブは、この曲がオープニングでした。このバンドの何たるかを端的に顕した、代表曲です。

そして、「Slowly But Surely」へ。これからの決意を示した歌詞が、次の展開を期待させてくれます。アウトロでオーディエンスに対して丁寧なお礼を述べ、5人と共にフィニッシュを決めました。

結局、セットリストは名古屋公演と全く同じでしたが、ライブの内容は全く違うものになりました。横須賀まで来た甲斐があったというものです。

ライブ後は何と、「Make Up」のジャケットを再現した写真撮影。これにも感動です。こんな歴史的な夜に立ち会えて、僕は幸せです。

次は、何処でお目にかかれるでしょうか。出来る事なら、年末Torontoへ行ってまた彼等のライブが観たいものです。

デビューから39年経ったFLOWER TRAVELLIN' BAND、今が旬ですよ。



FLOWER TRAVELLIN' BAND Live At Younger Than Yesterday 01



FLOWER TRAVELLIN' BAND Live At Younger Than Yesterday 02



FLOWER TRAVELLIN' BAND Live At Younger Than Yesterday 03



FLOWER TRAVELLIN' BAND Live At Younger Than Yesterday 04


FLOWER TRAVELLIN' BAND Live At Younger Than Yesterday 05



Setlist:

01. All The Days
02. What Will You Say
03. We Are Here
04. Kamikaze
05. Heaven And Hell
06. Shadow Of Lost Days
07. Dye-Jobe
08. Will It
09. Love Is
10. Satori Part 2
11. Hiroshima
 Encore 1
12. Make Up
13. Slowly But Surely



FLOWER TRAVELLIN' BAND Live At Younger Than Yesterday 06



最後に・・・



Artwork 095



FLOWER TRAVELLIN' BAND Live At Younger Than Yesterday 07
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2009年09月23日

FLOWER TRAVELLIN' BAND Live At The Bottom Line

昨年に引き続き、今年もFLOWER TRAVELLIN’ BANDのライブを観に行きました。

U.S.ツアーから帰還してきたばかりの彼等。元々、今年の彼等の国内公演はRising Sun Rock Festival 2009と、36年前に名盤「Make Up」が録音された横須賀での単独公演の2箇所しか発表されていなかったので、記念的な意味合いのある横須賀公演を観に行く事にしたのでした。しかし、東京、名古屋、大阪、京都と次々に単独公演が追加され、結局ツアーという形に。

それでも僕は当初の予定通り、横須賀公演だけ観に行く予定でした。しかし、先日とある筋から名古屋公演のチケットを頂きまして、幸運にも今夜も彼等のライブを観られる事に。

会場は今池のThe Bottom Line。元々はJazz、Fusion系のミュージシャンがよくライブをする会場なので、比較的音が良いです。

昨年は、名古屋と京都で彼等のライブを観ました。特に京都は会場がRockの聖地ともいえる京都大学西部講堂で、しかも頭脳警察まで相見えるという凄まじいライブでした。

会場に入って、開演を待ちます。前回の名古屋公演同様、椅子席でした。開演時間、暗転し、歓声の中5人が登場します。ジョージ和田、ジュン小林、篠原信彦、石間秀機、そして、ジョー山中。

それぞれ個性的に着飾っていた前回と対照的に、今回は全員がモノトーンで統一された衣装。そして、今回もやはり、石間氏の持つ異様な楽器に ”何だあれは” と驚きの声が会場から聴こえてきます。名古屋という土地柄か、楽器メーカーやスタジオ関連の人が観客に多くいらした様です。石間氏の持つ楽器はギターとシタールのハイブリッド、シターラ。

演奏が始まりました。前回のツアーでは演奏されなかった「All The Days」です。優しい笑顔がトレードマークのドラマー和田氏も、複雑なポリリズムを刻むこの曲ではとても真剣な表情。そこへ、生物学の常識を超えた山中氏のヴォーカルが入ってきます。

まず、とても演奏が堅実でスムーズ。前回は良い意味でのワイルドさが彼等の演奏から感じられましたが、今回はそこから更に上の段階へ到達した様に思えます。

続いて「What Will You Say」、「We Are Here」と昨年発表されたニューアルバム「We Are Here」からの曲が続きます。これらの曲も、昨年よりも更に良く聴こえます。

PAの調子も良く、前回は調整に手間取り難しい顔をしていた石間氏もステージ袖に向かってOKサインを出していました。楽曲の骨子を損なわず、かつ自由度の高いフレーズを繰り出す彼のシターラは本当に素晴らしい。篠原氏のシンセサイザーに助けられている部分ももちろんありますが、あれだけの事をシターラ1本でこなす事がどれだけ難しい事か。

ここで山中氏のMCが入ります。ワイルドな格好、紳士的な口調。

オリエンタルな旋律と歌詞が特徴の「Kamikaze」が始まりました。この曲もコーラスが凄まじい。そして、またも今回が再結成後初披露の「Heaven And Hell」。今回は前回演奏されなかった曲を色々用意しているみたいで嬉しいです。

続くMCで ”20代の時と同じキーで歌っています。” と話し、山中氏の真骨頂である「Shadows Of Lost Days」が始まりました。後半に向かって悲壮感を携えて歌い上げていく姿は見事としか言い様がありません。

来月、63歳になるとMCで話した山中氏。5人全員の年齢を合計すると310歳なんだそうです。しかし、63歳ですよ、この声で。

続いては明るく「Dye-Jobe」。昨年ニューアルバムを聴いた時は随分ピースフルな音になったんだなと思ったものでしたが、こういう曲でも各楽器のせめぎ合い、アグレッションを観せるところは彼等のライブならでは。まさに70年代を生き抜いた者が成せる業。

今夜のライブはメンバーに親しい方が数人観に来ている様で、フロアから交互に人がステージに近寄っていってはビールやプレゼント等を彼等に手渡ししていました。その中に、何故か ”合格” と書かれた日の丸のはちまきが。手に取って苦笑していた山中氏でしたが、自慢のドレッドヘアーをかき分けて額に巻いていました。それを見て、いつもの笑みを見せる和田氏。 ”勘弁してくれよ” といった感じの顔をする石間氏。「Will It」、「Love Is」とニューアルバムの曲が続きます。

そして、ここで平和な雰囲気を一変させる、「Satori Part 2」のドラムイントロが。たちまち起こった歓声が、幻想的なシターラのイントロを迎え入れます。何度聴いても、本当に凄まじい曲ですね。まさかこの曲を、この5人が揃って演奏しているところをこの僕が観られる日が来るなんて、ほんの数年前までは考えられなかったんですからね。本当、何が起こるか分かりません。

そして、これが最後の曲、と山中氏が言い、「Hiroshima」が始まりました。ふと思ったのですが、この様に戦争を題材にした曲を、日本人で初めて北米進出を果たしたバンドが歌っていた訳ですから、随分と挑戦的に取られたんでしょうね。

戦争が終わって60年経ち、実体験をした人が減っていく事で未来へ語り継ぐ事が難しくなって来ている今。Rockもまた、この先60、70年代を実体験した人が少なくなっていってしまったら、Rockというものの実態を後世に伝えていくのは困難な事になるでしょう。その頃には、もうRockに取って代わるものが生まれているのかも知れませんが、いずれにせよ長生きすればする程その状況をまざまざと見せつけられる僕達若い世代はとても不幸に思います。

壮絶なインプロヴィゼーションが繰り広げられ、クライマックスへと向かいます。5人が呼吸を合わせてフィニッシュを決め、 拍手と歓声の中お礼を言って去っていく彼等。

しばらく拍手が続いた後、アンコールに応えて再び現れた5人。山中氏が今年の北米ツアーについて語り始め、Texasでは地元の新聞の一面にシターラを構えた石間氏の写真が載り、彼等の帰還が報道されたと話していました。

「Make Up」が始まりました。前回ではオープニングに配されていたこの曲。Hard Rockの整合感と、日本的な旋律が見事に融合したこの曲。60年代から70年代に移行したその時既に、日本人がこんな音を出していたなんて信じられません。もし、これが70年代に国を挙げてのムーヴメントへと育っていたら、ここまで腐った音楽が蔓延する国にはならなかったでしょうに。

よくLED ZEPPELINと比較されるFLOWER TRAVELLIN’ BAND。そういえば、2年前LondonでLED ZEPPELINが再結成した時、僕は彼等のライブを観に行きませんでした。僕と親しい人は皆、僕がどれだけLED ZEPPELINを愛しているか知っているので、何故観に行かなかったんだと質問攻めに遭いました。理由は単純、夢を壊されたくなかったからです。再結成ブームが始まった頃、LED ZEPPELINだけはもし再結成してもライブは観に行かないと心に決めていましたから。

Robert Plantは再結成ライブではキーを下げて歌っていましたが、山中氏はオリジナルキーのまま。これは本当に、当たり前の様ですが凄い事です。

アンコールのラストは「Slowly But Surely」。若い世代と古い世代の融合を歌ったこの曲。若い世代を代表する1973年の彼等が書いたこの曲を、古い世代を代表する2009年の彼等が歌う。悠久の時を超え、かつて無いスケールの曲に今、生まれ変わります。

演奏が終わり、満足げにステージを去っていく彼等。全体的に、昨年より凄くなっています。

年末には再びCanadaでのライブ、そして来年には2度目のU.S.ツアーを計画しているという彼等。本当に、若いバンドも負けていられませんよ。

次は、いよいよ36年ぶりの横須賀公演を観に行って参ります。



Setlist:

01. All The Days
02. What Will You Say
03. We Are Here
04. Kamikaze
05. Heaven And Hell
06. Shadow Of Lost Days
07. Dye-Jobe
08. Will It
09. Love Is
10. Satori Part 2
11. Hiroshima
 Encore 1
12. Make Up
13. Slowly But Surely



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2009年09月16日

非常階段 Live At Namba Bears

非常階段の結成30周年ライブを観に、大阪まで行きました。

Noiseの始祖として世界にその名を知らしめる非常階段。僕がLondonに住んでいた頃も彼等は常に欧米をツアーしていて、何度も観る機会があったのですが何故かいつも都合がつかず、初体験は今回まで持ちこされてしまいました。

ちなみに、Londonに移住する前、日本に住んでいた頃はまた、10代の僕にとって非常階段はこの上無く怖ろしい存在で、ライブなど自ら殺されに行く様な気がしてとても観に行けませんでした。

今年はACID MOTHERS TEMPLE、ROVO、MAHIKARI等、何時に無く説明の付かないライブを多く観てきました。今夜もまた、その様なライブが観られる事でしょう。

会場は山本精一が店長を務めるNamba Bears。いつも大阪で観るライブというと、Summer Sonicや来日する欧米のミュージシャン等で広い会場ばかりでしたが、これでようやく大阪のアンダーグラウンドな部分に足を踏み入れる事が出来ます。

また、街自体も今までは梅田や心斎橋ばかりで遊んでいましたが、今回は日本橋や通天閣付近を彷徨ってみました。どうして今まで来なかったんだというくらい、面白い所ですね。僕にとって、Asiaで一番好きな街が香港な様に、街はカオスな方が好きみたいです。

会場は地下。降りていく階段に、おっと、これは・・・



HIJOKAIDAN Live At Namba Bears 01



会場内で壁一面に張られたステッカーやチラシを眺めているとやがて開演時間になり、まずJojo広重が登場。丁寧な挨拶、そして、今日のプログラムを説明し始めます。まずは様々なメンバーの組み合わせによる4セットのライブを、広重氏、T. 美川、岡野太の3人によるセッションから始めるとの事。広重氏の口調はとても優しく、凶暴な音楽を実践している人なのに、こんなに優しそうな人だったなんて驚いてしまいました。

しかし、そう思ったのも束の間、気合いの入った掛け声と共に、瞬時にして彼等の世界に入っていきました。中腰でGibson SGを構えフィードバックを発生させる広重氏。テーブル一面に並べられたエフェクターから壮絶なノイズを繰り出す美川氏。トリプルバスにシンバルをこれでもかと配した要塞の様なドラムとは裏腹にシンプルな音で攻める岡野氏。これですよ、これが非常階段です。

続いては、美川氏と共にINCAPACITANTSのメンバーでもある小堺文雄のソロ。

挙動不審気味に小堺氏が登場し、小声で挨拶。そして、チューニングの外れたアコースティックギターを拙く演奏し始め、「くるわ」、「心臓抜き、冷たく」、「気の合った夜」の3曲を披露。今にも消えてしまいそうなか細い歌声と不協和音を奏でるアコースティックギター。終末的。

小堺氏はそのままに、Junkoが登場。アコースティックギターと叫び声による、インプロヴィゼーションが始まりました。彼女の声は人間の限界を超えています。喉は大丈夫なんでしょうか。それでも聴いているうちに、 ”怖い” が ”美しい” に変わっていくので不思議です。

次は小堺氏と美川氏が入れ替わり、エフェクトノイズと叫び声のインプロヴィゼーション。凶暴なだけで無く、何処か統制が布かれている様でまた、才能を感じます。

前半が終わり、暫くの休憩に。そして、後半の始まりには再び広重氏が登場。非常階段結成のいきさつ、過去に犯した数々の伝説ついて語り始めます。結成30周年に際して広重氏は、 ”もう30年くらいやろうかな” と頼もしい一言。そして、広重氏の話は彼が非常階段を結成する動機となったFree Jazzの世界的権威、山下洋輔の事に。今夜はその山下氏のバンドメンバーであった坂田明が、スペシャルゲストとして招かれています。

広重氏の紹介により、坂田氏が登場。そして、岡野氏と共にギター、サックス、ドラムによるインプロヴィゼーションが始まりました。前半で控えめだった岡野氏のドラムが何かが切れた様に凶暴になっていて良い感じ。ギターのフィードバックと歯切れの良いサックスの音色がコントラストを描いていて綺麗でした。

そして、非常階段のメンバー全員と坂田氏がステージ上に集い、遂にラストのセッションへと移行していきます。もうその凄まじい音は言うまでも無く、暴れ狂う各人の姿にただ見とれていました。

狭いステージの上に6人いるだけでも壮観なのに、広重氏と小堺氏が交互にフロア前列の観客とぶつかり合い、危険な感じになってきました。

演奏が始まって30分が経過。そろそろ何かが来る、と思った次の瞬間、前方から黒い塊が。

トランス状態になった広重氏が、アンプを担いだままフロアに突進して来たのでした。

僕は、今まで色々な国で色々な人種のミュージシャンのライブを500回以上、観てきましたが、アンプを担いで観客に向けて突進してきたミュージシャンは初めて観ました。

それに続き、今度は小堺氏がフロアに降りてきてのたうちまわります。この様に精神を解放出来る大人になりたいものです。

それでも、今や伝説となった過去の彼等による常軌を逸したパフォーマンスの数々に比べたら、今夜のライブなんて平凡過ぎるくらいですよね。

これは、熟練の末に話題性に頼らなくても良くなった、という訳では無く、純粋に彼等が30年間同じものを信じてきた結果の洗練に他なりません。現に今夜の演奏を観ていても、歴史的名盤とされている「蔵六の奇病」や「終末処理場」の様に精神に異常をきたしてしまいそうな怖さは後退していて、替わりに奇妙な爽快感すらある感じです。

カオスのうちに終了したライブ。無言でステージを後にするメンバー達。

アンコールに応え、再び登場する広重氏。 ”楽しいね。” と嬉しそうに話し始めます。

 ”30年やってきて分かった事は、長生きしていると色々な事があるという事だね。僕も「生きている価値無し」とかいうアルバムを出したけどさ、長生きしようぜ、みんな。”

そんな広重氏の言葉が、胸に来ました。

そして、広重氏、美川氏、小堺氏の3人でノイズの応酬。3人で手を繋ぎ、腕を挙げ、勝ち誇った様に叫びます。その顔はやはり、笑顔。本当に楽しそうです。

ラストはやはり、フロアに乱入してミュージシャンとオーディエンスが入り混じり壮絶な展開に。

遂に観る事が叶った、非常階段。30年前は観る者にトラウマを与え続けた、非常階段。今の非常階段は、どうでしょうか。広重氏の言う通り、楽しいではありませんか。

帰り、会場を出ようとすると、ハンチング帽を被った見覚えのある男性が腕を組んで、誰もいなくなったステージを嬉しそうに眺めていました。店長の山本氏です。今年はROVO、MAHIKARI、山本精一 & 河端一、カヒミカリィと、山本氏が出演するライブもまた多く観た年でした。年末にはACID MOTHERS TEMPLEと山本氏のジョイントライブが名古屋の得三であり、楽しみです。

非常階段やACID MOTHERS TEMPLEの様に形の無い音楽に限らず、日本にはテレビには映らない素晴らしいミュージシャンが多くいます。そして彼等が常に、日本の外で歓迎されている事実は後進を励まし続けています。

恐れ慄いて帰る筈が、こんなに清々しい気持ちになるなんて。そんな不思議な大阪の夜でした。



HIJOKAIDAN Live At Namba Bears 02



HIJOKAIDAN Live At Namba Bears 03



HIJOKAIDAN Live At Namba Bears 04



HIJOKAIDAN Live At Namba Bears 05



HIJOKAIDAN Live At Namba Bears 06



Setlist:

01. ・・・Setlistって??



HIJOKAIDAN Live At Namba Bears 07
posted by Yoshitaka at 04:59| Comment(2) | TrackBack(0) | Diary - Live Review | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月14日

ビートルズを知らない子ども達

遂にTHE BEATLESのデジタルリマスター解禁とあって、世界中でTHE BEATLES祭が展開されています。

でも、肝心のMono音源はボックスセットだけなんですよね。安価にTHE BEATLESのMono音源を聴きたい方は、西新宿に繰り出してください。オフィシャル以上の品揃えです。

THE BEATLESについては、先輩方の手前、僕みたいなJohn Lennonが生きていた世界を知らない人間が語る事は何も無いと思っています。しかし、1984年生まれの僕ですが、これだけは言えます。

THE BEATLESはせめて、レコードで聴かなければ分かりません。

CDに入っているあの音は、1962年に ”1,2,3,4” の掛け声と共に世界に広がったあの4人組の音とは別物です。あの奥行き、あの厚み、レコードで聴いてみれば分かります。

THE BEATLESに限らず、PINK FLOYD、LED ZEPPELIN、何でもいいんですが、とにかくレコードの音で聴いてみると全く違います。CDやMP3がここまで普及した今、そんな事を言っても難しいかも知れませんが、音楽が好きだという人が、レコードの音を知らないまま先に進んでいくのはあまりに勿体無さ過ぎます。

先日、友人とTHE BEATLESの話をしていたら、THE BEATLESのアルバムで何が一番好きか、と訊かれました。これは難しい。THE BEATLESとLED ZEPPELINに関しては、この質問はとても難しい。

中学生の僕だったら迷わず「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」、高校生の時は「The Beatles」、Londonにいた頃は「Rubber Soul」、そして今の気分は、「Revolver」かも知れません。「Abbey Road」はもう少し後にとっておいて。「Please Please Me」はベタだし、「Beatles For Sale」も凄く好き。

一番好きな曲、というのもまた、「Norwegian Wood」であったり「No Reply」であったり。その時次第。近頃は「A Day In The Life」でしょうか。



今日新聞を読んだら 何てことだ

とある幸運な男の子について書かれてあった

それはとても悲しい事件だったんだけど

僕には笑う事しか出来なかった

だってその写真を見たら



あ、今、動画探してたら、これ、



僕が今年の夏、観たライブです。Neil Youngが歌っていたら、何とPaul McCartney本人が飛び入り。

http://franticjapyoshi.seesaa.net/article/123471173.html

本当、驚きました。

僕もこの曲、ライブでカヴァーしたいな。
posted by Yoshitaka at 02:33| Comment(4) | TrackBack(0) | Diary - Daily Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月09日

意外と終わらない夏

色々な国を旅していると、頭で分かっていても体で実は分かっていなかった事を改めて思い知らされる時があります。

例えば、時差。例えば、季節。

僕は夏が一年の中で一番好きです。小さい頃は、丁度今ぐらい、夏が終わりにさしかかる頃にせつなくなっていたものでした。

しかし、旅に明け暮れていた2年前の2007年を境に、夏に対する思いが一変しました。



10月。ギリシャのサントリーニ島にいた僕。海水浴しか娯楽の無いエーゲ海の島で、もう無理というくらい日焼けしました。



Santorini 02



 (ちなみに、この年僕は年内に20ヶ国を旅するという約束を友人と交わしていたのですが、ギリシャから陸路でマケドニア、セルビア、クロアチア、ハンガリーと巡って丁度20ヶ国達成、という予定だったのにエーゲ海のあまりの青さを前に全部どうでもよくなって、結局残りの日程を全てギリシャに費やし、約束を果たせなかったのでした。)


11月。ポルトガルのリスボンにいた僕。あまりの暑さに夜寝られず、泊まっていた宿の屋根の上に登ってオリオン座を眺めながら寝ました。



Lisboa



12月。アラブ首長国連邦のドバイにいた僕。砂漠に挟まれた幹線道路を水を求めて彷徨っていたら優しいタクシーの運転手に助けられました。



Dubai



年が明けて1月。香港にいた僕。暑い。とにかく暑い。信和中心。重慶大厦。火鍋。油淋鶏。ワンタン麺。暑い。暑い。暑い。



Hong Kong



夏はあるところにいけば、必ず存在するんだ、と体で思い知った半年間でした。

逆に、その年の8月はアイスランドにいて、ダウンジャケットを着て氷河の前に立ちすくんでいました。これもまた、頭では分かっているのに不思議な現象でした。



Hyouga 10



ああああああああああああああああああああああああああああ

こんなん書いてたら旅に出たくなってしまった。次はいつ旅に出られるんだろう。

今年は、夏なんだから何処か遊びに行こう、という自分を ”お前はもう行って来たの。1ヶ月も。” と抑えこむのに必死になっていたら9月でした。

そんな今年の夏、一番印象に残ったのは、やっぱりこれじゃあないかなあ。



Gundam



だって男の子だもん。
posted by Yoshitaka at 02:53| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary - Daily Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月05日

補足(どうしてもっと格好良く出来ないんだろう)

前回の日記は随分反響がありました。多くの方からメールや電話を頂きました。僭越ながら、色々な方が僕みたいな人間の事を気にかけてくれているんだなと思い知らされました。本当にいつもありがとうございます。


補足ですが、名古屋にも家がありますので、これからも名古屋と東京を往復する日々である事には変わりません。でも、折角なのでこれからは新潟とか仙台とか、今まで行動範囲に無かった所へ広げていきたいなと思っています。今までは西日本ばかりでしたからね。

何かもう、本当に楽しみです。実際には色々な事に忙しくなっていくのでしょうが、基本的に遊ぶ事ばかり考えている人間なので。

春から実家に戻って来ていた両親にも、 ”そのうちどっかまた行っちゃうと思ったよ。” と冷静な言葉をかけられました。そうです、まだ根をはるわけにはいかないのです。



There is nothing conceptually better than rock and roll.



15歳の時に世界で一番Rockだった奴等が、25歳になったらRockのかけらも無くなっていたという話。



今日の気分はこの1曲。

これですこれ。お兄ちゃんがノリノリ。



posted by Yoshitaka at 08:44| Comment(2) | TrackBack(0) | Diary - Daily Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月01日

ご報告

Noelのお陰で (いや、Liamのお陰で) 日記1つ分遅れてしまいました。本当はライブレポを全部書き終えた次の日記で、この報告をしようと思っていたのですが。

気を取り直して、えっと、報告がございます。もう既に一部の方々には伝えていますけれども。

私、Yoshitakaは今月から、



関東に住みます。



厳密に言うと埼玉県蕨市です。

急な展開に、誰より僕自身が驚いています。

名古屋に14年、福岡に6年、Londonに4年、そしてまた名古屋に1年と彷徨ってきましたが、いよいよ関東進出です。

何より、久しぶりに一人暮らしが再開出来るのが嬉しい。いやこれも、厳密に言うと一人暮らしでは無いのですが。僕の中でMaynard James Keenan並に (Thom Yorkeでは無いのはあくまで体形的な相違によるもの) 尊敬している人とシェアする事になりました

Londonと同じくらい僕の友人が多くいる、東京。名古屋時代の友人も、福岡時代の友人も、London時代の友人も、大阪で出会ったあの方も、New Yorkで出会ったあの方も、何故か皆さん東京にいるんですよね。そんな皆さんにこの上京の件を報告したら、驚いてもらえたり、喜んでもらえたりしました。

これから住む新しい土地なのに、多くの人に迎えてもらえるという状況って、なかなか無いですよね。皆さん本当にありがとうございます。

Londonにいた時、Cuxton Houseという所に僕は住んでいました。そこにはミュージシャン、美容師、ダンサー、バックパッカー、本当に色々な人が住んでいて、いつも誰かが遊びに来たり、食べ物をねだりに来たり、居候しに来たり、本当に楽しい日々を過ごしていました。しかし、1人また1人とLondonを離れ、今では誰もいなくなったあの家。でも、あの時の人達とは未だに日本で頻繁に会っています。

あの頃、いつか東京で第2のCuxton Houseを作ろう、と話していました。家、になるのかどうかはよく分かりませんが、皆さん、お待たせしました。

まさ○ろ君は「引越しの日が決まったら教えてね。手伝いには行かんけど。」とツンデレぶりを発揮。あと、誰よりも食いついてくれたのはさっ○さんという説も。しゅ○すけ君、いつもメールありがとう。もうちょっと待っててね。それに、僕の一ヵ月後には○っちゃんも帰国してくるし楽しみ。

あ、あと、Cuxton Houseと言えば。ひ○し君、髪はこれからも名古屋に切ってもらいに帰るからよろしくね。

ついLondon時代の友人の話が長くなってしまいましたが、彼等に限らず、あちらで待ってくれている方が多くて本当に感謝しています。皆さん、本当にいつもありがとうございます。

何かもう、これ以上言葉を並べても稚拙な挨拶になるばかりなので、この辺で。



今日の気分はこの1曲。

余談ですが、U2って日本に来た時、驚いたのではないでしょうか。名前の無い通りがあり過ぎて。







悪いな。俺は先に行くぜ。てな感じで。ではでは。
posted by Yoshitaka at 17:48| Comment(4) | TrackBack(0) | Diary - Daily Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月30日

お兄ちゃんについて

London、Manchester、Dublinとライブを観てまわった今夏の旅は、以上でおしまいです。ご愛読ありがとうございました。

当の本人はとっくに日本に帰っていて、ようやく見に行ったお台場のあいつについて日記を書こうと思ったら、あの兄弟がまた何かやらかした様で。

先月Londonで観たライブでの安定ぶりに、OASISも随分大人になったんだなと思ったものでしたが、OASISはやはりまだOASISでしたね。

Noel脱退、というニュースでここまで騒ぐと言うことは、それだけ90年代の頃の彼等をリアルタイムで知らない若いファンが増えたということです。

しかし、改めてOASISって日本で凄い人気なんですね。YahooでもMixiでもトップニュースですか。

時代の変わり目とは本当に面白いもので、バンドの解散、脱退が相次いでいます。本当に、10年前の1999年前後を思い出させます。

僕はアナログな人間なので、自分の目と耳で確認したものしか存在を認められません。だから一生懸命、旅をするし、ライブを観るし、自分の行動範囲を文字通り物理的に広げていくことでしか世界を広げられません。

裏を返せば、観てしまったものについては納得がいきます。無感情、という訳では無いのでしょうが納得がいきます。

OASISもまた、この10年間接し続けてきて、事ある毎に日本やEnglandでライブを観続けてきて、自分の中で非常に納得がいっているバンドです。

そこで、このタイミングでこんな番狂わせの展開を見せつけるOASISの方が、まだ一枚上手だったという事ですね。

THE STONE ROSESの様に初めのアルバム2枚で解散しておけば伝説になれたのに、あのKnebworthでのライブの後に解散しておけば伝説になれたのに、等々、言われ続けてきた彼等ですが、彼等は良い意味であれしか出来ない人達ですから。

時代を創ったのを見届けて ”さようなら” では酷過ぎます。彼等から夢を貰ったなら、彼等の余生の事も考えてあげましょう。

今、この日記を道玄坂のモスバーガーで携帯から書いています。YouTubeの動画を貼り付けられるとしたら、やはりWembleyの「Live Forever」かな。 ”I just wanna fly” のところでハモりを入れて、カメラに向かって微笑むお兄ちゃんがかわいいんです。



お兄ちゃーん。



Don't go away

Say what u'll say

Forever and a day

In the time of my life

Coz I need more time

Yes I need more time

Just to make these damn things fuckin' right
posted by Yoshitaka at 14:27| Comment(2) | TrackBack(0) | Diary - Daily Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月28日

U2 Live At Croke Park Stadium

13歳の時、僕はU2というバンドに出会い、「Joshua Tree」というアルバムを手にしました。

少年の僕は例え様の無いそのサウンドに心を奪われました。そして、彼等がIrelandという、Europeの果てにある小さな国から来たと知り、1つの夢を持ちました。

Irelandで、U2のライブが観たい。

今年の夏、Europeから始まった彼等のツアー。今回のツアーを観ようと思ったら、London公演は帰国予定日より遥か先の8月14日からなので不可能。大陸の他の国に観に行くというのは、観光ビザでU.K.に入国している関係で難しい。それならば、Irelandに行って観るしか方法が無い。そんな感じに、意外と唐突に長年の夢は叶う事になりました。

Dublinの北にある、Croke Park Stadium。今夜、ここでU2のライブが行われます。前回、彼等のライブを観たのはLondonでした。そして今回は、遂にDublin。この日をどれだけ待ちわびたことか。

今日は天気が悪く、会場に向かう途中も酷い雨に見舞われました。ライブが予定通り行われるか心配になる程の雨。しかし、会場に着き、中に入ると見事に雨は止み、日も差してきてくれました。

「U2 360°」と題されたU2の今回のツアー、何やら久しぶりに凄い事になっている、と話題が持ちきりですが。スタジアムの中に入り実際にこの目で見ると言葉を失いました。



U2 Live At Croke Park Stadium 01



何ですかこれは。



総工費は、約100億円だそうです。こんなものを、ステージとして世界中を持ち歩いているんですね。参りました。

スタジアムですので半分野外の様なもの。まだ明るいうちからDAVID BOWIEの「Space Oddity」が聴こえてくると同時に、ステージセットからスモークがあがります。そして、Larry Mullen Jr.が現れ、ドラムセットに座りリズムを刻み始めました。しばらくして、Adam ClaytonとThe Edgeが登場。3人の音が合わさり、「Breathe」のイントロになりました。

黒いジャケットを着たBonoが現れました。スタンドマイクを傾けて歌い始めます。えらく気合が入っているBono。まくしたてる歌詞が、プロパガンダの様。

続いて、同じくニューアルバム「No Line On The Horizon」からタイトルトラック、「No Line On The Horizon」。スモークの向こうに観える4人。8万人の歓声と、ステージに向けて差し出される手。

厳選された少数の音、一聴して彼と判るフレーズ、The Edgeのギターは本当、素晴らしい。

更に「Get On Your Boots」、「Magnificent」と、それ程馴染みの無いニューアルバムから4曲続き、少々呆気にとられていました。しかし、そこから「Beautiful Day」へと繋がり、一斉に歓声をあげる周りのオーディエンスと共に僕の気持ちもようやく彼等に追いついた気がしました。

「Elevation」、「Desire」、そこからは僕の知っているU2でした。アコースティックでシンプルに仕上げた「Stuck In A Moment You Can’t Get Out Of」。個人的には全然思い入れの無かったこの曲ですが、このアレンジで聴かされて初めて好きになりました。こんなに美しい曲だったんだ、と。

そのままアコースティックのセットで、昨年亡くなったTHE DUBLINERSのRonnie Drewに捧げると言い彼等のカヴァー「The Auld Triangle」を披露。Dublinならではですね。

「One」、「Until The End Of The World」。U2に関しては僕の中でも初期の作品群に敵うものはありませんが、思い入れは90年代の賛否両論のあったU2にもかなりあります。30年間、あらゆる姿を見せてきたU2ですが、僕が初めてリアルタイムで接したU2というのは「Pop」でしたからね。

「The Unforgettable Fire」が始まりました。すると、ステージ上部にあったスクリーンがほどけ、網目状になって下に降りてきます。凄い。こんなもの、観た事がありません。U2は近年のツアーではシンプルなステージを好んでいたので、かつて「Zoo TV」や「Popmart」で観られたエクストラヴァガンザとしてのU2は、もう観られないと思っていました。

そして、やはりそういうステージのコンセプトに合わせてか、シンプルだった前回のツアーでは初期の曲が割と多めに聴く事が出来て、今回は90年代の曲が多めです。

間髪入れずに始まった、「City Of Blinding Lights」のイントロが僕を襲います。スペーシーで美しいメロディーと、近未来的なステージセットの組み合わせが素敵。その後は、「Vertigo」で明るい雰囲気に。曲の終わり、RAMONESの「Do You Remember Rock 'N' Roll Radio」を口ずさむBono。そして次は「I'll Go Crazy If I Don't Go Crazy Tonight」へ。明るい路線が続きます。

しかし、次に始まったのが誰もが知っているあのセンセーショナルなドラムイントロ。そうです、「Sunday Bloody Sunday」です。スクリーンに映し出される、ムスリムの女性、アラビア語のメッセージ。そして、勇壮に歌い上げるBono。いよいよ、彼等らしい政治的な側面を見せ始めました。

Martin Luther King Jr.牧師に捧げる「Pride (In The Name Of Love)」と「M.L.K.」。アウンサンスーチー女史に捧げる「Walk On」。音楽では世界を変える事は出来ないのかも知れません。ただ、伝えたい事を伝えられるという独自性にかけては、何よりも素晴らしい。

そして、次は映像でDesmond Tutu大主教による演説が始まりました。アパルトヘイトから黒人を解放した大主教の演説は、今は解放を求め闘う世界中の人に向けられています。

人種。宗教。解放へ。どの通りにも名前が付けられていない様な、原生の地へ。

あのイントロが聴こえてきました。U2にまつわる個人的な思い入れの全ては、このイントロから始まり、今も尚、ただここに集約されるのみです。

「Where The Streets Have No Name」。僕みたいな小さな存在が、ここまで感動するこの曲。一体、地球上のどれだけの人のシンパシーがこの曲に宿っているのでしょう。

クライマックスの後は、「Bad」でしめやかに。THE ROLLING STONESの「Fool To Cry」を挟み、「40」へと繋げます。そして、ステージを去る4人。

すぐさまアンコールを求める声が始まり、間も無くステージに戻って来た4人。Bonoは赤いレーザーを発するスーツを着ています。ハンドル型のマイクを持ち、歌い始めたのは「Ultraviolet (Light My Way)」。この曲、僕がU2の中でも凄く好きな曲で。もう本当に嬉しかったです。泣きそうでした。

そして、そこで許してくれないのがやはりU2。今度は「With Or Without You」が始まりました。

歌い終えたBonoはオーディエンスに、そして今回のツアーを実現させるに至ったスポンサーや自治体の協力に感謝を丁寧に述べ、静かに「Moment Of Surrender」へと入っていきました。やがて、全てが終わり、笑顔を見せて4人は再び去って行きます。あれだけクライマックスを何度も迎えながらも、ラストは実に静かに終わるんですね。

全身を襲う感動は、ライブが終わって観客が帰り始めた後も、夜のDublinの街を歩いて帰る間も、抜ける事はありませんでした。2年前、New YorkでRAGE AGAINSTH THE MACHINEのライブを観た時を思い出していました。あの時も、まさにこんな感じ。

こんなに感動する事、人生に於いて他にあるんでしょうか。いつも思います。しかし、これを超える感動をこの先、生み出していかなければならないんだと感じました。

Dublinに、ありがとう。U2に、ありがとう。

僕の中で、何かが終わって、何かが始まった、そんな夜になりました。



U2 Live At Croke Park Stadium 02



U2 Live At Croke Park Stadium 03



Setlist:

01. Breathe
02. No Line On The Horizon
03. Get On Your Boots
04. Magnificent
05. Beautiful Day
06. Elevation
07. Desire
08. Stuck In A Moment You Can't Get Out Of
09. The Auld Triangle
10. One
11. Until The End Of The World
12. The Unforgettable Fire
13. City Of Blinding Lights
14. Vertigo
15. I'll Go Crazy If I Don't Go Crazy Tonight
16. Sunday Bloody Sunday
17. Pride (In The Name Of Love)
18. M.L.K.
19. Walk On
20. Where The Streets Have No Name
21. Bad / Fool To Cry / 40
 Encore 1
22. Ultraviolet (Light My Way)
23. With Or Without You
24. Moment Of Surrender



U2 Live At Croke Park Stadium 04
posted by Yoshitaka at 20:35| Comment(4) | TrackBack(1) | Diary - Live Review | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月26日

Dublinに行ってきました

Londonから飛行機で1時間。Englandの隣の国、Irelandへとやってきました。

初めて利用するLuton空港、久しぶりのRyanairに乗ります。余談ですが、これでGatwick空港、Stanstead空港、Heathrow空港、City空港と並びLondonの5つの空港全て制覇です。

Irelandは南北に分かれており、南は共和国として独立、北はNorthern IrelandというU.K.の領土です。2年前、この南北2国を列車に乗って旅をしました。Irelandには遺跡や自然がたくさんあるにも関わらず、僕が行ったのは両国の首都、BelfastとDublinだけ。いずれは時間をかけて色々観て回りたいです。

Dublin空港からバスで40分程で、Dublinの中心に来ます。今夜泊まるホステルも、前回泊まったIsaac Hostel。



Dublin 01



荷物を置いて、街に出ます。

ホステルのすぐ横は、O’Connell Street。ここには2つの有名なライブハウスがあります。



Dublin 02



こちらは、Dublin Academy。今夜は先日観たJOHN MAYALLのライブだそうで。彼も僕と同じタイミングでLondonから来たわけですね。



Dublin 03



続いて、Ambassador。今は展覧会に使われているみたいです。前回来たときは丁度TRIVIUMのライブが行われていて、Heavy Metal系の格好をした女の子が長い列を作っていました。



Dublin 04



ここではこの店も忘れずに。Eddie Rocket's。



Dublin 05



以前の日記にも書きましたが、ここのハンバーガーが美味しい。



Dublin 06



Liffey川を越え、街の南側へ。街の中心を通るGrafton Street。



Dublin 07



ここに、あの人は立っています。



Dublin 08



Phil Lynott。Irelandの至宝と呼ばれたバンド、THIN LIZZYのフロントです。街の中心を通るGrafton Streetを見守る様に、彼はここに立っています。

IRON MAIDENからTHE SMASHING PUMPKINSまで、あらゆる世代に影響を与えたTHIN LIZZY。Philが生きていた頃のTHIN LIZZY、観てみたかったですね。

少し西に歩くと、今度は彼がいます。



Dublin 09



Rory Gallagher。Irelandが生んだ、伝説のBluesギタリスト。

今度はCustom Houseを通り過ぎ、街の東側へ。



Dublin 10



U2がかつて使用していたスタジオ。世界中からU2のファンが訪れ、落書きでこの様な感じに。



Dublin 11



街の中心に戻ります。繁華街Temple Barは所々工事中でした。

Europeの街角ではよく見かける、銅像の真似をするストリートパフォーマー。この人は上手過ぎて、頭に鳩が止まっていました。



Dublin 12



Hard Rock Cafe Dublin。



Dublin 13



中に入ると玄関で、U2が「Zoo TV」ツアーで照明の代わりに使用した車、Trabantが出迎えます。



Dublin 14



これを照明の代わりに何台もステージ上に配置していたんですよ。あの頃のU2は全てが破格でした。

Irelandも音楽の国です。この国から輩出された、世界的なミュージシャン達がここには崇められています。



Dublin 15



街の北側に戻ります。偶然、以前泊まった2軒のホテルを見つけました。

Abraham House。



Dublin 16



Abbey Court。



Dublin 17



前回同様、今回も利用したインターネットカフェ。サイケデリックな外観が素敵。



Dublin 18



今回はもう1軒、美味しい店を見つけました。Momo's Kebab House。



Dublin 19



ここのケバブがとても美味しかったです。



Dublin 20



DublinはLondon以上に天候が悪く、1日の間に何度も雨、晴れが交互にやってきます。晴れの合間に動いただけなので、今回はこれだけ。Guiness工場とかSt. Patrick Church等、他にも観所は多い街ですよ。

さて、明日は、この夏のメインイベントとも言うべき出来事が僕を待っています。僕が泊まるホステルにも、世界中から明日の為にDublinにやってきた人達で満室です。それだけではなく、今日歩いてみて分かったのですが、Dublin中が明日を目当てにした人達で賑わっていました。

いよいよです。



P.S.

僕がDublin旅行記を書いているまさにこのタイミングで、THE CRANBERRIESが活動再開というニュースが入ってきました。何という偶然。観に行きたいなあ。



posted by Yoshitaka at 22:11| Comment(3) | TrackBack(0) | Diary - Travel | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月25日

GLEN MATLOCK、WILKO JOHNSON、PETER GREEN、etc

とまあ、今回Londonで観た主なライブはそんな感じでした、というのが前回までの日記です。

ここではその他観たライブをまとめて紹介します。



GLEN MATLOCK

SEX PISTOLSのベーシスト、Glen Matlock。彼は4人の中で最も精力的に活動しているミュージシャンだと思います。Londonでも頻繁にソロライブを行っていて、この日はDirty Southという名前のパブでライブをするとの事。パブの場所を調べてみて唖然。僕が5年前、生まれて初めて1人暮らしを始めたアパートの裏。という事は、Londonの中心部を挟んで反対側。

こんな遠くまで、自分も本当に物好きだなと思いながら行きました。

ライブはアコースティックで、SEX PISTOLSの曲とソロの曲が半々くらい。始まったのが夜中12時で、1時半に終了。



Glen Matlock 01



ライブ後、外でくつろいでいたGlenに話しかけます。Glenはとてもフレンドリーで話好きでした。

 ”初めて日本に行った時、フクオカっていう街でさー” 

 ”BLUR観た?俺レコーディングで行けなかったんだよ。どうだった?良かった?”

等々、話も盛り上がり。Londonで何してるの?えっ、バンドやってるの?と逆に質問もされ、何だか近所のおじさんと喋っている様で凄く和みました。

ちなみに、SEX PISTOLSは次はいつやるの、と聞いたところ、来年だね、と言っていました。そして、

 ”俺、SEX PISTOLSは好きだよ。”

彼はそう付け加えました。あのバンドを作り上げるのに貢献したGlenが脱退した後、加入したSid Viciousが良くも悪くもPunk Rockのアイコンになってしまった為、陰に隠れがちなGlenですが、そんな言葉を聴いて少し胸にくるものがありました。



Glen Matlock 02



WILKO JOHNSON

Pub Rockの始祖DR. FEELGOODの中心人物、Wilko Johnson。この人、Londonでは実に頻繁にライブをやっていて、本当にいつでも観れると思っていて結局まだ観た事が無いままでした。Pub Rockはその名の通りパブで観ないと、という事で、Londonの南西にあるPutneyのThe Half Moonというパブで行われたライブを観に行きました。

一言。何で今まで観なかったんだ。

黒いボディーに赤いピックガードのFender Telecasterを抱き、ピックを使わず指先で凄まじいカッティングを繰り広げるWilko。いつの日からか髪は無くなりましたが、あの怖ろしい目つき、奇妙な動き、70年代から全く変わっていません。ただただ、格好良い。Pete TownshendやBernard Sumner等、まさしく僕の好みのギタリスト。長年の相方、ベーシストのNorman Watt-Royとの絡みも絶妙。もちろん、「She Does It Right」、「Bye Bye Johnny」も聴けました。



Wilko Johnson



PETER GREEN

FLEETWOOD MACのオリジナルギタリスト、Peter Green。FLEETWOOD MACの世界的成功の裏でドラッグから抜け出せなくなり、廃人になってしまったPeter。後年Gary Mooreの助力によって復帰を果たすも、なかなか本格的に活動を再開出来ないまま20、30年と時は経ち、今に至ります。

以前、一度だけEric ClaptonやBill Wyman等が参加したチャリティーライブで彼の姿を観た事はありましたが、単独公演なんて初めてです。かつての美男子が、別人の様に太ってしまって痛々しくはありますが、人前に出て来ようという気持ちがあって、殆ど告知されなかったライブにも拘らず、会場となったCamdenのDingwallsは満員。未だにこれ程多くの人が、彼のギタープレイを忘れられずにいるんですね。

FLEETWOOD MACの曲は「Albatross」と「Black Magic Woman」以外演奏されず、後はBluesのスタンダードナンバーやカヴァーが続きました。でもこういうライブこそ、観られるだけで奇跡。

FLEETWOOD MACが今年、久しぶりのワールドツアーに出て世界中のアリーナやスタジアムでライブをしている裏で、Peterがこうして小さなライブをしているという事実には切ない気持ちにさせられますがね。



Peter Green



SPINAL TAP

Wembley Arenaにて一夜限りの再結成を果たすというコメディアン兼Heavy Metalバンド、SPINAL TAP。これは観ておかないとと思って観に行ったんですが、これが有り得ないくらいつまらなくて。



SPINAL TAP



唯一の救いは、シークレットゲストとして何とEMERSON LAKE AND PALMERのKeith Emersonが登場した事。これは驚きました。Keithは相変わらず暴れておりました。EMERSON LAKE AND PALMERもそろそろ再結成してくれませんかね。



Keith Emerson



JOHN MAYALL

Eric Clapton、Jack Bruce、Peter Green、Mick Fleetwood、Mick Taylor、Dick Heckstall-Smith、挙げればきりが無い程、世界的なミュージシャンを何人も自身のバンドJOHN MAYALL AND THE BLUES BREAKERSで育てたBluesの伝道師、John Mayall。

Charlotte Street Blues Clubという、画廊とライブハウスが一緒になったとてもアーティスティックな会場。

御年75歳のJohnはキーボードを演奏しながら歌、ハーモニカ、ボイスパーカッションを交互にこなすという離れ業をやってのけ、MCでも終始客を笑わせ、生粋のエンターテイナーぶりを発揮していました。50年もミュージシャンをやっていると、こんな境地に至れることもあるんですね。Londonですし、JOHN MAYALLですし、それこそ誰かシークレットゲストとして登場してくれないからと思っていましたが、それは無し。

ただ、惜しむらくは、最後までギターを演奏しなかったという事。Johnといえばギターなのに。残念。



John Mayall



これで、今回のLondonで観たライブの日記は終わりです。

あくまで、”Londonで観た” ライブは以上、ということです。

日本に帰る前に、もう1つ、ライブを観ました。それで本当に終わりです。これがまた、色んな意味で凄かった。またこのライブは、僕が13歳の時に抱いた夢でもありました。お楽しみに。
posted by Yoshitaka at 05:38| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary - Live Review | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月21日

BAD BRAINS Live At Shepherds Bush Empire

黒人によるHard Core。ミクスチャーの元祖。音楽史に於いて何かとアイコン化され、崇め奉られているバンド、BAD BRAINS。元々、色々な意味で変なバンドではありましたが、今では本当の意味で変なバンドになってしまっています。

思い返せば、今は亡き老舗ライブハウスAstoriaで観た最後のライブが、このBAD BRAINSでした。あの時は、実に久し振りのBAD BRAINS来英という事もあって、会場もかなり賑わい、今まさに未知の存在と対峙せんとするオーディエンスには神妙な雰囲気が窺えました。

しかし、肝心のライブはとても微妙な結果に。個人的にも、H.R.の変貌ぶりと、オーディエンスのブーイングが鮮明に記憶に残ってしまっています。

今回のライブはあれから約1年半。会場はAstoriaよりも更に広いShepherds Bush Empire。あの時のライブを経験した人が多いのでしょう、中に入ると、フロアはなかなか寂しい感じ。人がいないので、冷房がよく行き届いてかえって肌寒い。

かくいう僕も、前回のライブを観たのなら今回は止めておけばいいのに。こういうところが、本当に自分でも物好きだなと思ってしまいます。物価が高くて有名なこの国で、ほぼ唯一日本より格段に安いもの。それは、ライブのチケットです。それにつられてこの有様です。

開演時間、暗くなったステージに静かに現れる4人。前回は宗教色を前面に出した格好をしていたH.R.でしたが、今回はラスタ柄のジャケットを着て、随分まともに見えました。

丁寧過ぎる挨拶と、メンバーを1人ずつ紹介した後、いきなり「Attitude」から始まりました。すると、今まで何処に隠れていたんだという感じに、瞬時にしてフロアの前面は人だかりが出来、暴れ始めました。

「Right Brigade」、「Sailin’ On」、「Regulator」、BAD BRAINSがBAD BRAINSだった頃の曲が続きます。取り敢えず、安心しました。前回のライブよりは、遥かに正常。

しかし、オーディエンスはもちろん、Dr. Know、Darryl Jenifer、Earl Hudsonの3人はいかにもHard Coreのライブらしいライブを展開していくのですが、やはりH.R.だけは様子がおかしい。どの曲でも直立不動で、歌詞を呟くだけ。時折、ステージ上を徘徊したり、奇声を発したりします。彼の奇行は今に始まった事ではありませんが、それでも観る者を不安にさせます。

演奏は基本的にかなり巧いですね。僕もLondonで組んだバンドのうち、2つは黒人と一緒に組んだバンドでした。彼等は常にフィーリングに頼った自由極まりない演奏をしていたので、黒人のミュージシャンというのはそういうものだという認識が出来てしまっていました。しかし、良く考えてみれば、U.S.のバンドというのはどのジャンルでも本当に演奏が巧い。逆にフィーリングに頼ってというか、率直に言って歌や演奏の技術が下手なのは決まってU.K.出身のバンドですよね。僕の敬愛するNEW ORDERも、演奏は有り得ないくらい酷いですもんね。無論、それに勝って有り余る何かがあるというのが、U.K.のバンドの魅力であり、武器であった訳ですが。

そして、Hard Coreは一段落し、Reggae調の「Jah Love」が始まりました。待っていましたと言わんばかりに嬉しそうに歌い始めるH.R.。これが彼の世界なのでしょう。ディストーションが掛かったままの音で綺麗なカッティングを聴かせるDr. Knowのギター、神秘的です。CDで聴くだけではそこまで気付きませんでしたが、こうしてライブで観ると彼の演奏するギターはとてもユニークですね。

現時点でのニューアルバム「Built A Nation」から「Give Thanks And Praises」、「Universal Peace」と続きます。モダンなサウンドに、ラスタファリズムのメッセージを乗せているこれらの曲は、斬新といえば斬新、無理矢理といえば無理矢理。

初期の名曲「F.V.K.」、SOUL BRAINS時代の「On Like Popcorn」と続き、またH.R.のReggaeコーナー「I And I Survive」。気持ち良さそうに歌う彼。Hard Coreの曲では無いと判った途端、話し声が目立ち始めるフロア。少しH.R.がかわいそう。しかし、彼はそんなフロアの話し声など聴こえていないかの様に、無心に歌い続けます。

こちらもつられてリラックスしていたら、その後すぐ来ました、「Banned In D.C.」。非常にマイペースではありますが、このライブの持って行き方に、前回とは違い、聴かせよう、楽しませようとしてくれている彼等の姿勢を感じます。

Dr. Knowのギターソロが冴える「Sacred Love」、H.R.が拝みながら歌う「Soulcraft」。今回のライブでは、彼と一緒に合掌して祈りを捧げる人の姿も見えました。

続くReggaeの「I Luv Jah」では自分の世界に入り込むH.R.をよそにジャムセッションが繰り広げられます。一瞬、誰のライブを観に来ているのか分からなくなりました。

演奏が巧過ぎてHeavy Metalみたいに聴こえる「At The Movies」。歌い終わると、優しい口調でH.R.が話し始めました。でもよく聴き取れません。あちらの方に向かって拝みなさい、というジェスチャーは分かりました。

「Re-Ignition」では、暴れるオーディエンスを見つめ ”よろしい” と言う様に頷いていたH.R.。別にこれはこれで、格好良いと思いますよ。

そして、「Pay To Cum」。さすがにこの曲くらいは、という事なのでしょうか。真面目に歌ってくれたH.R.。しかし、彼は何故かフルアコを抱えて演奏しながらこの曲を歌います。この曲でこの姿は、絶対に変。

H.R.がステージ上から去り、これで終わりかと思いきや再び始まった演奏。以降、3人で延々とセッションを繰り広げます。時折現れてはリックを呟き、また去って行くH.R.。

かなり長い時間、セッションをしていたと思います。そして、ようやくH.R.がまともにフロントに立ち、マイクに向かったと思ったら ”今夜はこれで終わり” と一言告げ、そぞろに4人は退場してしまいました。何だそれは、といった感じのリアクションをするオーディエンス。すぐさまアンコールを求める声が始まります。

どうやら出てきてくれた4人。アンコール、やってくれるみたいです。まだあの曲を聴いていませんからね。

という訳で、「I Against I」。この曲もまた、粗末に扱えないという事なのでしょうか。H.R.は真面目に歌ってくれました。この真面目に歌ってくれたときのH.R.、この姿を目にしたときだけ、目の前にいるバンドはあのBAD BRAINSかも知れない、という気にさせてくれます。

そして、曲が終わり、すぐさままた去って行く4人。今度こそ終わりです。

僕自身、Hard Core周辺の音楽を好んで聴いていた時期は非常にラディカルだったので、甘んじた姿、日和になった姿というのはどんなバンドに於いても許せませんでした。それがつまり、BAD BRAINSではReggaeの部分だったんでしょうね。ですから僕の意識の中でのBAD BRAINSの像というのは、ごく初期の、本当に危険だった頃の彼等の姿に固定されてしまっているのでしょう。

Reggae等、ルーツ音楽に関してはLondonに来てからかなり鍛えられたので、今でこそ理解出来る部分は多いです。もし、10代の頃に今の彼等のライブを観てしまっていたら、落胆の程度もかなり違っていたでしょうね。

そうは言っても、BAD BRAINSのライブが観られる機会なんて、そう無いですから。これはとてもありがたい体験なのだと肝に銘じておかなければ。

この後、彼等はFuji Rock Festival 2009へ出場します。僕からは結の言葉として、彼等はやれば出来る、という非常に差し出がましい言葉を捧げておきます。



BAD BRAINS Live At Shepherds Bush Empire 01



BAD BRAINS Live At Shepherds Bush Empire 02



BAD BRAINS Live At Shepherds Bush Empire 03



BAD BRAINS Live At Shepherds Bush Empire 04



Setlist:

01. Attitude
02. Right Brigade
03. Sailin’ On
04. Regulator
05. Jah Love
06. Give Thanks And Praises
07. Universal Peace
08. F.V.K.
09. On Like Popcorn
10. I And I Survive
11. Banned In D.C.
12. Sacred Love
13. Soulcraft
14. I Luv Jah
15. At The Movies
16. Re-Ignition
17. Pay To Cum
 Encore 1
18. I Against I



BAD BRAINS Live At Shepherds Bush Empire 05
posted by Yoshitaka at 05:42| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary - Live Review | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月18日

MORRISSEY Live At Brixton Academy

そもそも、今回Londonに来ようと決め、標準を合わせたのはBLURの復活ライブでした。それなのに、同時期にAC/DC、NINE INCH NAILS等もEnglandに来てくれて、またも運の良さを発揮。

そして、こちらも本当に奇跡的。5月に予定されていたツアーが延期になり、僕がLondonにいるこの7月に予定が組み直された、MORRISSEY。

MORRISSEYのライブを観るのは丁度1年ぶり。前回はWireless London 2009のヘッドライナーとしてHyde Parkで彼のライブを観ました。今回の会場は、Hyde Parkよりも遥かに小さいBrixton Academy。小さいとはいえ、キャパシティーは5000人もありますが。

PIXIES、SYSTEM OF A DOWN、SIGUR ROS、TOOL、THE JESUS AND MARY CHAIN、SEX PISTOLS、IAN BROWN等、ここBrixton Academyでは実に多くのライブを観ました。

Londonの中でも、治安の悪さで有名なBrixton。今日はBrixtonへ向かう地下鉄Victoria Lineが動いていなかったので、2番目に近いNorthern LineのStockwell駅から歩いていく事に。久し振りにこちらの方へ来ましたが、駅を降りて会場に着くまでの道、ギャングはあちらこちらでたまっているわ、すれ違うのはフーディーばかりだわで相変わらずとても怖い。

LondonのThames川以南は危険な場所が多いと言われます。僕が住んでいた家のあるElephant And Castle。僕の通った大学があるNew Cross。僕のバンドが使っていたスタジオがあるPeckham。これらはすべて、凶悪な地区として有名です。よく4年間無事でいられたと今になって思います。

さて、懐かしいBrixton Academyの中へと入って行きます。この不況の所為か運営する会社がCarlingからO2へと変わりましたが、だからと言って特に何も変わっていません。ステージ上にはスクリーン。ELVIS PRESLEY、THE VELVET UNDERGROUND、NEW YORK DOLLS等、Morrisseyが敬愛するミュージシャン達の映像が映し出されています。

開演時間、暗転と共にスクリーンが撤去されます。そして、暗いSEの中、静かに現れるMorrissey、そしてTHE LADSと呼ばれるバックバンドの面々。

ライブはいきなり、THE SMITHSの「This Charming Man」から始まりました。嬉しかった反面、このHeavy Metalの様な整合感のある、そつの無い演奏に、THE SMITHSの頃からのファンにしてみれば違和感を覚えることでしょう。僕も感じるくらいですから。

Morrisseyは病み上がりである事を微塵も感じさせない、いつものエモーショナルな歌声を聞かせていました。攻撃的な「I Just Want To See The Boy Happy」、ニューアルバム「Years Of Refusal」から「Black Cloud」と続きます。

そして、早くも「How Soon Is Now?」のセンセーショナルなギターリフが始まり、信者の様なオーディエンスの歓声に迎えられ、歌い出すMorrissey。前回のライブでは、ステージ上に仰向けに倒れこんだMorrisseyにスポットライトが当たり、イントロの後に起き上がるという演出を観せていました。今回は、歌い終えると同時にドラムセットの前に倒れこむMorrissey。

再びニューアルバムから「I'm Throwing My Arms Around Paris」。今の彼のライブでは、2004年以降のアルバムから定番曲として定着した曲が多くあります。

僕が日本を離れLondonに来た年、2004年は、Englandが国を挙げてMORRISSEYの復活祭を行っていた年でした。U.K.のバンドも、U.S.から来たバンドも、一様にMORRISSEYに賛辞を述べ、THE LIBERTINESやFRANZ FERDINANDがチャートを席捲した事さえMORRISSEYの帰還が国の音楽界を活性化させた賜であると報道がなされていました。

そして、「Ask」です。今夜は序盤から、かなりアグレッシヴなライブです。

「When Last I Spoke To Carol」の後は、「Mama Lay Softly On The Riverbed」、「You Just Haven't Earned It Yet, Baby」、「Moon Over The Kentucky」とメロウな路線に。静かに聞き入る事の多かったオーディエンスですが、「Irish Heart, English Blood」で再び盛り上がります。

前回と違い、ステージの近くでライブが観られて気が付いたのですが、曲が終わったと思ったらすぐさまギターを変えたり、ポジションを移動したり、THE LADSのセットチェンジが非常に機敏。鍛えられているんだなと思いました。

メンバー紹介、1人ずつTHE LADSの面々を紹介した後、 ”そして僕は個性も価値も名前も無い存在” といつもの様に自嘲するMorrissey。

そして、ここからがサービスが利き過ぎて怖いくらいの展開に。「Girlfriend In A Coma」、「Because Of My Poor Education」と、次々にオーディエンスを喜ばせる曲が演奏されます。

”僕が幸せそうに見えるかい。何故なら、実際に幸せだからね。” そう言って始まった、「I Keep Mine Hidden」。世界中のファンから一心に愛され続け、Morrisseyも今年で50歳。

曲が終わっても騒ぎ続けている観客に対し、 ”そこの彼が何か言いたがっている様だ。マイクを渡してみようか。” とオーディエンスに問いかけるMorrissey。オーディエンスが歓声で応えると、 ”残念。僕は多数の意見に従った事は無いんだ。” と皮肉にあしらい「The World Is Full Of Crashing Bores」へ。

そして、間髪入れずに始まったTHE SMITHSの「Some Girls Are Bigger Than Others」。ライブでは初めて聴けたのですごく嬉しかったのですが、やはりオリジナルの印象とは随分違います。かと言って、Johnny Marrの方も5年前にライブで観たんですが、彼もまた今では器用になり過ぎている感がありますからね。

そして、次第に暗く、控えめなサウンドが「Life Is A Pigsty」、「The Loop」へと繋がっていきます。僕はやはり、こういう感じが好きです。どんな感じでも好きですけれども。根本的にMorrisseyというミステリアスな人が好きな訳ですから。

そんな事を考えていたら、再び華やかな「I'm O.K. By Myself」が始まりました。そして、バンドが演奏を終えないうちにステージを後にするMorrissey。本編はこれで終了。

アンコールに応えて再び現れ、オーディエンスに感謝を述べるMorrissey。演奏し始めた曲は「First Of The Gang To Die」。照明を向けられ、Morrisseyと共に合唱し、これ以上無いくらいの笑顔をステージに向けるオーディエンス。アンコールに似合う曲は他にあるのではと思いましたが、いざこうして始まってみるとこの曲がラストでも申し分無い様な気がしてきました。

歌い終わり、いつもの様にシャツを脱ぎ、オーディエンスに向かって投げ、上半身裸でステージを去って行くMorrissey。素敵です。

思い返せば、NEW ORDER、HAPPY MONDAYS、IAN BROWN、OASISとManchester出身のバンドが好きなのに、彼等のライブを観たのは全てLondonでの事。いつかはManchesterで観てみたいと思いつつ、Manchesterから来たバンドをLondonで迎えるのが僕らしい、とも思ってしまいます。

音楽を聴き始めた10代の頃、Heavy Metalを教えてくれる人がいました。Punk Rockを教えてくれる人もいました。90年代以降の音楽は言わずもがな。しかし、THE SMITHSやJOY DIVISIONの様な音楽を教えてくれる人は、周りに誰1人としていませんでした。この国に住んで、曇り空の下、古い街並に生活してみて、初めて理解出来た様なものなんです。

狂信的なMORRISSEYのファンが、U.K.にも日本にも多くいます。僕はそうなるより先に、未だに誰かにこういう音楽について教えてもらいたいという気持ちを持ち続けています。

愛情が自分の中で屈折し、独り歩きを始めてしまうそうで、怖いんです。



MORRISSEY Live At Brixton Academy 01



MORRISSEY Live At Brixton Academy 02



MORRISSEY Live At Brixton Academy 04



Setlist:

01. This Charming Man
02. I Just Want To See The Boy Happy
03. Black Cloud
04. How Soon Is Now?
05. I'm Throwing My Arms Around Paris
06. Ask
07. When Last I Spoke To Carol
08. Mama Lay Softly On The Riverbed
09. You Just Haven't Earned It Yet, Baby
10. Moon Over The Kentucky
11. Irish Blood, English Heart
12. Girlfriend In A Coma
13. Because Of My Poor Education
14. I Keep Mine Hidden
15. The World Is Full Of Crashing Bores
16. Some Girls Are Bigger Than Others
17. Life Is A Pigsty
18. The Loop
19. I'm O.K. By Myself
 Encore 1
20. First Of The Gang To Die



MORRISSEY Live At Brixton Academy 03
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2009年08月14日

Les Paul死去

ここのところ、訃報ばかり続きます。やりきれません。



Les Paul Himself



Les Paulが亡くなりました。94歳。亡くなられる直前まで、ライブをしていたそうです。New Yorkにある、Iridium Jazz Clubで。

全世界のギタリストが憧れる上級機種、Gibson Les Paulはその名の通り、彼の名前から拝借されたものです。Jazz、Blues、Rock、Pops、全てのルーツであり、20世紀の音楽を創った、第一人者。

Les Paulというギターはもちろん知っているが、それが実は人の名前だったなんて知らなかった、という若い人も多いのではないでしょうか。でも、それこそが、彼の残した功績の顕れであると思います。彼がいなければ、音楽がこれ程身近なものにはならなかったでしょう。

僕は、2年前の夏New Yorkに行った際に彼のライブを観る事が出来ました。ギターの腕前はもちろんの事、とにかくトークが面白くて終始オーディエンスを笑わせていました。

あの優しい笑顔。音楽界の第一人者が演奏する姿をこの目に収める事が出来たのは、本当に幸運でした。

94歳というその歳まで、毎週月曜日、ステージに立っていたという事が驚きです。

またNew Yorkに行ったら、まず彼の演奏を聴きに行こうと思っていました。残念です。ご冥福をお祈りします。

R.I.P. Father of all guitarists on this planet.



LES PAUL



2007.07.23 LES PAUL Live At Iridium Jazz Club, New York

http://franticjapyoshi.seesaa.net/article/49077918.html


posted by Yoshitaka at 22:57| Comment(2) | TrackBack(0) | Music News | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月10日

NINE INCH NAILS Live At Manchester Evening News Arena

どうしてそんなに暗い音楽ばかり聴くの、とよく他人に訊かれます。その答えは多分、 ”明るい音楽より遥かに現実的だから” ではないでしょうか。

そんな僕を構成する要素の中でも筆頭格なのが、NINE INCH NAILS。

今年、PEARL JAMのデビューアルバム「Ten」が20周年でリイシューされると聞いて、驚きました。90年代が、少しずつ、確実に、歴史に組み込まれていく事実に。

今夜ここManchester Evening News ArenaでJANE’S ADDICTIONと共にライブを行うNINE INCH NAILSもまた、デビュー20周年。そして、Trent Reznorによれば、NINE INCH NAILSのライブが観られるのは今年で最後、という事になっています。

NINE INCH NAILSのライブを観るのは、これで6回目。日本で観たのはSummer Sonic 2005での1回きり。笑ったTrentを見たのは、後にも先にもあの1回だけ。Maynard James Keenan同様、あの特異なユニティーを気に入ってくれる才人の存在は、日本にとってどれだけありがたい事か。

ステージの上は、今まで観た彼等のライブからは想像出来ない程、簡素なものになっていました。前回の「Lights In The Sky」ツアーでは、想像を絶する程の視覚効果を前面に押し出していたステージを展開していただけに、これは実に対照的。

開演時間、暗転し、裸の照明に照らされて静かに姿を現すTrent。彼の体は、前にも増して筋肉質になり今ではもうボディービルダーの様。長髪で痩せていた頃の方が、僕は断然好きです。

静かに、無機質に「Somewhat Damaged」が始まりました。Trentの声は、随分荒々しくなっていました。この人は本当に、内外共に変化の耐えない人です。

間髪入れずに「Terrible Lie」。歓声を上げるオーディエンス。そして、それを更に押し黙らせるかの様に、「Heresy」、「March Of The Pig」、冒頭から凄まじい曲の応酬。同時に、今までとライブの構成はあまり変わらないんだな、と。殆ど実感はありませんが、前回彼等のライブを観てから今に至るまで、2枚もアルバムが発表されていますからね。その間、彼等にどれだけの距離をつけられてしまったのかと、今夜のライブを観るにあたり不安に思っていましたから。

唸るTrent、「Piggy」の始まり。Trentはマイクを持ってステージを降り、前列の観客に1人ずつ、 ”Nothing can stop me now” の部分を歌わせます。相変わらず凶暴ですが、紳士的なTrent。

今回のメンバーには、ギタリストのRobin Finckが復帰している事でも話題になりました。僕ももちろん、彼を観るのは初めてです。Dave Gilmourの様な素晴らしいギターを聴かせるRobin。物凄い存在感。NINE INCH NAILSに於いて、Trentの横でこんなに堂々としている人を初めて観ました。

そして、GARY NUMANの「Metal」をカヴァー。JOY DIVISION、DAVID BOWIE、どんな曲のカヴァーでも原曲のイメージを壊す事無くNINE INCH NAILS色に染めてしまう手法は見事。

Trentがピアノに向かい、「The Becoming」が始まりました。Robinのアコースティックギターが不気味です。Josh Freezeの後任、Ilan Rubinはまだ21歳。在籍していたLOSTPROPHETSからTrentによって抜擢された、シンデレラボーイです。冷たい感触のドラムが、NINE INCH NAILSに良く合っています。確かにこれは、LOSTPROPHETSには勿体無い。

そして、ベーシストはJustin Meldal-Johnson。BECKのバックバンドのメンバーとして有名なベーシストです。今回もJosh、そしてGeordie Whiteが揃っていた前回同様、豪華な面々ですね。

ここでTrentが初めてオーディエンスに語りかけます。先程はGARY NUMANの曲を歌ったが、もう1人、尊敬するEnglandの偉人、DAVID BOWIEの曲を、と言い「I’m Afraid Of Americans」が始まりました。このカヴァーが有り得ませんでした。出来過ぎです。怖ろしい。

前回、2006年に「Year Zero」に伴うツアーで彼等を観た時は、いつになく ”バンド” らしい彼等がいると感じました。今回の彼等は、そこからよりプリミティヴなサウンドに、より生のバンドに近付いていました。

そして、何と「Burn」が始まりました。レアな、そしてファンの間で人気な曲を次々に出してくる彼等。サービスもここまで効いていると不気味です。

その後も、「Gave Up」、「La Mer」、「The Fragile」と、初期の曲を中心にライブは進みます。

「Gone, Still」。「Still」収録のこの曲も聴けてしまうなんて。

続いて、「The Way Out Is Through」。ライブが始まってから、一貫してモノトーンの照明。思い返してみれば、「With Teeth」のツアーと「Year Zero」のツアー、両方とも観ましたが、この両ツアーを境にして色彩感覚が180度変わっています。

静かで暗い曲が続いた後、あのドラムが始まりました。「Wish」です。歓喜するオーディエンス。

「Memorabilia」が始まったかと思いきや、「Survivarism」でした。ようやく復活後の曲が出てきましたよ。それにしても、今に始まった事ではありませんが、彼等のライブは非常に目まぐるしい。ステージ上に出し入れされる楽器の数。次々に繰り出される攻撃的な曲。息つく間も無いとはこの事。

PIGFACEの「Suck」。曲の後、オーディエンスへ感謝を述べ、1人ずつメンバー紹介をするTrent。

「The Day The World Went Away」、「The Hand That Feeds」、「Head Like A Hole」。攻撃的な曲が続き、いよいよこれからクライマックスかと思ったその時、音が止むと同時に無言でステージを去った4人。そんな、まさか。こんな唐突な終わり方なのでしょうか。これまで彼等のライブにはアンコールというものが無かったので、取り残された様な不安に襲われました。

すると、程無くして暗闇の中から一条の光が差し、その先にいるTrentがシンセサイザーに向かい「Hurt」を歌い始めました。

今日、自分を傷つけてみた。まだ痛みを感じられるかどうか知りたくて。

かつての盟友Marilyn Mansonを罵ったり、インターネットに携わる人たちを批判したりと近頃不穏な動きをみせるTrent。この曲は、今夜は他の誰でも無くTrent自身に向けられている様に感じられました。そして、そう感じる事によって、近頃の彼の心情をほんの僅かでも、察する事が出来る様に思います。

全てが終わり、彼等が去ったのを見届けて明るくなる会場。途方も無い時間、ここに立たされていた様な感覚が残ります。先程のJANE’S ADDICTIONのライブが、遠い昔に思える程。

今夜の彼等はいつもと違い、1つも楽器を破壊しませんでした。Trentもどこか穏やかでしたし。

NINE INCH NAILSがATARI TEENAGE RIOTの最期を看取ってから、今年で10年。時代は巡り、今度は愛するJANE’S ADDICTIONに見守られる中、NINE INCH NAILSが眠りに就きます。

英語に ”deserve” という動詞があります。日本語にはこの単語を差す動詞は存在しません。ある特定のバンドに対して長年に渡り、愛や夢を勝手にシンクロし続けた結果、僕は今夜の様なライブを ”deserve” したなと切に思いました。観る側として究極の自己満足です。

1999年を思い出していました。音楽を聴き始めて間も無い僕を待っていた、解散に次ぐ解散。

また何年後かに会えるかも、という台詞は、Trentを尊敬する身として伏せておくことにして。時代の変わり目はいつも面白くて、寂しいものです。



NINE INCH NAILS Live At Manchester



NINE INCH NAILS Live At Manchester 02



Setlist:

01. Somewhat Damaged
02. Terrible Lie
03. Heresy
04. March Of The Pigs
05. Piggy
06. Metal
07. The Becoming
08. I'm Afraid Of Americans
09. Burn
10. Gave Up
11. La Mer
12. The Fragile
13. Gone, Still
14. The Way Out Is Through
15. Wish
16. Memorabilia / Survivarism
17. Suck
18. The Day The World Went Away
19. The Hand That Feeds
20. Head Like A Hole
 Encore 1
21. Hurt



NINE INCH NAILS Live At Manchester 03
posted by Yoshitaka at 10:35| Comment(2) | TrackBack(0) | Diary - Live Review | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月08日

JANE'S ADDICTION Live At Manchester Evening News Arena

今年、Trent Reznorが年内を以ってNINE INCH NAILSの活動を終了すると発表。

そして、時を同じくして、JANE’S ADDICTIONがオリジナルメンバーで再結成。

TrentはNINE INCH NAILSのデビューを見守り解散したJANE’S ADDICTIONへの愛を語り、NINE INCH NAILSの終焉を、今度はJANE’S ADDICTIONに見届けてもらおうと呼びかけ、このJANE’S ADDICTIONとNINE INCH NAILSという奇跡的なダブルヘッドライナーツアーを実現させました。

当初、北米で行われると発表されたこのツアーは、やがてEuropeでも日程が組まれました。EnglandはLondonとManchesterの2箇所。日程の関係で、僕はManchesterまで観に来る事になりましたが、この2組を合わせてもチケットが35ポンド (約5700円) というとても良心的な値段だという事に泣けました。ファン想いのTrent、ありがとうございます。

会場は、Manchester Evening News Arena。昼間から、物々しい雰囲気の人々が入口に長い列を作っていました。

会場に入っていくと、いかにもJANE’S ADDICTIONのイメージそのままのステージセットが目に入ります。低い天井。細胞の様に並べられた、不気味な照明。

開演時間を過ぎてしばらくすると、上からスクリーンが降りて来て映像が始まりました。幼い子どもとその父親が会話をしているその後ろでストリッパーが踊り続けるという、不穏な映像。

子どもの口からJANE’S ADDICTIONという言葉が発せられると、スクリーンの向こうから「Three Days」のベースイントロが聴こえてきました。

やがて紫の照明の中から、4人が姿を現しました。爬虫類の様に肢体をくねらせ、静かに歌い始めるPerry Farrell。その横には、スペーシーなフレーズを次々に繰り出すDave Navarro。遂にJANE’S ADDICTIONまでもが、僕の前に姿を現しました。

こういうオープニングは意外でした。彼等のライブというのは華やかに、ドラッギーに始まるものとばかり思っていましたから。

オリジナルメンバー4人が揃ったのは、今回が解散後初の事。Eric AveryとStephen Perkinsが織り成す地を這う様なグルーヴに、自由度の高いギターとヴォーカルが乗る、JANE’S ADDICTIONの世界。もちろんこれは今まで何度と無く聴いてきた音楽で、今夜初めて聴いた訳ではありません。でも、改めて思いました。全く説明の付かない音楽ですこれは。

続いて、「Whores」が始まりました。今年、ツアーに先駆けNINE INCH NAILSと共に発表したダウンロード限定コンピレーションアルバムにて新録ヴァージョンが公開されていましたが、演奏が巧くなり音が綺麗になったと同時に禍々しさも増幅されていました。これは怖ろしい。

そして、「Ritual De Lo Habitual」から「Ain’t No Right」。しかし、映像で観た前回の再結成ライブとは、全体として随分印象が違います。どちらが良いという意味ではありません。あの時はまだ僕の中のイメージ通りで、このバンドがここまで異質だとは感じませんでした。

「Then She Did」。暗く、ドゥーミーな曲が続きます。これだけ暗い曲を冒頭から並べてくるのも、かなり意外な展開。延々とループするベースラインがまるで何かを洗脳させるかの様。こうしてみていると、Ericがこのバンドの肝だったんだなと思います。その肝が、今までの再結成では欠けていたのですから、まずは印象が違うのでしょうね。ちなみに、意外と知らない人が多いのですが、1回目の再結成の際にJANE’S ADDICTIONのベーシストを務めたのは、RED HOT CHILI PEPPERSのFleaでした。

暗い曲が続いた後、突如として暗雲から晴れ間が差す様に「Up The Beach」が始まりました。閃光の様なDaveのギターソロが、清涼剤の様に感じられます。そして、それを傍らで見つめるPerry。この2人が、ステージ上に揃っている姿。夢の様です。

そして、「Mountain Song」。以前、SATELLITE PARTYのライブで観たPerryと違い、今夜の彼の歌声は少しハスキーさを増していました。それでも彼の歌声は、とてもセクシー。

今夜、このステージの上にいる4人は、それぞれ計り知れないバックグラウンドと個性を持っていて、それを各のほんの僅かな隙間に挿し込み、えも言われぬ化学変化を起こすのです。そして、その代償が、2度の解散であり、Lollapaloozaに見る90年代の自己矛盾だったのす。

MCでPerryが、 ”Manchesterという街が無ければ自分達も存在しなかった” とオーディエンスに語りかけます。そして、 ”JOY DIVISIONに栄光あれ” 、 ”The Haciendaに栄光あれ” とManchesterへの賞賛を続けるPerry。

そして、「Been Caught Stealing」へ。ようやく自分の中でのJANE’S ADDICTION像がここで具現化されました。いや、もうそんなものはどうでも良くなっていて当然です。ライブが始まってから、ただ拍手も出来ず声も出せず、呆然とステージに観入る事しか出来なかったのですから。

そんな雰囲気のまま、「Ocean Size」が始まります。次第にメジャースケールになっていくDaveのギターがキューになって、バンドの演奏が少しずつ華やかになっていきます。周りの観客は彼等を観慣れているのか、いや、それ以前に目の前にいるのは世界的、歴史的なバンドな訳で、演奏される曲なんて誰もが知っていて当然なんですけれども。よくもそんなに歌って踊れるなあ、と。

それでも、始まり方があれだけ意表をついたものだっただけに、僕みたいに立ち尽くしている人も何人かいましたけれどもね。

スモークが立ち込めると共に始まった「Ted, Just Admit It」。PINK FLOYDの様なサイケデリックなサウンドが、今再びオーディエンスを混乱に陥れます。

いつまでも続きそうなPerryのヴォーカルとDaveのギターの応酬は突然終わり、音が止んだと思ったら、次の瞬間4人がステージ上から跡形も無く消えていました。まるでイリュージョン。

アンコールを求める声に、しばらくの後再び現れた4人。お礼を言うPerry。

そして、ようやくここで「Stop」。しかし、この曲ではかつての様に騒ぎ立てる訳でも無く、淡々と歌うPerry。別に疲れている訳では無いのでしょうが。不思議な光景でした。

今夜のライブで唯一と言って良い程、ここぞとばかりに騒ぐ曲の筈が、オーディエンスもつられて神妙な面持ちで演奏する彼等を見守っています。

そしてまた、演奏が終わるとスモークの中に消えていく4人。あまりに目まぐるしく、JANE’S ADDICTIONは僕達の目の前に現れ、歌い、踊り、去っていきました。

そして、ステージからバンドがいなくなっても、まだその異様な空気だけは残っていました。

昨年、僕は奇跡的にMY BLOODY VALENTINEのライブを観ました。もう観られる事は無いだろうと思っていた、伝説の世界に生きるバンド。僕はそのライブレポの中で、彼等の事を彗星に例えました。このJANE’S ADDICTIONもまさしく彗星の様な存在。十数年に一度という周期で現れては、地球を掠め、その時に観察していた人々に致命的な影響を与え、また遠くへ消えていく。

この後、僕はどうやらNINE INCH NAILSのライブを観るらしいです。しかし、あのNINE INCH NAILSに対してすら、こんなバンドの次にライブをして大丈夫なのかと思ってしまう程、JANE’S ADDICTIONのライブは危険で、猥雑で、観る者の予測を遥かに凌駕したステージでした。

彼等がまた、遠くへ行ってしまう前に、僕と同じタイミングでこの国に現れてくれた奇跡に感謝。



JANE'S ADDICTION Live At Manchester Evening News Arena 01



JANE'S ADDICTION Live At Manchester Evening News Arena 02



Setlist:

01. Three Days
02. Whores
03. Ain’t No Right
04. Then She Did
05. Up The Beach
06. Mountain Song
07. Been Caught Stealing
08. Ocean Size
09. Ted, Just Admit It
 Encore 1
10. Stop



JANE'S ADDICTION Live At Manchester Evening News Arena 03
posted by Yoshitaka at 23:59| Comment(0) | TrackBack(2) | Diary - Live Review | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月06日

Manchesterに行ってきました

さて、Londonから離れて、Manchesterへと行ってきました。とあるライブを観に。Manchesterに縁のあるミュージシャンではありませんが、まあ、 ”インダストリアル” 繋がりといえばそうかも・・・。



ManchesterはLondon、Birminghamに次ぐEnglandを代表する都市。人口も多くて栄えていますが特に観光地がある訳でも無く、特に用事が無ければ来る事も無いでしょう。それこそ日本で例えれば名古屋みたいな街です。

ただ、言わずもがな、Manchesterは音楽の街。JOY DIVISION、THE SMITHS、HAPPY MONDAYS、THE STONE ROSES、OASIS、挙げればきりが無い程、音楽史上に残るバンドがこの街から生まれていきました。

しかし、以前にも書きましたが、僕がここManchesterで初めて観たライブは、RADIOHEADでした。秘密にしておかないと、Gallagher兄弟に嫌われてしまいそうです。

Londonから電車で2時間15分、Manchesterへ到着します。



Manchester 01



Manchesterに来ると、必ずここへ来てしまいます。The Hacienda。Factory RecordsとNEW ORDERが経営し、Manchesterのシーン形成に欠かす事の出来ない役割を果たしたクラブ。映画「24 Hour Party People」の舞台にもなっていますね。



Manchester 02



現在は元の建物はクラブの閉鎖に伴い解体され、跡地にはオフィスビルが建ってしまっているのですが、名前だけはこうして残されているのです。僕の様に、こうしてここへ来て何をするでも無く生まれてもいない当時を想って立ちすくむ旅人もいるんです。

同じとおりを少し先に行くと、有名なライブハウスThe Ritzがあります。THE SMITHSが初めてライブを行った会場もここです。



Manchester 03



街の中心に行くと、市庁舎。



Manchester 04



Manchester Cathedral。



Manchester 05



Piccadilly Gardenという、ビルに囲まれたささやかな公園。



Manchester 06



全体的に灰色の建物が多いLondonに比べると、赤レンガの建物が多い様な気がします。



Manchester 08



産業博物館。入場無料。昼間は特にする事も無いので中に入ると、目を惹かれたのが鉄道の展示。鉄道マニアか、と言われると違いますが、昨年亡くなった僕の祖父をはじめ、僕の家系に鉄道従事者が何人もいる関係で、幼い頃は鉄道が好きだったんです。鉄道を見るといつも、祖父を思い出します。



Manchester 09



鉄道話が長くなるといけないので、1つだけ。これはGarratt式蒸気機関車といって、通常の蒸気機関車3台分の動力を繋げた怪物の様な機関車。日本では導入されなかったので、本物を観るのは初めてです。間近で観ると凄まじい。



Manchester 10



街の中心から北西に向かって30分程歩くと、Salfordという街に辿り着きます。JOY DIVISIONの故郷です。それだけの理由で、今回初めて来てみました。特に何もありません。



Manchester 11



Manchester 12



街の中心に戻り、今夜、泊まるホテルにチェックイン。はManchesterらしく各フロアにManchester出身ミュージシャンの名前が付けられていました。



Manchester 13



僕が通されたのは、よりによって一番興味の無い、CHARLATANSフロア。



Manchester 14



ちなみに、前回Manchesterに来た時に泊まったユースホステルには、Ian BrownとNoel Gallagherの言葉が掲げられていました。



Manchester 15



Manchester 16



以上、Manchesterの街はこんなところ。

誰のライブを観たかは、次回。長くなりそうだったら2回に分けます。何せダブルヘッドライナーでしたからね。
posted by Yoshitaka at 05:59| Comment(4) | TrackBack(0) | Diary - Travel | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする