2010年09月21日

METALLICAがやって来る!Die!Die!Die!

気が付けば、9月も半ば。気が付けば、もうすぐMETALLICAが日本にやって来る。

Heavy Metalから随分離れた所まで来た今の僕ですが、好きなバンドは相変わらず好き。中でもMETALLICAはもう (中略) くらい好きなバンドです。

Londonに住んでいた時は毎年の様に観ていましたが、僕が日本に帰ってきた今や、最後に彼等のライブを観てからもう3年も経ってしまっています。

METALLICAが約20年ぶりにMETALLICAしているニューアルバム、「Death Magnetic」に伴う2年間に渡るツアーは、今度の来日公演を以って終了。惜しむらくは、欧米の何処かでこのツアーのライブを観ておきたかったなというところ。

今回のライブは両日観に行きます。通算、7、8回目のMETALLICAのライブ。気分的には、もう50回くらい観ているバンドなんですけれども。

今更僕ごときが世界で1億枚アルバムを売り上げるモンスターバンドについて語っても退屈なので、勝手に思い出に浸ることにします。



  〜僕のMETALLICA遍歴〜

・エピローグ

僕がMETALLICAを知ったのが1999年。で、彼等は前年の1998年に来日してしまっていたので僕は彼等のライブを観るのに2003年まで待つ事に。その間、ベーシストはJason NewsteadからRobert Trujilloに交代。OZZY OSBOURNEとのベーシストトレードとして話題になりましたね。

で、散々待った挙句に福岡に来ないと分かり、悲観に暮れる間も無く僕は実家もある名古屋でのライブに行く事を決意。思えばこれが、遠征をしてライブを観るという初めての行為でしたね。今の僕の原点です。

そして、名古屋公演の前日に福岡を経った僕だったのですが、大阪で途中下車すれば今日もMETALLICAが観られるじゃないかと新幹線の中で気付きました。当時、僕はまだ19歳。1人で知らない土地に降り立った事自体、生まれて初めての経験。でもそんな事はお構いなし。躊躇無く新大阪で降りた僕。まさかそこで、信じられない出来事が待ち受けているとも知らずに。



・1回目   2003年11月13日   大阪   大阪城ホール

大阪城ホールに辿り着き、当日券売り場に並んでいると、背の高いあんちゃんが声を掛けてきました。

”よう、にーちゃん、俺のツレが来れんくなってんけど、チケット買うてくれん?”

と、彼の手にあるチケットを見ると、何と最前列ブロック。狂喜でパニックになりそうなのを何とか抑え、その方と一緒に僕は大阪城ホールの最前列ブロックへ。

オープニングは「Blackened」。レアな曲を除けば、聴きたい曲は殆ど演奏してくれました。このツアーは「St. Anger」に伴うツアーでしたが、同アルバムからは2曲しかやらないという彼等の自身の無さも話題になっていました。「Nothing Else Matters」ではLars Ulrichが前に出てきて、Kirk Hammettのギターを拝借してイントロを演奏するというサービスも披露。

とにかく、初めてのMETALLICAのライブ。嬉し過ぎて暴れ過ぎて泣いて笑って色々と凄まじかったです。良い思い出。



・2回目   2003年11月14日   名古屋   レインボーホール

そして、翌日は大阪から名古屋に移動し、またMETALLICA。結果として、いわゆる ”追っかけ” をしたのもこれが初めての経験でしたね。

この日のオープニングは「Battery」。この曲で始まるライブを待っていましたよ、僕は。

名古屋は日本で最もブラジル人人口が多い都市。この日のオーディエンスもブラジル人の割合が非常に高く、ライブ中盤頃には日本人も混ざってみんなでアリーナの柵を破壊、前方に押しかけるといったなかなかアグレッシヴな光景も見られました。

アンコールでは何と、METALLICA史上初、Larsがヴォーカルを執るという珍事が発生。彼はRAMONESのカヴァー「53rd And 3rd」を披露。非常にレアなライブとなりました。



・3回目   2004年6月6日   Donington   Download Festival 2004

年が替わって、僕が住む国も替わりました。Englandに移住して3ヶ月目、僕はRockの聖地、Donington Parkで行われるDownload Festival 2004へと向かいました。目当てはもちろん、METALLICA。ちなみにこれが、生まれて初めてのフェスティバル。色々危険な目に遭いましたが、それも経験のうち。

METALLICAは2日目のヘッドライナー。出演したバンドもなかなか豪華でした。SLAYER、SOULFLY、SLIPKNOT、MACHINE HEAD、IGGY AND THE STOOGES・・・。ちなみに、ここでは5人揃っていたKORNの最後のライブ、そして、DAMAGEPLANでDimebag Darrell生前最期の姿を観ています。

そして、いよいよ全てのバンドがライブを終えた、2日目の夜。いつもの様に「Ecstasy Of Gold」が聴こえてきて、いよいよMETALLICAが登場、かと思いきや、楽器を持たずに歩いて出てきたメンバー達。しかも、Larsがいない。

James Hetfieldが話し始めました。Larsが急病で病院に担ぎ込まれてしまった、と。そんな訳でこのライブはSLAYERのDave Lombardo、SLIPKNOTのJoey Jordisonを代役に立てて行われました。これもまた、Lars絡みでレアな体験をした訳ですが、Londonからわざわざ来た身としては満足出来るものではありませんでしたね。



・4回目   2006年6月10日   Donington   Download Festival 2006

さて、2年後のDownload Festival、この歳から3日間開催となり、ヘッドライナーはMETALLICA、GUNS N’ ROSES、TOOLという豪華な顔ぶれ。その他にも、ALICE IN CHAINS、DEFTONES、KORN、SOULFLY、STRAPPING YOUNG LAD、ARCH ENEMY、IN FLAMES、HATEBREED、SATYRICON、SIKTH、THE PRODIGY、そしてシークレットでDOWNが登場する等、とても豪華なラインナップでした。

言うまでも無く、METALLICAには2年前のリベンジがかかっていました。しかし、開演時間を1時間過ぎても一向に現れる兆しの無いMETALLICA。オーディエンスの誰しもの頭に、2年前の悪夢がよぎります。そして、「Ecstasy Of Gold」へ。音が止み誰もがステージを凝視する中、先陣を切ってLarsが登場。僕はもう、それだけで涙が。

そして、この年のツアーは「Master Of Puppets」発表20周年を記念して、同アルバムを完全再現するというもの。堪能させていただきました。あちらにいるCliff Burtonも、喜んでいたに違いありません。

アンコールでは、TRIVIUMやAVENGED SEVENFOLD等、若手バンド達を続々ステージに上げてみんなで演奏。彼等が喜びつつ怯えていたのがこちらにも伝わってきました。

現時点では、このライブが僕が観たMETALLICAのライブの中ではベストライブ。



・5回目   2006年8月13日   大阪   Summer Sonic 2006

大学の夏休みに日本に帰っていた僕は、METALLICAとTOOLがSummer Sonicにも出演すると知って、大阪へ。

もちろんツアー内容は同じものですが、「Master Of Puppets」以外は色々と曲を変えて演奏してくれました。日本で観るMETALLICAのライブも本当、素晴らしい。Heavy Metalというカテゴリーに於いて、日本という国を蔑ろにして成功出来るバンドなんていませんからね。

ちなみに、このツアーでは当時、次のアルバムに収録予定だと言って曲名も付いていない出来たばかりの新曲を披露してくれたのですが、これがとても微妙で。「St. Anger」に続き、早くも次のアルバムが思いやられる事に。(結局この曲はボツになり「Death Magnetic」には収録されませんでした。めでたしめでたし。)



・6回目   2007年7月8日   London   Wembley Stadium

この年のツアーは、とにかくレコーディングをサボってライブをしたいという彼等の意向の元、行われたものだったので特にさしたるコンセプトも無く。London公演はMUSEが杮落としをしたWembley Stadiumで、オープニングアクトにMACHINE HEADとMASTODONを従えた豪華なライブに。MACHINE HEADのライブを観た事がある人は分かるでしょうが、彼等のライブも半端無いんですよね。 ”PANTERA以降” のバンドの中では、頂点に位置するバンドではないでしょうか。

で、METALLICAは昨年程の感動こそ無けれども、素晴らしいライブでした。レアな曲では「And Justice For All」と「No Leaf Clover」が聴けました。



と、ここから僕の中で3年のブランクが発生する訳です。その後、今更かよ、と思わず言いたくなる遅れてきた名盤「Death Magnetic」を発表し、世界中を回った彼等ですがニアミスを重ねてようやく今、日本で彼等を観る事が出来ます。

常にトラブルを起こす同年代のGUNS N’ ROSESに比べて健全なイメージのあるMETALLICAですが、彼等もライブが始まるまで何が起こるか分からないんですよね。2003年の来日は直前にキャンセル、後日キャンセル撤回、という騒動もありましたし。あと4日。心して待たねばなりません。

あー。緊張する。METALLICAのライブっていつも、観る側のこっちが何故か緊張させられるんですよねー。

贅沢は言いません。久しぶりに「Enter Sandman」や「One」や「For Whom The Bell Tolls」が聴ければそれで。



posted by Yoshitaka at 22:20| Comment(2) | TrackBack(0) | Diary - Daily Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月17日

お悔やみ//死生観//バイタルサイン

去る9月11日、人間クラブ、THE CONSTRICTORSのヴォーカリスト、南浩二が逝去されました。

享年49歳。若い。誰も予測出来なかった、突然過ぎる死。ついこの前まで、全国ツアー、そして元バンドメイト達との共演ライブを立て続けに行い、これからが本当に楽しみな方でした。何より、僕はまだ、一度も彼のライブを観た事が無かったのに。

ご冥福をお祈りいたします。南さんまだ若過ぎて、あちらにはMODERN DOLLZの佐谷さんくらいしかお友達はいないのかも。これからは日本のRockを見守っていてください。



生と死を、考えさせられる事が多いこの頃。特に昨年は本当に辛かった。

忌野清志郎が亡くなった時、命が続く限り何としても生きようと思った。

加藤和彦が亡くなった時、いつ死んでも別にいいのかなと思った。

お2人とも、未だに ”亡くなった時” なんて言葉、どうして書いているんだろう、という違和感がつきまといます。



今月、ようやくクラムボンのライブを観る事が出来ました。福岡の海ノ中道海浜公園でニアミスしてから3年、本当にようやく、です。観れました。そして、1人で行ったにも関わらず、新しい友達が出来ました。本当にありがとうございました。また会えるのを楽しみにしています。

随分前の事。初めて「バイタルサイン」のライブ映像を目にした時、こんなピアノ、こんなメロディー、こんな歌い方、何処かで目にした事があった筈だとデジャヴに襲われた事がありました。しかし、それが誰なのか、ずっと思い出せずにいました。

それを、ライブ当日、いつもより長めのピアノのインタールードに導かれてこの曲が始まった時、思い出したのです。この世界にもう1人、同じ姿で歌う人の事を。

SOMETHING CORPORATEのヴォーカリスト、Andrew McMahon。若くして白血病に冒され、活動休止を余儀なくされ、生死の境を彷徨った彼。一昨年、病に克ち復活を遂げた彼は来日も果たし、僕の元にもあの歌声を聴かせに来てくれました。

そうでした、彼の姿をライブで観た時、僕は ”バイタルサイン” という言葉をこれでもかと意識したのでした。そして今、Andrew McMahonと原田郁子、2人の姿が目の前でようやく重なりました。



芸術に生きるとは、致命的な領域を彷徨う事だと思うんです。

つらい事もあるけれど、命が続く時間というのは、誰かとつながるのりしろなのかな、とも。



結ぶ事も出来ない駄文ですみません。この頃は書きたいことが溜まっているのにも関わらず、くだらない事に体力も精神力も消耗する毎日でなかなかブログにありつけませんでした。

なんか、あとちょっとな気がする。あとちょっとで、何処かに届きそうな気が。



posted by Yoshitaka at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary - Daily Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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