2007年12月30日

福岡で初雪に見舞われました。しかもかなり激しく。名古屋に帰る便がちゃんと離陸してくれたので良かったですが。

突然決まった5日間でしたが、あれだけ長い間福岡にいたのは実に久し振り。こちらに来てから何か暗い話やイベントばかりだったので、久し振りに笑えて嬉しかったです。

進藤と一生、2月に東京行きますから。って何度言ったら覚えてくれるんですか。ありちゃん進藤の事よろしく頼むよ。てかありちゃんも無理せんように。

はまちゃんのおみやげ、忘れない様にしないと。エスカレーターで表情がスッと変わったのにはウケた。

ケイシ、ほどほどに。

演劇部の皆さんどうもありがとう。毎度の事ながら幹事さんお疲れ様。

2人、同じタイミングで電話かけてくんじゃねえ。遅いんじゃあヴォケ。

ひろくん、江頭、ヴォケ2人が捕まったら会いましょう。

次はいつかな。割とすぐ来ます多分。

明日はベンジーにグレッチで殴ってもらいながら年越しします。

では、よいお年を。


追記: ベンジー完売だそうです。当たり前か。日本のチケットシステムは完璧過ぎて抜け目が無くてこれから苦労しそうです。
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2007年12月27日

名古屋人の過ち

サンタクロースの代わりに母が名古屋に来て、そのまま拉致される感じに福岡に行く事になりました。

一般的に空路よりも陸路が好きなので、名古屋、福岡間はいつも新幹線と決めています。飛行機なら1時間、新幹線だと3時間。されど新幹線が好き。

しかし、今回は既に母が航空券を予約していた関係で、僕も久し振りに飛行機で行く事に。

ところが、中部国際空港へ向かう名鉄が事故で運休、名古屋駅が騒然となりました。時間に余裕を見ていたものの、さすがに気になって時間を確認。すると、ですね。とある事に気付きました。


       小 牧 っ て 書 い て あ る じ ゃ ね え か


名古屋にある空港は、2つ。小牧空港と、中部国際空港。2つは名古屋市を挟んで南北に正反対の位置関係。中部国際空港が出来てからは、もう完全に発着はそちらで済んでいたので小牧空港へはもう何年も行っていなかったのです。

つまりは、Gatwick空港に行かなければならないのに、間違えてStansted空港に行こうとしていた、そのくらいの距離。

今年の初めに1人旅に目覚め、旅した国は今年だけで17カ国。降り立った空港、利用した航空会社は数知れず。

特に致命的なミスを犯したことも無かった僕が、14年間住んだ故郷名古屋で見事にやらかしました。

何処で間違えたんだろう・・・。名古屋駅から小牧空港までタクシーに乗って事無きを得ました。5400円の痛い出費と共に。反省します。

というわけで今、福岡です。

元僕の部屋が汚過ぎてへこんでいます。掃除してくれとは言わないけれど、さすがにこれは。ワーカホリックだらけの家族なので暇が無いのは分かりますが。


P.S.

ありちゃん、連絡ください。
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2007年12月24日

世界のヒロシウチダ

髪を切りに行きました。

Londonを去る間際、とある広告を見て呼んだイカサマ美容師にまっちゃんと2人して失敗され、哀れ人前に出られない様な髪形に。

しかし、LondonのCuxton Houseで苦楽を共にしたあの男が今、同じ名古屋にいるのです。

場所は久屋大通。閑静なオフィス街の一角で、今日もあの男はハサミを光らせる。

男の名は、ヒロシウチダ。

・・・という訳で、London組再会1人目は、ひろし君でした。

Londonで一緒に住んでいた時が思い出せない程、名古屋の男にメタモルフォーゼを遂げていました。ひろし君ハアハアかっこいいよハアハア。

ひろし君はやはり、素晴らしい美容師です。お陰で素晴らしい髪形を手に入れました。まっちゃん、羨ましいだろ。

またこれからも、お世話になります。これで髪の毛は安泰だー。

取り敢えず、つか、帰ってきたら一緒に行こうよ。
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2007年12月22日

イエーって言えー

藤井裕、というベーシストをご存知ですか。

忌野清志郎のサポートベーシストとして数々のバンドで活動し、あの発売禁止騒動を起こした「君が代」を発表したLITTLE SCREAMING REVIEWにも参加していた人物です。

そんな彼が、55歳にして初のソロアルバム「フジーユー」を発表し、今年はそのアルバムを携えてソロツアーを行っています。そして、その名古屋公演に行ってきました。

何故観に行ったかと正直に言えば、出演者がとてつもなく豪華だったのが理由です。

まず、何よりも本作のプロデューサーでもある忌野清志郎が参加するという事。元気になった彼を、どうしても観ておく必要が僕にはあったのです。

今日のライブもまた、Club Diamond Hallにて。来年2月武道館にて復活祭を行う忌野清志郎を、一足先にこの小さい会場で見る事が出来るのは実にラッキーです。

今日は随分関係者の人が多く観に来ていた模様。藤井氏が自分で噛みながらも読み上げる開演のアナウンスで、オーディエンスは笑いに包まれます。何だか聴こえてくる話を耳にすると、誰もが彼の身近な知り合いの様な口ぶりで喋っていました。僕みたいな本当に一般の客というのは少なかったのかも知れません。

開演、いきなり現われたのは忌野清志郎。さすがにこれは皆驚いた様でどよめきが起こります。

 ”ごきげんだぜベイベー”

 ”イエーって言えー”

本物だ。こんなに近くにいる。しかも、中日ドラゴンズの旗を持っている。そうです、彼は中日ドラゴンズファン。

 ”中日ドラゴンズ優勝おめでとう。”

そうです。今年は、我等が中日ドラゴンズが53年振りに日本一に輝いた年でありました。そんな記念すべき瞬間に名古屋にいなかった僕は何という不届き者でしょうか。

落合博満が読売ジャイアンツに移籍したのが、僕が小学4年生の時。悲観に暮れていた野球少年の僕に、担任の先生は大人の社会の仕組みを丁寧に教えてくれました。そんな落合氏が今こうして、監督をしていようとはね。嬉しいことには変わりありませんが、僕には星野仙一という男の影がちらついてなりません。中日ドラゴンズでも阪神タイガースでも良かったんです。彼が日本一を手中に収める瞬間を、見てみたかったのに。

話がそれましたが、そのまま挨拶を終えたキヨシローが藤井氏をステージへと招き、ライブが始まりました。

藤井氏はアコースティックギターと歌で、キヨシローはハーモニカやコーラスで。あの声・・・。意外にも、彼を生で観るのは今夜が初めてなんですよね。

2曲演奏した後、キヨシローが退場し、次に現われたゲストは有山じゅんじ。この人の歌声も、キヨシローと一緒で一度聴いたら忘れられないもの。今夜はそんなミュージシャンを何人も観る事が出来て、本当に豪華です。

そして、更に次のゲストの紹介。こちらは少し意外な、そしてまた豪華なゲスト。

厚見玲衣。日本人のバンドとして初めてReading Festivalに出演、U.K.ミュージシャンズ・ユニオンに参加と数々の偉業を残し、解散後17年経った今も欧米で評価され続けているHeavy Metalバンド、VOWWOWのキーボディストです。

VOWWOW時代は要塞の様に並べられたシンセサイザーを鮮やかに演奏していた厚見氏でしたが、今夜はシンプルに1台のみ。温かい音色を聴かせてくれました。

続いて登場したのは、石田長生。彼の登場に合わせて藤井氏は本職であるベースに持ち替え、ここから会場の空気は180度変わってしまうのでした。

和製Jimi Hendrixと呼ばれたこともある名ギタリスト、石田氏がステージに登場し、厚見氏とも相成って音楽は瞬く間にHard Rock調に。そして、藤井氏のベース。この人、巧過ぎる。どの位巧いかというと、TOOLのJustin Chancellorと互角に戦える程です。両者は面白い事に演奏スタイルやサウンドも共通するものがあります。

思いも寄らなかった展開。そして、藤井裕のライブである事を忘れたかの様に、PRINCEの「Purple Rain」の日本語版カヴァー、そしてまさかの「Round About Midnight」で前方に出てきて無心にソロを演奏し倒す石田氏。この人のギターは凄まじい。テクニックに頼っておらず、とにかく巧い。70年代を生き抜いてきたギタリストはやはり、携えているものが違います。

しかし、その後続いて現在の石田氏の ”相方” が登場した事により、今受けたばかりの感動が薄らいでしまう様な危機を覚えました。

CHARの登場です。

石田氏とCharは現在、BAHOというアコースティック・ユニットを組んで活動しています。その2人が両者とも、今夜ゲストとして参加しているという訳ですね。

CHARは今夜の出演ミュージシャンの中で、唯一以前に観た事のあるミュージシャンです。4年前、記録的な雪の降る福岡にて、僕のギターの師匠兼ラーメン評論家のあの人と一緒にZepp Fukuokaへと観に行ったのでした。

久し振りに聴いた、Charのギター。何だかんだ言って、やはり彼が日本一のギタリストでしょうよ。Jimi Hendrixがそうである様に、誰も超えられない存在、日本のRockギタリストの草分けでもある彼は、絶対的な存在です。

ちなみに、僕の中で彼のキャリアのピークは、ベタですがJOHNNY LOUIS & CHARの伝説のライブ盤、「Free Spirit」ですね。それと、2002年のSMOKY MEDICINE再結成ライブ (メンバーが全員揃わなかった為 ”ン” ではなく ”ソ” ) 。前者はCharのギターももちろんの事、日本一の3ピースバンドと呼ばれた彼等の演奏があらゆる次元を超越してしまっている、名盤中の名盤です。

彼と互角に渡り合えるギタリストは日本にいるのでしょうか。70年代、世界に於けるEric Clapton、Jeff Beck、Jimmy Pageの3人に準えて、日本ではChar、竹田和夫、森園勝敏と言われていただけあって、あの3人は互角に渡り合えたギタリストなのかも知れません。

ついでに面白いエピソードを紹介すると、竹田和夫は高校生の時、近所の高校にもの凄くギターの巧い男がいて、 ”近所にあれだけのギタリストがいるんだから、日本には巧いギタリストなんて星の数程いるんだろう” と心底焦りを感じたそうです。

しかし、後に分かったその男の名前と言うのが、高中正義、だったそうな。

60、70年代の日本のRockというのは、当時全くと言っていい程市場らしい市場が形成されていなかっただけに、昨今の様に売れ筋なんかを意識する必要も皆無で、非常に聴きごたえのあるミュージシャン、バンドがたくさんいました。CHARのSMOKY MEDICINE、竹田氏のCREATION、森園氏の四人囃子、そして、高中氏のSADISTIC MIKA BAND。

もちろん、キヨシローのR.C. SUCCESSIONもね。

日本のフェスティヴァルでヘッドライナーを務める事が出来る日本のバンドは、もういなくなってしまいました。賛否両論あるでしょうから敢えて名前は挙げませんが、例え過去実力のあったバンドが再結成し、その知名度を持ってしてヘッドライナーを務めたとしても疑わしいものです。

ただし、絶対に無いと思いますが、もしR.C. SUCCESSIONが再結成して、フェスティヴァルのヘッドライナーになったとします。さすがにこれには、誰にも文句が言えないのではないでしょうか。

いつもの事ながら、こういう話になるとみるみるうちに話がずれますね。どうもすみません。

さて、ライブの方は石田氏とCharという鉄壁のツインギターを従え、その音は更に凄まじいものになっていきました。

しかし、厚見氏とCharという世界的なミュージシャンをこの小さな会場で共演させてしまう藤井氏の存在が、何と言っても凄いのではないかと思います。

そして、そこにキヨシローが再び現われてですね。「誇り高く生きよう」。非常識。有り得ない。何ですかこれは。Charと石田氏がギター、厚見氏がキーボード、それをバックにキヨシローが歌って有山氏がコーラス、そして、正確無比で複雑なフレーズを紡ぐ藤井氏のベース。

この豪華さを例えて言うなら、Serj TankianとChino Morenoがツインヴォーカル、Tom MorelloとMunkyがツインギター、Les Craypoolがベース、Danny Careyがドラムのバンドと言ったところでしょうか。変態が揃い過ぎていてこんなバンド成立しませんが。

アンコールにもう一度、全員が参加して「Stand By Me」。客席から投げ込まれたクラッカーをぶちまけ、歩き回り、転がり回り、マントに包まれて復活するキヨシロー。あのマントを見ると、今は亡きJames Brownを思い出します。マントをかけたら、また復活するのでは、とか思ったりもして。

結局、今夜の主役はキヨシローみたいになっていましたが、それでも彼は ”藤井裕 gotta feeling” と彼らしい台詞を連呼して、本来の主役を最後まで後押ししていました。

あんなに豪華なメンバーに囲まれて、ソロデビューを祝ってもらえた藤井氏。彼の人柄がなせる業でしょう。

それにしても、キヨシローがこんなに元気だとは。本当に良かった。

癌との闘いから生還した者と、これから戦いを挑みに行く者。今夜、両者の狭間に僕はいました。

キヨシローお願い、僕に勇気を分けて。
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2007年12月20日

赤い電車

名鉄の赤い電車を見ると、名古屋に帰ってきた事を実感します。心が和むというか、何と言うか。

家族の人数が多いと家も多い。家ばかりあっても借金がかさむ。今日は赤い電車に乗ってそんな家の1つに向かいました。

電車を待つ間、駅の売店で一生懸命Red Bullを探していて、途中でここは日本だったと気付いて凄く恥ずかしい思いをしました。これからそういう失敗を幾つも重ねて成長していく事でしょう。

途中、山王とかいう不可解な駅がありました。よく考えたら、昔は名古屋球場前だった駅なんですね。時代の変遷を感じました。

車窓から見える、名古屋球場。11年前、あそこで行われたSOUTHERS ALL STARSのライブが、僕の人生初のライブになる筈でした。しかし、両親は自分達の分しかチケットを買っておらず、僕は置いていかれておあずけに。

神宮前駅に着き、父と待ち合わせ。今は誰も住まなくなった家へ向かいます。

古い家というのは何かしら面白い物が眠っていて、幼い頃は古いお金なんかを見つけては心をときめかせたりしたものですが、今はこんなものが出てくると心がときめきます。THE BEATLESのLP。

誰も要らないものらしいので持って帰る事に。嬉しい収穫。

そうそう、携帯電話買いました。皆さん丁寧にメール返して頂いてどうもありがとうございます。わざわざ番号まで添えてもらってりもして。今回は気の済むまで日本にいられるので、時間を掛けてあちらこちら回りますので焦らないでくださいね。

日本人は携帯電話が好きですよね。今日とかも、電車に乗っていて両隣と向かいに座っていた人みんな携帯電話をいじっていました。久し振りにそんな光景を見ると、実に気持ち悪い。

今日から僕も、そんな気持ち悪い人達の仲間入りです。
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2007年12月19日

Dear Songs

以前述べた11年前の悲劇、再び。

僕が折角こうしてこの時期に日本にいて、見事なタイミングで5年振りにソロツアーに出た桑田佳祐。散々頼んでおいたのに、やはり僕を置いて福岡公演を観に行った両親。

12月に入ってからしか日本に来られなかったので、11月に行われた福岡公演を観るのは無理でした。そこで12月、今回の名古屋公演を是非観たいと言ったのに、忙しいと抜かしつつ自分達のチケットだけ取って (両親はファンクラブ会員) 観に行かれてしまいました。

前日まで何とかして観ようとあの手この手で探し回った結果、とある方が余ったチケットを譲ってくださる事に。その節は本当にありがとうございました。

こうして、直前までの悪あがきの成果あって観られる事になった桑田佳祐。彼のファン歴はどのミュージシャンよりも長いので、観る前からいろいろと予想は付いていましたが。

そうなんです。今まで殆どここでは触れていませんでしたが、僕の人生に於いて桑田佳祐という男は、全ての始まりを作ったミュージシャンだったのです。

METALLICAよりもLED ZEPPELINよりも遥か昔、小学生の僕はテレビで彼を目撃しました。中国は北京、紫禁城からのライブを衛星中継していました。歴史的な事件でした。

何故、それが彼であったのかは分かりません。とにかく、僕の中に何かが刷り込まれたのはその瞬間でした。

そんな僕でしたが、意外にも ”全員が揃った” SOUTHERN ALL STARSを観たのは後にも先にも1999年の「さくら」に伴うツアーでの1回のみ。これぞ真の ”聖なる一回性” だったのかなと今になって思います。

ちなみに今、この ”聖なる一回性” をGoogle等で検索しても、時折このブログに現われる ”あの方” の正体がバレないことが分かりました。安心。

そう言えば、桑田佳祐も ”あの方” の曲をカヴァーしていますね。

今夜の会場は、日本ガイシホールという名前の会場。そんな会場、名古屋にあっただろうか。新しい会場なのか・・・。しかし、その謎はすぐに解けました。ただ単に、名古屋レインボーホールが名前を変えただけの事でした。それならば、これからも旧称の方で呼ばせていただきます。

JR笠寺駅を降りると見えてくるここ、名古屋レインボーホールは、10年前の1997年、中学1年生の僕が生まれて初めて観たライブ、松任谷由美を観た会場でもあります。松任谷由美は未だに観続けたいミュージシャンの1人です。彼女のステージが魅せるエンターテインメント性は、世界的にみてもPETER GABRIELに匹敵するものだと思います。

そして、2003年には、僕の周辺の音楽人は散々聞かされたであろう、奇跡が奇跡を呼んだMETALLICA大阪公演に続く名古屋公演をここで観ました。あの頃は後に「Master Of Puppet」完全再現なんてやろうとは誰も予想出来なかった時代で、「Battery」からライブが始まった時は窒息しそうになりました。

SOUTHERN ALL STARSも桑田佳祐も、今まで観たライブの会場はいずれもドームだったので、広いこの会場も何だかステージが近くて得した気分。スタンド席でしたが、充分ステージが近くに観てとれる距離でした。

席について程無くして、開演。いきなり僕の知らない新曲をやられて、足をくじかれるのは何だか虚しい、とか思っていましたが、聴こえてきたイントロがあまりに意表を衝いたものだったので本当に驚きました。

「哀しみのプリズナー」。1stアルバム「Keisuke Kuwata」収録の、19年前の曲です。ステージ上段にギターを持って現われた桑田佳祐。こういう曲をオープニングに持ってくるあたり、ミーハーファンが立ち入れない領域を確保してくれているんですね。

SOUTHERN ALL STARSとソロ。頭脳は一緒のこの2つのミュージシャンがどう違うのか。それは、このソリッドな世界観。この感じは、ソロでしか味わえません。

正直、これがSOUTHERN ALL STARSのライブだったら ”焦らないで次の機会に” と思ったかも知れません。これが桑田佳祐であったから、どうしても観たかったんです。次はいつになるのか、そんなに早くはやって来ないのが分かっていますから。

そして、KUWATA BANDの「Ban Ban Ban」。いきなりきましたね。何度聴いてもせつない曲。普段は歌詞なんて殆ど気にしませんが、桑田佳祐の歌詞はやはり違う。

この曲が21年前の1986年、シングル年間売り上げ1位を達成し、桑田佳祐は彼1人でも充分やっていける事を証明しました。SOUTHERN ALL STARSの活動休止が長引き、解散は時間の問題かと思われていた当時、人気絶頂にあったKUWATA BANDを解散させ、ソロに終止符をうち、SOUTHERN ALL STARSを劇的に復活させた彼には、やはり ”家長” としての責任があったのでしょう。

しかしながら、僕はKUWATA BANDがいつか観てみたいんですが。

サポートメンバーにはいつもと変わらず斎藤誠、片山敦夫、三沢またろう、山本拓夫といったミュージシャン達が名を連らねています。そして今回は、コーラスに清水美恵が復帰していました。桑田佳祐から ”師匠” と呼ばれていつもステージ上でいじられる彼女は、SOUTHERNALL STARSで長年サポートメンバーを務めていた欠かせないメンバーでした。子育てか何かで2002年のソロツアー以降 ”ヤッチー” こと平松八千代に交代していたのですが、久し振りに復帰した模様です。しかし、ギターもヴォーカルソロもこなす平松八千代も素晴らしいミュージシャン。いつかまた彼女も一緒に観られると良いなと思います。

今回は河村智康というドラマーが初めてサポートメンバーに入っているのですが、この人、椎名林檎の「無罪モラトリアム」と「勝訴ストリップ」時のドラマーだった人なんですよね。無駄を排除した、シンプルでタイトな演奏スタイル。

続いては再び初期の曲、「いつか何処かで (I Feel The Echo)」。何だか今回は、凄く控えめなアレンジ。どの曲も落ち着いていて、ソリッドな印象のある80年代の曲も何だか丸く聴こえています。

スクリーンには映像と一緒に歌詞も映されていていました。これは恐らく、歌番組で歌謡曲を歌っている様なコンセプトにしたかったのかと。新曲「ダーリン」もそういう路線でしたので。

MCの後は、冴えない新曲が続きます。何だか久し振りに観る桑田佳祐は、少し精細を欠いていました。METALLICAやTOOLとかもそうでしたが、僕は何かの盲目的なファンにはなれない運命にある様です。ちなみにIRON MAIDENは、それが怖くて意図してライブを観る回数を減らしています。愛ゆえの行いです。

もしかしたら、やりたくなかったのかも。今回のソロは、そんな気さえしました。

Reggae調の「My Little Hometown」が終わった後は、再びKUWATA BANDの「Merry Xmas In Summer」を。この曲も生で聴くのは今日が初めてです。CD化されて再発されたのが1993年の事だったので、実に14年の時を経て今ここで聴く事が叶った訳です。

そして、立て続けに「Skipped Beat」へ。この曲もアレンジの所為で控えめに聴こえてしまって残念でしたが、斎藤氏のギターソロが冴えます。個人的には。小倉博和とのツインギターが桑田佳祐史上またとない組み合わせだったと思います。

代表曲のオンパレードは更に続き、「Blue (こんな夜には踊れない)」を聖歌「O Come All Ya Faithful」で締めるアレンジで決め、一体総額いくらになるのだろうという様な照明で雪を演出した「白い恋人達」、CARPENTERSの「Close To You」のカヴァーから入った「遠い街角 (The Wandering Street)」とバラードを聴かせた後は、「地下室のメロディー」、「東京ジプシーローズ」、「東京」と、3rdアルバム「Rock And Roll Hero」からのHard Rock調の曲で攻めます。

以前、桑田佳祐をGREEN DAYのBilly Joe Armstrongに重ねた事がありましたが、今日はPaul Rogersが彼の姿と被りました。それも、FREEでもQUEENでも無く、BAD COMPANYのPaul。 ”歌手” と ”ミュージシャン” を使い分ける、フロントマン。

桑田佳祐ともあろう人が、BAD COMPANYの影響を受けていない筈がありません。ましてやアルバム「Rock And Roll Hero」のジャケットがあんな感じ。

そして、「月」。こんな曲を書ける人が、平成の世に何人いたでしょうか。もちろん生で聴くのは初めてではありませんが、耳にする度に切に思います。

新曲「風の詩を聴かせて」、「明日晴れるかな」。この2曲は冴えない今回のソロ活動の中に於いて安心させられた楽曲であります。普遍の桑田節です。桑田佳祐の楽曲の特徴は、メロディーだけでなく歌詞までが連想出来るという事。よく使われるヴォーカルラインやアレンジがあるのと同時に、よく使われる独特の言葉遣いや言い回しがあるんです。 ”つれない” とか ”愛無き” とか。

そして、またしても新曲「ダーリン」。会場は一様に盛り上がっていました。悪い曲では無いんですけれどもね・・・。過去の作品を全部知っているファンとしては、こんなものでは無いという事が分かってしまうので。

そんな中でも今回、再確認した事は、いくらコンセプトがどうであれ、桑田佳祐というミュージシャンが歌謡曲出身では無くRock出身であるという事実が、ライブにて遺憾なく発揮されるという事。長年演奏し慣れた曲でも頭は毎回アレンジを変えていて暫くのインストゥルメンタルの後、曲に入っていくという形を取り、また曲間の不要な間も一切ありません。今回はMCが少なかった分、それが顕著でした。

そして、ライブもいよいよ終盤。ここで遂にソロデビュー曲にして自身の代名詞「悲しい気持ち (Just A Man In Love)」が始まりました。今年はソロデビュー20周年、そして、来年はSOUTEHRN ALL STARSデビュー30周年と、節目の年が続きます。

そして、「波乗りジョニー」、「真夜中のダンディー」、「Rock And Roll Hero」とラストは豪華な楽曲で締められました。今回はアルバムが発表されていないので、仕方無しに過去の代表曲で締めるといった感じですね。

しかし、今回はMSも少なく、静かな桑田佳祐でした。桑田佳祐というと、MCで散々下ネタをばら撒き、歌っている時も無駄な動きが多く、歌詞は1曲につき10箇所以上間違えるという破天荒ぶりが特徴でしたが、近頃はどうも大人し過ぎて拍子抜けしてしまいます。

アンコールはこれもまた意外なところからの選曲、そして今回仕様にアレンジされて全く別の曲になってしまった、「漫画ドリーム ’07」。この曲は2ndアルバム「孤独の太陽」のオープニング曲です。

1stアルバム「Keisuke Kuwata」は80年代という時代性もあって爽やかなPopsですが、続く「孤独の太陽」、「Rock And Roll Hero」はもう全く別の世界。この2枚がソロとしての桑田佳祐を確立しました。SOUTHERN ALL STARSの明るくて元気の出る曲や、切ないバラードしか知らない人がこれらを聴いたら引くでしょうよ。救い様の無い暗い歌詞。CREAMかBLUE CHEERかという様な、サイケでヘヴィーな60年代後半Hard Rock調サウンド。

彼の素晴らしさの1つが、この2面性なのです。そういう多面性というのはSOUTHERN ALL STARSの中でも更にある訳ですがね。話し始めたら終わらなくなるので止めましょう。

で、結局この曲も今回の仕様に合わせてBOB DYLANみたいなソリッドな曲調が見事に葬り去られていました。時事ネタを歌詞に入れ込むのはさすがですがね。

続いては、KUWATA BANDのラストシングル、「One Day」。今回はこれでKUWATA BANDのシングル曲全部が演奏された事になります。前回は「Skipped Beat」だけだったので、これはとても嬉しかったです。

「可愛いミーナ」で再び盛り上がり、ラストは「祭りのあと」で。感動的な曲ですが、これで3ツアー連続でラストの曲が一緒ということになるのでもう分かってしまっていたのが残念。

こうしてまたソロ活動を終え、SOUTHERN ALL STARSへと戻っていく桑田佳祐。

とにかく久し振りに観られて嬉しかったのは間違いありませんが、何だか荒稼ぎしている様にみえなくも無かった、今年の彼。

どうしても全てはあの事に直結してしまうんですが、僕の頭の中では。

来年、30周年を迎えるSOUTHERN ALL STARS。

会えない時こそ、愛しい人達です。
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2007年12月17日

パパパパ

日本に来て、5日目。

家族の状況は、どうやら東京に遊びに行くとかそんな次元の問題では無いみたいです。おそらく年内は名古屋から離れられません。

10年来の親友 (Londonに遊びに来て1日目にパスポートをなくした伝説の男) も、仕事が忙しいからと言って全く会ってくれず。

1人でいるにも音が無いとどうしようもないので、スピーカーを買いました。

SIGUR ROSを聴きながら屋根を伝って窓拭きをしていて、もしこのまま落ちても ”あー落ちちゃったねー” で済まされるくらいの存在価値しか今の自分には無いのかも知れない。そこに延々と聴こえるSIGUR ROS。

Londonの事は考えない様に。日本だって楽しいところなんだから。

そんな事を考えて栄を歩いていると、目の前を通り過ぎる赤い2階建てバス。遂に気が狂って頭もおかしくなったのかと思いました。何処かのデパートがキャンペーン用に買ったのだそうです。嫌味か。消えろ。

誰もかまってくれないので、何か面白いライブでもないかなとインターネットで地元のライブハウスを検索していると、PUFFYのライブなんてのがあるではないですか。

Summer Sonicで2回観逃したPUFFY。北米ばかりツアーしているPUFFY。Europeに来てくれなかったPUFFY。面白そうだから行ってみよう。

新栄にあるClub Diamond Hall。クラブなのかホールなのか。取り敢えず手頃な広さで観やすい会場です。

ここでは2年前、KEN YOKOYAMAのライブを観ましたっけ。そう考えていたら、オープニングのSEがHI-STANDARDヴァージョンの「Can’t Help Fallin’ In Love」で・・・。これは本当に驚かされました。こういう事もあるんですよね。

そして、ライブが始まった訳ですが、彼女達の近頃の曲なんて知らない訳です。最後に聴いたのが、僕が働いていたLondonの日本食レストランで延々とかかっていたカヴァーアルバム。

随分本格的なサウンドになっていて、1曲目はSCORPIONSみたいな曲で、2曲目はFOO FIGHTERSみたいな曲でした。 ”みたいな” なのでパクリではありません。ついでに言うとDave GrohlもPUFFYのファンですね。

間近で観ると、かわいいですねあの2人。人形みたい。

上手のギタリストはFUTUREHEADS、下手のギタリストはAC/DCのTシャツを着ていました。

Ska Coreヴァージョンに化けた「サーキットの娘」で、ようやく僕の知っている曲が。そしてその後、GREEN DAYの「Basket Case」をカヴァー。そんな事もやっているんですね。AVRIL LAVIGNEもカヴァーしていますが、PUFFYの方が1億倍かっこいい。

MCも漫才みたいで面白い。あの2人はプライベートでも仲が良さそうですね。

イントロの掛け声でまさかと思いましたが、ユニコーンの「働く男」もカヴァーしていました。

ちなみに、PUFFYの名付け親というのが、何と奥田民生と親しい関係にあったJELLYFISHのAndy Sturmerなのだそうです。JELLYFISHが解散している現在は、PUFFYのアルバムをプロデュースなんかもしているそうで、デビュー当時から国外に何らかの繋がりを持っていた訳ですね。

昔の代表曲は殆どしませんでした。EUROPEが「The Final Countdown」をやらなければ客が帰ってくれないのと同じ様に、アンコールラストには「アジアの純真」をやっていました。

物販でCDを買うとサインが付いてくるという懐かしいサービスに連れられてアルバムを買った後、会場を後にしようとすると・・・

一足先にU.K.から名古屋に帰って来た僕の友人が、よく名古屋の街中で困った外国人を助けているみたいなのですが、そんなに都合良く困っている外国人なんているものなのかなと思ってたら目の前にいたーーーーー困ってる外国人いたーーーー物販のおにいさん真顔で日本語話しかけてたーーーーーーー

カナダ人の彼女はおまけに栄に行く道が分からずにいました。お互い日本は暖かいですよねなんて談笑しながら歩いていると、Londonの事とか聞いてくるから何かいろいろ思い出してしまうんですよね。

交差点で立ち止まって、話を聴いているつもりが僕は何処か遠くの方を見ていたみたいで。

 ”What are you looking at?”

Trafalgar Squareのクリスマスツリーが見えていたのかも知れません。今年もあれば、の話ですが。
posted by Yoshitaka at 04:23| Comment(8) | TrackBack(0) | Diary - Live Review | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする