2009年09月27日

小さな故意のメロディー

行くあては無いけど

ここにはいたくない

イライラしてくるぜ

あの街ときたら

幸せになるのさ

誰も知らないやり方で


「小さな恋のメロディー」   BLANKEY JET CITY



ベンジーが言うところの ”あの街” というのは、やはり名古屋の事だろうか、と昔は思ったもの。

いや、 ”あの街” というのはモーターウェイの中継地としてしか機能していない様な荒涼としたアメリカの地方の街を思い描いてたんだろうな、と半分寝ている頭で昨日の夜、考えた。Buddy Hollyが生まれた街みたいな所。

僕が16歳の時、ベンジーはまた旅に出てしまった。それならば僕にだって、また旅に出る理由があるんだろう、と勝手に思い込む。

人と違う生き方って、しんどいねえ。

でもきっと、この世界には自分にしか出来ない事がある、とか言っちゃったりして。

人に使われるのが嫌なだけ。割り切る事が出来ないだけ。弱い。



幸せになるのさ

誰も知らないやり方で



という訳で今日から、My 4th Lifeの始まりでございます。東京の皆様、宜しく。



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2009年09月25日

FLOWER TRAVELLIN' BAND Live At Younger Than Yesterday

僕がFLOWER TRAVELLIN' BANDを観に行くと、必ず素敵な出来事が起こります。

昨年の京都公演では何と、GREENMACHINEのDatsuさん、SEC DIMENSIONのmax0831さんとお知り合いになってしまうという出来事が。

そして、ここ横須賀公演でもまた、凄い方とお知り合いになってしまいました。更に、その方と僕がLondonでお世話になっていた方が繋がっている事も判明。世間は狭いと思い知らされました。これからもどうぞよろしくお願いします。これからの関東での生活が、また更に楽しくなりそうです。

さて、初めて訪れた横須賀。東京からだと横浜よりも更に西なので、少し遠く感じますね。

僕にとって、横須賀と聞いてまず思い付くのはSAVER TIGER。HideがXに加入する前に活動していたバンドですね。解散後、ヴォーカルのKyoとTetsuはD’ELANGERを結成しましたし、各メンバーのその後の活躍を見るに凄いバンドだったんだなとつくづく思います。

折角、横須賀に来たのでドブ板通り、かぼちゃ屋等、Hide縁の場所に行ってみようと思ったのですが、生憎の悪天候でして。電車が横須賀に着く頃には、歩き回る気分も失せてしまっていました。

というわけで、会場に直行しました。今夜の会場は、Younger Than Yesterdayというステージのあるレストラン。そして、着くやいなやいきなり会場のあるビルのエレベーターでジョー山中とすれ違ってしまう僕。近くで拝見すると、本当に凄いオーラです。

今夜もまた、椅子席で座って観るライブです。セットリストは変えてくるのでしょうか。

開演時間になると暗転し、FLOWER TRAVELLIN’ BANDの文字が映し出され、やがてサイケデリックな色彩の紋様に取って代わられます。先の名古屋公演では無かった演出です。5人が登場し、いよいよライブが始まりました。

山中氏の ”こんばんは” という挨拶から始まり、名古屋公演同様、オープニングは今夜のライブも「All The Days」。僕もまた名古屋公演同様、石間秀機の目の前、ステージ上手前方に席を取りました。石間氏は今夜も音に満足された様子。

間髪入れず和田ジョージのドラムと篠原信彦のシンセサイザーが掛け合いを始め、「What Will You Say」が始まりました。そして、石間氏のシターラがスキャットの様な短いインプロヴィゼーションを繰り出し、「We Are Here」へ。やはり今回は、前回より演奏が良い。全体が良くまとまっていて余裕も生まれ、各人の演奏の自由度も増しています。

ここでMCが入ります。36年前、横須賀でライブを行った時も、今日の様に悪天候だった事を思い返す山中氏。本当に、因縁なんでしょうね。そんな歴史的なライブに立ち会える事はありがたい。

そして、「Kamikaze」が始まります。山中氏のヴォーカルは今夜も素晴らしい。続いては「Heaven And Hell」。いかにも70年代のRockバンド然とした演奏と、ディナーショーかと思ってしまう様な紳士的な山中氏の曲紹介が面白いコントラストを生んでいます。

感動的な「Shadows Of Lost Days」へ。しかし、山中氏のヴォーカルに聴き惚れている僕のすぐ前方で、随分と酒が入ったとみえる男性が奇声を発し続けていて迷惑でした。

続いては「Dye-Jobe」。今日は間奏が長く、小林ジュンのベースも掛け合いに参加する等、サービスも利いています。

MCでは先の京都公演の事、そしてこれからの展望を語っていた山中氏。本当に、何歳だろうが夢を追いかける人は素敵だと心から思います。彼等の様に何十年も前に時代を築いた人たちでさえ、まだ野望を持っているんですからね。恐れ入ります。

「Will It」、「Love Is」。ライブが進む間にも先程の酔った男性は周りに迷惑をかけ続け、注意した方と言い争いを始めました。静かな曲の間に騒がれて、本当に迷惑。下手したら僕の父ぐらいの年の人なのに、情けない。

そんな折、ライブもクライマックスに差し掛かり、「Satori Part 2」のイントロが始まります。こういうカオスな状況というのも、Rockらしいと言えばRockらしいのでしょうけれども。

すると、先程の酔った男性が遂に我慢出来なくなったのか、ステージのすぐ目の前まで出て行って踊り始めました。見て見ぬふりをする山中氏、やりにくそう。

それでも全身全霊で歌い、演奏する5人。不安と狂気が入り混じり、演奏もなかなかの戦慄を伴って聴こえてくる様になりました。

そして、2度目の間奏が始まると、とうとう嫌な予感は的中。男性はステージに上がってマイクを掴んでしまいます。

次の瞬間、山中氏がすぐさまマイクを引き離し、男性の後頭部に回し蹴りをくらわせました。

優しかった彼の表情は一変し、鬼の形相に。

1970年、FLOWER TRAVELLIN’ BANDの日比谷野外音楽堂でのライブにて山中氏は、ライブを中断しようと乱入してきた全共闘の活動家達を1人残らず殴り倒し、ステージ前列に正座して並ばせ観客に向かって土下座をさせたという出来事がありました。ヴォーカリストになる前は格闘家であった山中氏。相手が悪過ぎます。

それにしても、あまりに美しい回し蹴りのフォームに見とれてしまいました。男性は警備員に捕まえられ退場。これでようやく安心して観られます。

バンドの方も、そこからが凄まじかったです。怒りを歌い上げ、解き放つ山中氏、それに呼応するベースとドラム、それをなだめるシターラとシンセサイザー。あまりの凄さに唖然。皮肉にも今夜のこの曲は、いつもと比べて遥かに鬼気迫る演奏になりました。

続く「Hiroshima」もまた、凄まじい。それにしても、つくづくライブは生ものだなと思いました。何が起こるか分かりません。

演奏が終わり、言葉少なに退場するメンバー達。

すぐさま拍手に呼び戻され、アンコールが始まります。やはり「Make Up」です。生まれて初めて観たFLOWER TRAVELLIN’ BANDのライブは、この曲がオープニングでした。このバンドの何たるかを端的に顕した、代表曲です。

そして、「Slowly But Surely」へ。これからの決意を示した歌詞が、次の展開を期待させてくれます。アウトロでオーディエンスに対して丁寧なお礼を述べ、5人と共にフィニッシュを決めました。

結局、セットリストは名古屋公演と全く同じでしたが、ライブの内容は全く違うものになりました。横須賀まで来た甲斐があったというものです。

ライブ後は何と、「Make Up」のジャケットを再現した写真撮影。これにも感動です。こんな歴史的な夜に立ち会えて、僕は幸せです。

次は、何処でお目にかかれるでしょうか。出来る事なら、年末Torontoへ行ってまた彼等のライブが観たいものです。

デビューから39年経ったFLOWER TRAVELLIN' BAND、今が旬ですよ。



FLOWER TRAVELLIN' BAND Live At Younger Than Yesterday 01



FLOWER TRAVELLIN' BAND Live At Younger Than Yesterday 02



FLOWER TRAVELLIN' BAND Live At Younger Than Yesterday 03



FLOWER TRAVELLIN' BAND Live At Younger Than Yesterday 04


FLOWER TRAVELLIN' BAND Live At Younger Than Yesterday 05



Setlist:

01. All The Days
02. What Will You Say
03. We Are Here
04. Kamikaze
05. Heaven And Hell
06. Shadow Of Lost Days
07. Dye-Jobe
08. Will It
09. Love Is
10. Satori Part 2
11. Hiroshima
 Encore 1
12. Make Up
13. Slowly But Surely



FLOWER TRAVELLIN' BAND Live At Younger Than Yesterday 06



最後に・・・



Artwork 095



FLOWER TRAVELLIN' BAND Live At Younger Than Yesterday 07
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2009年09月23日

FLOWER TRAVELLIN' BAND Live At The Bottom Line

昨年に引き続き、今年もFLOWER TRAVELLIN’ BANDのライブを観に行きました。

U.S.ツアーから帰還してきたばかりの彼等。元々、今年の彼等の国内公演はRising Sun Rock Festival 2009と、36年前に名盤「Make Up」が録音された横須賀での単独公演の2箇所しか発表されていなかったので、記念的な意味合いのある横須賀公演を観に行く事にしたのでした。しかし、東京、名古屋、大阪、京都と次々に単独公演が追加され、結局ツアーという形に。

それでも僕は当初の予定通り、横須賀公演だけ観に行く予定でした。しかし、先日とある筋から名古屋公演のチケットを頂きまして、幸運にも今夜も彼等のライブを観られる事に。

会場は今池のThe Bottom Line。元々はJazz、Fusion系のミュージシャンがよくライブをする会場なので、比較的音が良いです。

昨年は、名古屋と京都で彼等のライブを観ました。特に京都は会場がRockの聖地ともいえる京都大学西部講堂で、しかも頭脳警察まで相見えるという凄まじいライブでした。

会場に入って、開演を待ちます。前回の名古屋公演同様、椅子席でした。開演時間、暗転し、歓声の中5人が登場します。ジョージ和田、ジュン小林、篠原信彦、石間秀機、そして、ジョー山中。

それぞれ個性的に着飾っていた前回と対照的に、今回は全員がモノトーンで統一された衣装。そして、今回もやはり、石間氏の持つ異様な楽器に ”何だあれは” と驚きの声が会場から聴こえてきます。名古屋という土地柄か、楽器メーカーやスタジオ関連の人が観客に多くいらした様です。石間氏の持つ楽器はギターとシタールのハイブリッド、シターラ。

演奏が始まりました。前回のツアーでは演奏されなかった「All The Days」です。優しい笑顔がトレードマークのドラマー和田氏も、複雑なポリリズムを刻むこの曲ではとても真剣な表情。そこへ、生物学の常識を超えた山中氏のヴォーカルが入ってきます。

まず、とても演奏が堅実でスムーズ。前回は良い意味でのワイルドさが彼等の演奏から感じられましたが、今回はそこから更に上の段階へ到達した様に思えます。

続いて「What Will You Say」、「We Are Here」と昨年発表されたニューアルバム「We Are Here」からの曲が続きます。これらの曲も、昨年よりも更に良く聴こえます。

PAの調子も良く、前回は調整に手間取り難しい顔をしていた石間氏もステージ袖に向かってOKサインを出していました。楽曲の骨子を損なわず、かつ自由度の高いフレーズを繰り出す彼のシターラは本当に素晴らしい。篠原氏のシンセサイザーに助けられている部分ももちろんありますが、あれだけの事をシターラ1本でこなす事がどれだけ難しい事か。

ここで山中氏のMCが入ります。ワイルドな格好、紳士的な口調。

オリエンタルな旋律と歌詞が特徴の「Kamikaze」が始まりました。この曲もコーラスが凄まじい。そして、またも今回が再結成後初披露の「Heaven And Hell」。今回は前回演奏されなかった曲を色々用意しているみたいで嬉しいです。

続くMCで ”20代の時と同じキーで歌っています。” と話し、山中氏の真骨頂である「Shadows Of Lost Days」が始まりました。後半に向かって悲壮感を携えて歌い上げていく姿は見事としか言い様がありません。

来月、63歳になるとMCで話した山中氏。5人全員の年齢を合計すると310歳なんだそうです。しかし、63歳ですよ、この声で。

続いては明るく「Dye-Jobe」。昨年ニューアルバムを聴いた時は随分ピースフルな音になったんだなと思ったものでしたが、こういう曲でも各楽器のせめぎ合い、アグレッションを観せるところは彼等のライブならでは。まさに70年代を生き抜いた者が成せる業。

今夜のライブはメンバーに親しい方が数人観に来ている様で、フロアから交互に人がステージに近寄っていってはビールやプレゼント等を彼等に手渡ししていました。その中に、何故か ”合格” と書かれた日の丸のはちまきが。手に取って苦笑していた山中氏でしたが、自慢のドレッドヘアーをかき分けて額に巻いていました。それを見て、いつもの笑みを見せる和田氏。 ”勘弁してくれよ” といった感じの顔をする石間氏。「Will It」、「Love Is」とニューアルバムの曲が続きます。

そして、ここで平和な雰囲気を一変させる、「Satori Part 2」のドラムイントロが。たちまち起こった歓声が、幻想的なシターラのイントロを迎え入れます。何度聴いても、本当に凄まじい曲ですね。まさかこの曲を、この5人が揃って演奏しているところをこの僕が観られる日が来るなんて、ほんの数年前までは考えられなかったんですからね。本当、何が起こるか分かりません。

そして、これが最後の曲、と山中氏が言い、「Hiroshima」が始まりました。ふと思ったのですが、この様に戦争を題材にした曲を、日本人で初めて北米進出を果たしたバンドが歌っていた訳ですから、随分と挑戦的に取られたんでしょうね。

戦争が終わって60年経ち、実体験をした人が減っていく事で未来へ語り継ぐ事が難しくなって来ている今。Rockもまた、この先60、70年代を実体験した人が少なくなっていってしまったら、Rockというものの実態を後世に伝えていくのは困難な事になるでしょう。その頃には、もうRockに取って代わるものが生まれているのかも知れませんが、いずれにせよ長生きすればする程その状況をまざまざと見せつけられる僕達若い世代はとても不幸に思います。

壮絶なインプロヴィゼーションが繰り広げられ、クライマックスへと向かいます。5人が呼吸を合わせてフィニッシュを決め、 拍手と歓声の中お礼を言って去っていく彼等。

しばらく拍手が続いた後、アンコールに応えて再び現れた5人。山中氏が今年の北米ツアーについて語り始め、Texasでは地元の新聞の一面にシターラを構えた石間氏の写真が載り、彼等の帰還が報道されたと話していました。

「Make Up」が始まりました。前回ではオープニングに配されていたこの曲。Hard Rockの整合感と、日本的な旋律が見事に融合したこの曲。60年代から70年代に移行したその時既に、日本人がこんな音を出していたなんて信じられません。もし、これが70年代に国を挙げてのムーヴメントへと育っていたら、ここまで腐った音楽が蔓延する国にはならなかったでしょうに。

よくLED ZEPPELINと比較されるFLOWER TRAVELLIN’ BAND。そういえば、2年前LondonでLED ZEPPELINが再結成した時、僕は彼等のライブを観に行きませんでした。僕と親しい人は皆、僕がどれだけLED ZEPPELINを愛しているか知っているので、何故観に行かなかったんだと質問攻めに遭いました。理由は単純、夢を壊されたくなかったからです。再結成ブームが始まった頃、LED ZEPPELINだけはもし再結成してもライブは観に行かないと心に決めていましたから。

Robert Plantは再結成ライブではキーを下げて歌っていましたが、山中氏はオリジナルキーのまま。これは本当に、当たり前の様ですが凄い事です。

アンコールのラストは「Slowly But Surely」。若い世代と古い世代の融合を歌ったこの曲。若い世代を代表する1973年の彼等が書いたこの曲を、古い世代を代表する2009年の彼等が歌う。悠久の時を超え、かつて無いスケールの曲に今、生まれ変わります。

演奏が終わり、満足げにステージを去っていく彼等。全体的に、昨年より凄くなっています。

年末には再びCanadaでのライブ、そして来年には2度目のU.S.ツアーを計画しているという彼等。本当に、若いバンドも負けていられませんよ。

次は、いよいよ36年ぶりの横須賀公演を観に行って参ります。



Setlist:

01. All The Days
02. What Will You Say
03. We Are Here
04. Kamikaze
05. Heaven And Hell
06. Shadow Of Lost Days
07. Dye-Jobe
08. Will It
09. Love Is
10. Satori Part 2
11. Hiroshima
 Encore 1
12. Make Up
13. Slowly But Surely



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2009年09月16日

非常階段 Live At Namba Bears

非常階段の結成30周年ライブを観に、大阪まで行きました。

Noiseの始祖として世界にその名を知らしめる非常階段。僕がLondonに住んでいた頃も彼等は常に欧米をツアーしていて、何度も観る機会があったのですが何故かいつも都合がつかず、初体験は今回まで持ちこされてしまいました。

ちなみに、Londonに移住する前、日本に住んでいた頃はまた、10代の僕にとって非常階段はこの上無く怖ろしい存在で、ライブなど自ら殺されに行く様な気がしてとても観に行けませんでした。

今年はACID MOTHERS TEMPLE、ROVO、MAHIKARI等、何時に無く説明の付かないライブを多く観てきました。今夜もまた、その様なライブが観られる事でしょう。

会場は山本精一が店長を務めるNamba Bears。いつも大阪で観るライブというと、Summer Sonicや来日する欧米のミュージシャン等で広い会場ばかりでしたが、これでようやく大阪のアンダーグラウンドな部分に足を踏み入れる事が出来ます。

また、街自体も今までは梅田や心斎橋ばかりで遊んでいましたが、今回は日本橋や通天閣付近を彷徨ってみました。どうして今まで来なかったんだというくらい、面白い所ですね。僕にとって、Asiaで一番好きな街が香港な様に、街はカオスな方が好きみたいです。

会場は地下。降りていく階段に、おっと、これは・・・



HIJOKAIDAN Live At Namba Bears 01



会場内で壁一面に張られたステッカーやチラシを眺めているとやがて開演時間になり、まずJojo広重が登場。丁寧な挨拶、そして、今日のプログラムを説明し始めます。まずは様々なメンバーの組み合わせによる4セットのライブを、広重氏、T. 美川、岡野太の3人によるセッションから始めるとの事。広重氏の口調はとても優しく、凶暴な音楽を実践している人なのに、こんなに優しそうな人だったなんて驚いてしまいました。

しかし、そう思ったのも束の間、気合いの入った掛け声と共に、瞬時にして彼等の世界に入っていきました。中腰でGibson SGを構えフィードバックを発生させる広重氏。テーブル一面に並べられたエフェクターから壮絶なノイズを繰り出す美川氏。トリプルバスにシンバルをこれでもかと配した要塞の様なドラムとは裏腹にシンプルな音で攻める岡野氏。これですよ、これが非常階段です。

続いては、美川氏と共にINCAPACITANTSのメンバーでもある小堺文雄のソロ。

挙動不審気味に小堺氏が登場し、小声で挨拶。そして、チューニングの外れたアコースティックギターを拙く演奏し始め、「くるわ」、「心臓抜き、冷たく」、「気の合った夜」の3曲を披露。今にも消えてしまいそうなか細い歌声と不協和音を奏でるアコースティックギター。終末的。

小堺氏はそのままに、Junkoが登場。アコースティックギターと叫び声による、インプロヴィゼーションが始まりました。彼女の声は人間の限界を超えています。喉は大丈夫なんでしょうか。それでも聴いているうちに、 ”怖い” が ”美しい” に変わっていくので不思議です。

次は小堺氏と美川氏が入れ替わり、エフェクトノイズと叫び声のインプロヴィゼーション。凶暴なだけで無く、何処か統制が布かれている様でまた、才能を感じます。

前半が終わり、暫くの休憩に。そして、後半の始まりには再び広重氏が登場。非常階段結成のいきさつ、過去に犯した数々の伝説ついて語り始めます。結成30周年に際して広重氏は、 ”もう30年くらいやろうかな” と頼もしい一言。そして、広重氏の話は彼が非常階段を結成する動機となったFree Jazzの世界的権威、山下洋輔の事に。今夜はその山下氏のバンドメンバーであった坂田明が、スペシャルゲストとして招かれています。

広重氏の紹介により、坂田氏が登場。そして、岡野氏と共にギター、サックス、ドラムによるインプロヴィゼーションが始まりました。前半で控えめだった岡野氏のドラムが何かが切れた様に凶暴になっていて良い感じ。ギターのフィードバックと歯切れの良いサックスの音色がコントラストを描いていて綺麗でした。

そして、非常階段のメンバー全員と坂田氏がステージ上に集い、遂にラストのセッションへと移行していきます。もうその凄まじい音は言うまでも無く、暴れ狂う各人の姿にただ見とれていました。

狭いステージの上に6人いるだけでも壮観なのに、広重氏と小堺氏が交互にフロア前列の観客とぶつかり合い、危険な感じになってきました。

演奏が始まって30分が経過。そろそろ何かが来る、と思った次の瞬間、前方から黒い塊が。

トランス状態になった広重氏が、アンプを担いだままフロアに突進して来たのでした。

僕は、今まで色々な国で色々な人種のミュージシャンのライブを500回以上、観てきましたが、アンプを担いで観客に向けて突進してきたミュージシャンは初めて観ました。

それに続き、今度は小堺氏がフロアに降りてきてのたうちまわります。この様に精神を解放出来る大人になりたいものです。

それでも、今や伝説となった過去の彼等による常軌を逸したパフォーマンスの数々に比べたら、今夜のライブなんて平凡過ぎるくらいですよね。

これは、熟練の末に話題性に頼らなくても良くなった、という訳では無く、純粋に彼等が30年間同じものを信じてきた結果の洗練に他なりません。現に今夜の演奏を観ていても、歴史的名盤とされている「蔵六の奇病」や「終末処理場」の様に精神に異常をきたしてしまいそうな怖さは後退していて、替わりに奇妙な爽快感すらある感じです。

カオスのうちに終了したライブ。無言でステージを後にするメンバー達。

アンコールに応え、再び登場する広重氏。 ”楽しいね。” と嬉しそうに話し始めます。

 ”30年やってきて分かった事は、長生きしていると色々な事があるという事だね。僕も「生きている価値無し」とかいうアルバムを出したけどさ、長生きしようぜ、みんな。”

そんな広重氏の言葉が、胸に来ました。

そして、広重氏、美川氏、小堺氏の3人でノイズの応酬。3人で手を繋ぎ、腕を挙げ、勝ち誇った様に叫びます。その顔はやはり、笑顔。本当に楽しそうです。

ラストはやはり、フロアに乱入してミュージシャンとオーディエンスが入り混じり壮絶な展開に。

遂に観る事が叶った、非常階段。30年前は観る者にトラウマを与え続けた、非常階段。今の非常階段は、どうでしょうか。広重氏の言う通り、楽しいではありませんか。

帰り、会場を出ようとすると、ハンチング帽を被った見覚えのある男性が腕を組んで、誰もいなくなったステージを嬉しそうに眺めていました。店長の山本氏です。今年はROVO、MAHIKARI、山本精一 & 河端一、カヒミカリィと、山本氏が出演するライブもまた多く観た年でした。年末にはACID MOTHERS TEMPLEと山本氏のジョイントライブが名古屋の得三であり、楽しみです。

非常階段やACID MOTHERS TEMPLEの様に形の無い音楽に限らず、日本にはテレビには映らない素晴らしいミュージシャンが多くいます。そして彼等が常に、日本の外で歓迎されている事実は後進を励まし続けています。

恐れ慄いて帰る筈が、こんなに清々しい気持ちになるなんて。そんな不思議な大阪の夜でした。



HIJOKAIDAN Live At Namba Bears 02



HIJOKAIDAN Live At Namba Bears 03



HIJOKAIDAN Live At Namba Bears 04



HIJOKAIDAN Live At Namba Bears 05



HIJOKAIDAN Live At Namba Bears 06



Setlist:

01. ・・・Setlistって??



HIJOKAIDAN Live At Namba Bears 07
posted by Yoshitaka at 04:59| Comment(2) | TrackBack(0) | Diary - Live Review | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月14日

ビートルズを知らない子ども達

遂にTHE BEATLESのデジタルリマスター解禁とあって、世界中でTHE BEATLES祭が展開されています。

でも、肝心のMono音源はボックスセットだけなんですよね。安価にTHE BEATLESのMono音源を聴きたい方は、西新宿に繰り出してください。オフィシャル以上の品揃えです。

THE BEATLESについては、先輩方の手前、僕みたいなJohn Lennonが生きていた世界を知らない人間が語る事は何も無いと思っています。しかし、1984年生まれの僕ですが、これだけは言えます。

THE BEATLESはせめて、レコードで聴かなければ分かりません。

CDに入っているあの音は、1962年に ”1,2,3,4” の掛け声と共に世界に広がったあの4人組の音とは別物です。あの奥行き、あの厚み、レコードで聴いてみれば分かります。

THE BEATLESに限らず、PINK FLOYD、LED ZEPPELIN、何でもいいんですが、とにかくレコードの音で聴いてみると全く違います。CDやMP3がここまで普及した今、そんな事を言っても難しいかも知れませんが、音楽が好きだという人が、レコードの音を知らないまま先に進んでいくのはあまりに勿体無さ過ぎます。

先日、友人とTHE BEATLESの話をしていたら、THE BEATLESのアルバムで何が一番好きか、と訊かれました。これは難しい。THE BEATLESとLED ZEPPELINに関しては、この質問はとても難しい。

中学生の僕だったら迷わず「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」、高校生の時は「The Beatles」、Londonにいた頃は「Rubber Soul」、そして今の気分は、「Revolver」かも知れません。「Abbey Road」はもう少し後にとっておいて。「Please Please Me」はベタだし、「Beatles For Sale」も凄く好き。

一番好きな曲、というのもまた、「Norwegian Wood」であったり「No Reply」であったり。その時次第。近頃は「A Day In The Life」でしょうか。



今日新聞を読んだら 何てことだ

とある幸運な男の子について書かれてあった

それはとても悲しい事件だったんだけど

僕には笑う事しか出来なかった

だってその写真を見たら



あ、今、動画探してたら、これ、



僕が今年の夏、観たライブです。Neil Youngが歌っていたら、何とPaul McCartney本人が飛び入り。

http://franticjapyoshi.seesaa.net/article/123471173.html

本当、驚きました。

僕もこの曲、ライブでカヴァーしたいな。
posted by Yoshitaka at 02:33| Comment(4) | TrackBack(0) | Diary - Daily Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月09日

意外と終わらない夏

色々な国を旅していると、頭で分かっていても体で実は分かっていなかった事を改めて思い知らされる時があります。

例えば、時差。例えば、季節。

僕は夏が一年の中で一番好きです。小さい頃は、丁度今ぐらい、夏が終わりにさしかかる頃にせつなくなっていたものでした。

しかし、旅に明け暮れていた2年前の2007年を境に、夏に対する思いが一変しました。



10月。ギリシャのサントリーニ島にいた僕。海水浴しか娯楽の無いエーゲ海の島で、もう無理というくらい日焼けしました。



Santorini 02



 (ちなみに、この年僕は年内に20ヶ国を旅するという約束を友人と交わしていたのですが、ギリシャから陸路でマケドニア、セルビア、クロアチア、ハンガリーと巡って丁度20ヶ国達成、という予定だったのにエーゲ海のあまりの青さを前に全部どうでもよくなって、結局残りの日程を全てギリシャに費やし、約束を果たせなかったのでした。)


11月。ポルトガルのリスボンにいた僕。あまりの暑さに夜寝られず、泊まっていた宿の屋根の上に登ってオリオン座を眺めながら寝ました。



Lisboa



12月。アラブ首長国連邦のドバイにいた僕。砂漠に挟まれた幹線道路を水を求めて彷徨っていたら優しいタクシーの運転手に助けられました。



Dubai



年が明けて1月。香港にいた僕。暑い。とにかく暑い。信和中心。重慶大厦。火鍋。油淋鶏。ワンタン麺。暑い。暑い。暑い。



Hong Kong



夏はあるところにいけば、必ず存在するんだ、と体で思い知った半年間でした。

逆に、その年の8月はアイスランドにいて、ダウンジャケットを着て氷河の前に立ちすくんでいました。これもまた、頭では分かっているのに不思議な現象でした。



Hyouga 10



ああああああああああああああああああああああああああああ

こんなん書いてたら旅に出たくなってしまった。次はいつ旅に出られるんだろう。

今年は、夏なんだから何処か遊びに行こう、という自分を ”お前はもう行って来たの。1ヶ月も。” と抑えこむのに必死になっていたら9月でした。

そんな今年の夏、一番印象に残ったのは、やっぱりこれじゃあないかなあ。



Gundam



だって男の子だもん。
posted by Yoshitaka at 02:53| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary - Daily Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月05日

補足(どうしてもっと格好良く出来ないんだろう)

前回の日記は随分反響がありました。多くの方からメールや電話を頂きました。僭越ながら、色々な方が僕みたいな人間の事を気にかけてくれているんだなと思い知らされました。本当にいつもありがとうございます。


補足ですが、名古屋にも家がありますので、これからも名古屋と東京を往復する日々である事には変わりません。でも、折角なのでこれからは新潟とか仙台とか、今まで行動範囲に無かった所へ広げていきたいなと思っています。今までは西日本ばかりでしたからね。

何かもう、本当に楽しみです。実際には色々な事に忙しくなっていくのでしょうが、基本的に遊ぶ事ばかり考えている人間なので。

春から実家に戻って来ていた両親にも、 ”そのうちどっかまた行っちゃうと思ったよ。” と冷静な言葉をかけられました。そうです、まだ根をはるわけにはいかないのです。



There is nothing conceptually better than rock and roll.



15歳の時に世界で一番Rockだった奴等が、25歳になったらRockのかけらも無くなっていたという話。



今日の気分はこの1曲。

これですこれ。お兄ちゃんがノリノリ。



posted by Yoshitaka at 08:44| Comment(2) | TrackBack(0) | Diary - Daily Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月01日

ご報告

Noelのお陰で (いや、Liamのお陰で) 日記1つ分遅れてしまいました。本当はライブレポを全部書き終えた次の日記で、この報告をしようと思っていたのですが。

気を取り直して、えっと、報告がございます。もう既に一部の方々には伝えていますけれども。

私、Yoshitakaは今月から、



関東に住みます。



厳密に言うと埼玉県蕨市です。

急な展開に、誰より僕自身が驚いています。

名古屋に14年、福岡に6年、Londonに4年、そしてまた名古屋に1年と彷徨ってきましたが、いよいよ関東進出です。

何より、久しぶりに一人暮らしが再開出来るのが嬉しい。いやこれも、厳密に言うと一人暮らしでは無いのですが。僕の中でMaynard James Keenan並に (Thom Yorkeでは無いのはあくまで体形的な相違によるもの) 尊敬している人とシェアする事になりました

Londonと同じくらい僕の友人が多くいる、東京。名古屋時代の友人も、福岡時代の友人も、London時代の友人も、大阪で出会ったあの方も、New Yorkで出会ったあの方も、何故か皆さん東京にいるんですよね。そんな皆さんにこの上京の件を報告したら、驚いてもらえたり、喜んでもらえたりしました。

これから住む新しい土地なのに、多くの人に迎えてもらえるという状況って、なかなか無いですよね。皆さん本当にありがとうございます。

Londonにいた時、Cuxton Houseという所に僕は住んでいました。そこにはミュージシャン、美容師、ダンサー、バックパッカー、本当に色々な人が住んでいて、いつも誰かが遊びに来たり、食べ物をねだりに来たり、居候しに来たり、本当に楽しい日々を過ごしていました。しかし、1人また1人とLondonを離れ、今では誰もいなくなったあの家。でも、あの時の人達とは未だに日本で頻繁に会っています。

あの頃、いつか東京で第2のCuxton Houseを作ろう、と話していました。家、になるのかどうかはよく分かりませんが、皆さん、お待たせしました。

まさ○ろ君は「引越しの日が決まったら教えてね。手伝いには行かんけど。」とツンデレぶりを発揮。あと、誰よりも食いついてくれたのはさっ○さんという説も。しゅ○すけ君、いつもメールありがとう。もうちょっと待っててね。それに、僕の一ヵ月後には○っちゃんも帰国してくるし楽しみ。

あ、あと、Cuxton Houseと言えば。ひ○し君、髪はこれからも名古屋に切ってもらいに帰るからよろしくね。

ついLondon時代の友人の話が長くなってしまいましたが、彼等に限らず、あちらで待ってくれている方が多くて本当に感謝しています。皆さん、本当にいつもありがとうございます。

何かもう、これ以上言葉を並べても稚拙な挨拶になるばかりなので、この辺で。



今日の気分はこの1曲。

余談ですが、U2って日本に来た時、驚いたのではないでしょうか。名前の無い通りがあり過ぎて。







悪いな。俺は先に行くぜ。てな感じで。ではでは。
posted by Yoshitaka at 17:48| Comment(4) | TrackBack(0) | Diary - Daily Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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