2011年01月31日

子どもは作らない

 ”子どもは作らない。それは、自分の血を複製したくないからだ。子どもを作ると自分の問題が子供にトレースされてしまう。だったら、自分は自分の家系図をここで断ち切るという前提で生きる。”

(「家系図カッター」 前書 より抜粋)



Kakeizu Cutter



ファッションディレクター、増田セバスチャン氏の自伝「家系図カッター」発売記念トークショーに参加してきました。

この「家系図カッター」の表紙を描かれたのは、いつもお手伝いさせて頂いている真珠子さん。この日、僕は真珠子さん及びmaimialloの物販スタッフとして来たのですが、トークショーも拝聴させて頂く事が出来ました。

この本には、増田氏の半生が脚色無く生々しく書き尽くされています。

松戸の不良が、原宿の文化を代表するブランドを育てるまで。誤解を恐れずに言えばこれは、身近な、すぐそこにある物語。

この本の感想を読者に求めると、殆どの人が自分の体験談を話し始める、と増田氏は仰っていました。更には、自身の様な過酷な家庭環境に育った人が、あまり珍しくなくなってしまった現代に危機感を感じる、と増田氏。

そして、僕もこの ”子どもは作らない” という前書に惹かれ、ごく自然にこの本の中へと入って行った読者の一人でありました。

僕もまた、やや複雑な家庭に育ちました。この本の前書にある様に子どもという存在がその親の抱える問題をトレースされる媒体であるならば、僕はトレースというよりも寧ろその問題そのものが具現化した存在として生まれてきたんだと、10代の頃は考えていました。

そして、結婚はしない、子どもは作らない、という事を恐ろしく幼い頃から考えてきた様に思います。自分みたいな不幸な子どもが現れて欲しくないから、という、被害妄想からくる決意。

そう、被害妄想。今ではそんな考えも払拭し、親とも和解に至った僕がいますが、その話はまた別の機会に。

途中、心理学者のCarl Gustav Jungの話も出てきました。表現者としてのペルソナの形成。そして、その先に待っているペルソナと本当の自分の統合。一見、矛盾の様に思えるこのプロセスこそ、人が生きられる十分な年月を全うし表現者として一生を終えるのであれば必要なものなのだと思いました。心理学者と言えば、昨年観た北山修も、ミュージシャンである自分と心理学者である自分が60歳を過ぎてようやく一つの実を結ぼうとしている、とライブの中で報告していましたし。

そして、多分に洩れず僕もつい自分の体験談をあたかもこの本の感想を述べるかの様に話してしまっている訳ですが、前述の統合、という使命をこの日は増田氏のお話の中で随分と意識させられました。

そうすれば僕にとっての松戸と原宿は、何処にでも成り得る。そう考えるのです。

ちなみに、トークショーの中で増田氏も注意を促していましたが、この本は何も ”子どもは作るべきではない” との薦めを述べているのではない、との事です。お間違えの無い様。



無料で「家系図カッター」の第一章がこちらで読めます。是非ご覧ください。

http://www.spoon01.com/editors/etc.html



posted by Yoshitaka at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary - Daily Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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