2007年11月30日

最終回

遂にこの日が来てしまいました。

皆さん、今まで本当にどうもありがとうございました。

パーティーはしなくていいと言っておいたのに、いきなりパーティーが開かれて、いきなり信じられないメンツが次から次へと僕達の家に来てくれました。あんなに驚かされたのは初めてです。その節は本当にありがとうございました。

そもそも、ですよ。僕はあの弁当屋で、半年、しかもヘルパーで入れさせてもらっていただけなのに、どうして皆さん全員パーティーに来てくれるんですか。料理長も、イタリアに行った筈のあの人までわざわざ。皆さんどうしてそんなに優しいんですか。僕には理解出来ません。

来てくれた人も、来られなかった人もみんなありがとう。パティシエが腕を上げていた様なので、僕も料理人の端くれとして負けられません。

部屋の中に何も無くなっても、まだ薄暗い空の下バスを待っていても、今こうしてLondonを離れて別の国にいてこの文章を書いていても、全くと言っていい程実感が無いんですよね。

3年9ヶ月。

Londonに来なければ、こんなに苦しい思いをしなくても済んだのでしょうが、こんなに楽しい思いも出来なかったのでしょう。

もう明日から、ゴミが散乱した朝の通りも、時間通りに来ないバスも、時折冷たい水が出るシャワーも、異常な高さの物価も、夕方4時には日が沈んでしまうあの暗い空も、凍てつく様な寒さも、喧嘩を売ってくる黒人の子ども達も、僕の周りにはありません。

Londonを離れた理由は、Londonのありがたみを確認する為だと思うんです。

別に2度と来られない訳ではありません。Londonが第3の故郷になっただけですから。

これからどんな気持ちになるのか、考えたらとても怖いです。でも、僕は自分の意思で決めた事を後悔したくはありません。

日本を離れてから、留学したいという相談を結構受ける様になりました。話を聞いた友人のそのまた友人が僕を尋ねてきたりもします。

Londonは厳しい街です。

留学したいけれども ”親が” とか ”お金が” とか言っている人は、大人しく諦めてください。貴方の意思なんて所詮その程度です。

どうしても行きたかったら、勘当覚悟で学校を辞めて、日雇いの肉体労働でもしてみてください。何かが少し見えるかも知れません。

逆に行けたとしても、留学して苦労しているから、とかそんな理由で日本の大学生をけなす人も結構います。あれは非常に見苦しいので、やめてください。

今までこのブログを見てくださった皆様、長きに渡る温かいサポートを本当にありがとうございました。

これが終わり、ではありませんが、趣旨を変えようかと思います。Londonで起こった出来事でまだ文章にしていない断片が、あらゆる場所に散らばっています。それを少しずつ載せていくことで姿をくらまします。ブログのタイトルを変えたくは無いので。

Londonで会った人は、みんな世界中に散っていきますね。何処に行こうとも、London訛りの英語を忘れないでください。知らないうちに ”t” を発音していたらかぶれと見なします。

それでは、また。世界の何処かでお会いしましょう。
posted by Yoshitaka at 23:59| Comment(10) | TrackBack(0) | Diary - Daily Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月22日

SLASH

VELVET REVOLVERの来日が中止になって日本のファンの人達が悲観に暮れている中、不謹慎で申し訳ありませんが。

Slashのサイン会がLondonのPiccadilly Circusの書店Waterstone’sで行われました。

この間発表された自伝「Slash」を買った人に、もれなく本人がサインというよくあるパターン。平日の昼間からよくもこんなに長い行列が。皆さん仕事はどうしたんですか。

Gary Moore、Steve Vai、Flea、Jonathan Davis・・・。今まで数々の著名ミュージシャン達にお会いしてきましたが、こんなに緊張したのは初めてかも知れません。やはり彼は僕の中で、格が違い過ぎますから。

 ”頑張って日本に行ってくださいね。”

一言だけ話し掛けると、彼は苦笑いを返してくれました。

寒い中待った甲斐がありました。



SLASH
posted by Yoshitaka at 23:59| Comment(8) | TrackBack(0) | Diary - Daily Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月21日

殺す景色

荷造りがはかどりません。

体が拒否しているのかも。

実感がありません。

脳が拒否しているのかも。

 ”寂しくなるね” と ”もうすぐ会えるね” の狭間で、僕は一体、何を。どちらの言葉も、僕を苦しめるのに変わりはありません。

近頃、時間があるとすぐどうでもいい場所に行ってしまいます。Brick Lane、Camden、Kilburn、Brixton、New Cross・・・。見慣れた景色を、殺しに。

ある日、この感情を繋ぎ止めるものが崩壊したら、僕はどうなってしまうのでしょうか。

5年前も今も、いつだって先が見えません。

こんな僕を救うのは、いつも何気無い断片。

今日は、とある言葉でした。

4年前とあの時とまた同じ、2月7日、大阪。

だから言ったでしょう。

彼は、Johnny Rottenと一緒で、いつもおいしいところを持っていくんです。

あと、10日。
posted by Yoshitaka at 03:27| Comment(4) | TrackBack(0) | Diary - Daily Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月19日

北欧の旅 Day 9 移動日 (アイスランド→デンマーク→スウェーデン)

August/31/2007



6日間なんて短いもので、アイスランドを去る日が来てしまいました。

同じゲストハウスに泊まっていた、地質学を専攻しているアメリカ人の女の子は向こう半年、レイキャヴィークに滞在するそうです。羨ましい。こんな場所で、少し時間の経過に逆らってみたいものです。

フライトは午後3時。今日は雨が降りそうな曇り空。ホットドッグの食べ納めをしに街へ出ました。

面白そうな店が並んでいるレイキャヴィークの目抜き通り、Laugavegur。今回の滞在でも散々物色しましたが、次こそは買い物に来たいです。



Idoubi 01



空港までが遠いので、昼過ぎにはバスターミナルへと向かい、空港行きのバスに乗りました。

行きに眺めた景色の中、バスは空港へと向かいます。長い間この国に滞在すると、どんな気持ちになるのでしょうか。一生をこの国で過ごし終える人もいるでしょう。そんな人達は何を見て、何を想い過ごすのでしょうか。

夢にまで見たアイスランドの旅は、これでおしまい。

また、いつか、来るべくして。



Idoubi 02



さて、今日は3ヶ国間を移動します。

飛行機は再びコペンハーゲン空港へ。飛行機内ではアイスランド国内ミュージシャンのCDを売っていて、隣に座った人が買ったCDが気になって話しかけてみました。

すると彼は何と、もうすぐ発売されるSIGUR ROSのドキュメンタリーDVD「Heima」の撮影を行ったクルーの1人との事で。SIGUR ROSを撮影し続けた彼の所属するクルーは実は小さな会社で、彼もごく普通にアイスランドの国民的ミュージシャンとコラボレーションをこなしたそうなのです。

彼とはコペンハーゲンに降りてからもしばらく行き先が一緒だったので、後で是非連絡先でも伺おうと思ったのですが、残念ながら空港で両替をしている間にはぐれてしまいました。

時間はもう夜11時。今日は1日の殆どを移動に費やしました。

仕方無しに1人で国際列車に乗り、デンマークとスウェーデンの国境を越え、スウェーデンの南の玄関口、マルモへと向かいます。

車内放送はデンマーク語とスウェーデン語の両方で話され、デンマーク語が英語に近かったのに対しスウェーデン語は何処かフランス語に似ていました。

多分ですが、 ”Next station” と言っているのであろう単語がデンマーク語では ”ネーッススタショー” だったのですがスウェーデン語では ”ネスタァ〜” となっていました。この ”タァ〜” がフランス語の発音に似ていたのです。

列車は僅か30分程でマルモに到着。ここで、ストックホルムに向かう寝台列車に乗り換えます。

寝台列車に乗るのは約20年振り。幼い頃にブルートレイン「さくら」号に乗って名古屋から長崎に行った時以来です。

凄く楽しみでしたが、別に鉄道マニアという訳ではありません。

列車は途中2つに分離され、ストックホルム行きとオスロ行きの列車に分かれます。そう言えば、「さくら」号も諫早で長崎行きと佐世保行きに別れます。

そんな事を知っているからと言って、別に鉄道マニアという訳ではありません。

いよいよ出発です。車両はかなり古いもので、売店も食堂もありませんでした。駅で何か食べ物を買っておけば良かった・・・。翌日ストックホルムに到着するのが朝6時なので、空腹と戦いながらも大人しく寝る事に。

スウェーデンは、もう少し食べ物の美味しい国であります様に。



Idoubi 03
posted by Yoshitaka at 01:07| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary - Travel | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月17日

マイブラ

どんな復活も再結成も叶ってしまうこの頃。

次は誰と思っていたらMy Bloodyなんとかっていうバンドが再結成しました。


http://www.nme.com/news/my-bloody-valentine/32541


開始3秒でRockの歴史を変えたと言われた「Loveless」。思えばSIGUR ROSにあれだけ感化されたのも、このアルバムを長年に渡って聴き続け脳を蝕まれ続けた下地があるからこそなのかも知れません。

僕がいなくなるタイミングで、U.K.にはいろいろ凄い人達が来るみたい。僕が居ても居なくても、凄い人達は次から次に来ますけれどもね、この国は。



1月

MORRISSEY



2月

THE SMASHING PUMPKINSの曲をやるハゲの新しいバンド

JIMMY EAT WORLD

EELS



3月

THE CURE



4月

U2



6月

MY BLOODY VALENTINE







ああ・・・。



来年の苗場に、THE JESUS AND MARY CHAINと一緒に来日しないかな。こちらは今年観られましたが。

3月にLondonに戻ってくるよと散々周りに言っておりますが、6月にしようかな。どのみち7月は用事でEuropeに居なければいけないので。

という訳で、サマソニに再びEELSが降臨する事を願いつつ。



posted by Yoshitaka at 21:42| Comment(3) | TrackBack(0) | Music News | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月16日

スタンド名 ブラック・サバス

日本のLoud Park 2007でヘッドライナーを務めたHEAVEN AND HELL、お疲れ様でした。今月遂にLondonに来てくれます。

Ozzy Osbourneがヴォーカルを執るBLACK SABBATHは既に観てしまったという、非国民 (Ozzy在籍のBLACK SABBATHは過去1度も来日経験無し) な僕ですが、それに加えてまさかBLACK SABBATHにRonnie James Dioが戻って、稀代の名盤「Heaven And Hell」期のBLACK SABBATHまでも観られる日が来ようとは。

BLACK SABBATHというとOzzy在籍時代があまりに鮮明に歴史に残り過ぎていて、後追い世代にとってRonnie在籍時代はあまり知られていない様な気がします。



Sabbath 01



「Heaven And Hell」といったら、それはもう名盤とかそんな生ぬるいものでは無くてですね。

時は1980年。Ozzyを解雇したBLACK SABBATHと、RAINBOWを解雇されたRonnieが出会った奇跡のアルバム。そんなアルバムが、JUDAS PRIETSがHard RockからHeavy Metalへ路線変更し、IRON MAIDENがメジャーデビューした年に出されて御覧なさい。それはもう世界中で、狂った様にもてはやされるでしょうよ。

BLACK SABBATHとRAINBOWの華麗な融合。SOUNDGARDENとRAGE AGAINST THE MACHINEが合体したら見事なまでに退屈なAUDIOSLAVEが、GUNS N’ ROSESとSTONE TEMPLE PILOTSが合体したら何だかいまいち煮え切らないVELVET REVOLVERがという今からは想像も出来ません。

「Neon Knights」や「Children Of The Sea」がRonnie、Tony Iommi、Geezer Butler、Vinny Appice (アルバムレコーディング時はまだBill Wardでしたが、俗に言うRonnie時代のBLACK SABBATHはVinnie在籍時が殆ど) の4人によって再現されるなんて、考えただけで恐ろしい。楽しみで仕方がありません。

ちなみに、過去このパーソネルで発表されたアルバムは、「Heaven And Hell」に続く1981年発表の「Mob Rules」、そして初の再結集を見た1992年発表の「Dehumanizer」の計3枚。



Sabbath 02



「Mob Rules」は、名曲「Voodoo」、「The Sign Of Southern Cross」等が収録されており、演奏に於いては稀代のベーシストGeezerの存在感が他作品よりも際立った作りになっています。ちなみに、ジャケットをよく見ると ”Kill Ozzy” という文字が見える事が当時物議を醸しました。



Sabbath 03



「Dehumanizer」は、Grunge、Alternative全盛の90年代初期という時世に世に送り出された問題作。OZZY OSBOURNEは現役引退、JUDAS PRIESTからRob Halfordが、IRON MAIDENからBruce Dickinsonがそれぞれ脱退という世代交代も甚だしかったこの時期にBLACK SABBATHが生んだこのアルバムは、新たなヘヴィネスの解釈を取り入れた意欲作とも取れるし、周りに翻弄されて個性を見失った失敗作とも取れます。確かに、「TV Crime」とかはどうなんでしょう。

ちなみに、Ronnieには1度お会いした事がありまして。とても温厚で丁寧な方です。

しかし、Heavy Metalが好きな人にとっては常識ですが、そんなRonnieが唯一嫌う存在は他でも無いOzzy。2人は犬猿の仲として有名で、結局再びRonnieがBLACK SABBATHを脱退した理由はBLACK SABBATHがOZZY OSBOURNEの引退公演の前座を務めようとTonyが提案した事でした。そこでRonnieが我を通し脱退までしてしまったお陰で、今度はJUDAS PRIESTのRobがヴォーカルにという珍現象が起こってしまった訳です。

でも、Robの歌う「War Pigs」や「Children Of The Grave」はなかなか凄いですよ。

ここら辺のアルバムは、全て日本に置いて来たのでもう随分長いこと聴いていません。こういうときに聴けないのは不便です。

という訳で、LED ZEPPELINに引き続きBLACK SABBATHの話でも止まりません。

こういう話になると、マニア気質が災いしてどうもいけませんね。失礼しました。
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2007年11月12日

Shitty Vacant

Stratfordで火事か爆発があったらしい。テロではないらしいのですが、少し思い出していました。

Brixton AcademyがあるBrixton。今日は何だかいつもより静かで、白いジャケットと帽子の女性達が ”What’s your future Brixton?” と書かれたビラを配っていたのがおかしくて。昼間からマクドナルドで銃撃戦が起こるようなこの地区に、果たして未来などあるのでしょうか。

駅も新しくなったし、確かに以前よりは危ない雰囲気は薄れました。それにしても未だに南の方は危ない。特に危ないのはPeckham。ギャング同士の抗争が耐えなくて、10代の子ども達が日々殺し合いをしています。

そんな昨今、この街で、SEX PISTOLSの再結成。不謹慎では無く、逆説的平和の懇願とでも言ってください。

もう何回も足を運んだこのBrixton Academy。それでも今日は特別、外も中も祭りの様な騒ぎ。

今日のライブは、ボディーチェックが一切ありませんでした。何でも持ち込み可、という、主催者側の粋な計らい。

そして更に驚いたのが、誰も彼も優しい事。道を譲り合い、マーチャンダイズもビールも、割り込みもせめぎ合いも無くスムーズに買えてしまい、アリーナに入ってからも常に道を譲られ、遂にはステージから至近距離の場所まで辿り着いてしまいました。

高校生の時、僕にPunk Rockを教えてくれた友人が言っていました。

Punk Rockは優しいんだ、優しい人はPunk Rockだ、と。

開演を待つ間、会場内にはTHE PRODIGYがかかっていました。偶然にも、僕も家を出る前にTHE PRODIGYを聴いていました。

今回の再結成に際し、BBCのインタヴューでBUZZCOCKS、SHAM 69、U.K. SUBS等当時の同胞達がコメントを寄せていました。

Joe Strummerが生きていたら、何と言っていたでしょうか。

もう既に元バンドメイトの口から伝わっている通り、彼等THE CLASHもまた再結成を果たしていた訳ですから。

開演時間を30分過ぎてもまだバンドは現われず。それ以前に、ステージ上にドラムセットが見当たりません。

嫌な予感がします。何がRockの負の財産かと言えば、これを指すのだと僕は常に思います。そしてこの財産もまた、GUNS N’ ROSESやOASISにも受け継がれてしまっている訳ですね。

そんな事を考えているうちに、THE CLASHの「London Calling」が。合唱するオーディエンス。

開場が暗転して、ステージ奥の搬入口が開き、そこから4人が歩いて登場しました。同時に、Union Jack柄のドラムセットも登場し、どうやら無事にライブが始まる様です。恐らく先のLos Angeles公演での拾得物であろうCalifornia州旗が掲げられただけの、簡素なステージ。これでもし豪華なステージセットが置かれていたらそれだけで興醒めですからね。

Johnny Rottenの手にはブランデーのボトルが。Malcolm McLarlenからの贈り物だそうです。

 ”What a fuckin’ wanker he is.” 

51歳になったJohnnyは、言葉遣いも随分丁寧になりました。

何やら汚いギターの音が聴こえて来たと思ったら、歓声を上げ一斉にビールを投げ始めるオーディエンス。想像してください。アリーナにいる数千人のオーディエンスが、一斉にビールを投げたらどうなるか。

ビールのシャワーから上がって来たばかりで異臭を放つ僕は、アリーナ前方にいた事が災いしてすぐさまピットに迷い込み、ステージに目を向けられるまで暫く時間を要しました。

そしてようやく判りました。始まった曲は、「Pretty Vacant」だったんですね。

Johnnyはまだ良いとして、変わり果てたSteve Jonesの姿にはさすがに驚きました。何ですかあれは。Johnnyはジャガイモになってしまったと以前書きましたが、それならばSteveはサトイモです。首が見当たりません。

同年代のミュージシャンの代表格の1人、Paul Wellerが未だに細身で格好良いことを考えれば、充分何とかなったと思うのですが・・・。これが、30年前から常に第一線で活躍してきた人と、30年間の殆どを隠居して過ごした人との違いなんでしょうね。

言うまでも無く、彼等の発表しアルバムというのは「Never Mind The Bollocks」ただ1枚だけなので、このアルバムは1stアルバムにしてラストアルバム、そしてベストアルバムなのです。

ですからライブで演奏される曲も、完全に予想の範疇で後は順番だけ。

たまにシングルのカップリングなんかもありますけれどもね。「Seventeen」、「No Feeling」、「New York」なんかに混じって、「Did You No Wrong」とか。

「Holiday In The Sun」とか、「Submission」とかはやはり何だかんだ言っても生で聴けると良いですね。不思議な感じですが。同じバンドか、みたいな。

意外にも彼等はライブの運びに於いて手際が良い様です。MCも挟みつつ、テンポよく進行していくライブ。意外とそこら辺はイメージと違いました。

バックにあの有名な某女王の顔が登場し、「God Save The Queen」が始まります。待ち構えたオーディエンスが更なる賞賛を彼等に与えかけます。この一体感は、Londonだけの特権だと僕は思います。IRON MAIDENもNEW ORDERも、全て。

「E.M.I.」で本編は終了。まだLondonに来る前に、福岡で椎名林檎のライブを観た時、 ”私はここでSEX PISTOLSを観ました” と彼女がMCで言っていました。福岡サンパレスでの事です。この曲を聴くと、椎名林檎を思い出さずにはいられません。彼女のカヴァーした「E.M.I.」が、頭の中で同時再生されつつ。

アンコール、「Bodies」のイントロが始まると、遂にリミッターが外れたJonny。僕も遠い昔に連れられて行ったかの様な錯覚を覚えました。

ステージの上にいるのは1977年のSEX PISTOLSでは無く、2007年のSEX PISTOLSです。でも、あのアティチュード、あの音、このオーディエンスは、未だ体感した事の無い何かでした。

禁煙法が施行された筈の会場内は、随分煙たくなっていました。

遂に、あの曲が始まりました。

白人、黒人、髪を立てた若者、白髪になったかつての若者、誰も彼もが無邪気に拳を挙げ、統制され過ぎた社会から解放された一時を楽しんでいます。懐かしい思いに忍び入る人もいれば、新たな英気をここに集約させる人もいます。当の本人達はそんな事、微塵も考えていないのに。これはただの暇潰しか、小遣い稼ぎにしか過ぎないのに。

「Anarchy In The U.K.」という曲は、別にそんな感傷を与える為に30年間も愛され続けている訳では無いのにですね。

僕が探していたLondonは、ここにありました。

だから言ったでしょう。

BLACK SABBATH、THE POLICE、THE JESUS AND MARY CHAIN、THE SMASHING PUMPKINS、RAGE AGAINST THE MACHINE、LED ZEPPELIN・・・。耳を疑う再結成が続いた今年でも、結局彼等が一番おいしい所を持って行ってしまうんです。

何をするのも馬鹿らしく思えてしまいました。気にくわないもの、全部消してしまいたい。

何だかもう、全部が面倒くさい。

誰かを評価するのも、自分の好きなものを否定されて取り繕うのも、気の無い言葉に返事をするのも、綺麗な言葉ばかり選んでブログを書くのも、全部。

頭の悪い連中は、取り敢えず黙って何処か人目の付かない場所に固まって、やることやったら早く消えて。

それにしても、LED ZEPPELINが再結成したら、John Bonhamがもし生きていたら、となる訳ですが、SEX PISTOLSが再結成しても、Sid Viciousが生きていたら、とならないのが楽で良いですね。

ラストの歌詞 ”Get pissed destroy” のところをバンドの演奏を止めさせてからオーディエンス全員と叫ぶ所、Johnnyの男気に惚れました。駄目です。幾ら見た目が老けても、あの格好良さは死ぬまで殺せません。

あちら側で、Sidが中指を立てているのがよく見えました。

あれだけ何も遺さないで勝手に死んで、これだけ有名になったミュージシャンは他にいません。それならば、あんな不様な死に方をしようとも誰にも文句は言えないでしょう。

死ぬ事の許されない僕はせめて、中指を立てて生きていきます。

また会う日まで。死ぬまでSEX PISTOLSでいてください。



SEX PISTOLS 02
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北欧の旅 Day 8 氷河 (アイスランド)

August/30/2007



今日は、昨日申し込んだ南海岸を往き氷河を目指すツアーに参加します。

前回のGolden Circleツアーの時と同じ様に、ゲストハウス前まで送迎バスが来てくれて、集合場所へ。各方面から集まった参加客を別のバスが乗せ、いよいよ出発です。

レイキャヴィークを離れる幹線道路を行く際、逆車線が渋滞していました。通勤時の渋滞だそうです。アイスランドにもそういうものがあるんですね。

今日案内してくれるツアーガイドは、今にも孫の自慢話を始めそうな愛嬌のある老紳士。チャームポイントは蝶ネクタイ。何やら説明の度にシニカルな冗談を言ってはバスの中に笑いを起こします。

今日のツアーは、移動距離が実に約600キロメートル。1日中バスに乗っている感じになりますね。Europeではバス旅行が多いのでもう慣れてしまいましたが。

今日はこの国に到着した日の様に快晴とはいきませんでしたが、実にアイスランドらしい気候で雰囲気もこの上無し。

まずは、最初の経過地点、Seljalandsfossという滝に着きました。

一昨日行ったGulfossは上から眺める形なのでまだ良かったのですが、地上からではなかなか近付けません。自然の畏れを肌で感じました。



Hyouga 01



あたり一面草原で、その草全てに滝から降りかかる霧が付着していて、まるで水晶が散りばめられた様に光る地面。こんな光景は見た事がありません。



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それはまるで、宮澤賢治の「十力の金剛石」の世界。彼はここに来た事があったのでしょうか。

昼間のうちに、という事でしょうか、往路ではここに停まったのみで、黙々と南東を目指して進みます。

アイスランドの天候は非常に移り変わりが激しく、様々な地形を進んで行く中で雨が降ったり、晴れたりと忙しいバスの外。

蛇が這った様な灰色の川、溶岩の台地、苔の平野。

何度も言う様ですが、同じ地球の地形とは思えません。孤独な任務を負わされた、惑星探査機の気持ちが少し分かる気がしました。

そして、山並みの向こうに、白い帯が見えてきました。



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氷河です。

近付いたかと思えば遠退いて、やきもきさせられます。まさか、遠巻きにこうして見るだけのツアーなのか。何事についてもあまり下調べをしない愚かな僕はそんな事すら考えながら。

幾つかの山や川を越え、遂にそれは僕達の目の前に姿を顕にしたのでした。



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この景色が目に入って来た時の事は、良く覚えていません。言葉も意識も何もかも全て、何処かに持っていかれた様でした。



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そして、いよいよ近付いて行きます。

氷山のあの不思議な青色は、近くに行くと消えてしまいます。光の屈折により、青く見えるのだそう。



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氷山の中に見える黒い層は、溶岩だそうです。まるでアイスケーキの様なコントラスト。



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美しい曲線。



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アザラシがいました。それも、何匹も。



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この氷河の湖の中にパスポートを落としたら、何処にも帰らなくて済むのかな、とか考えてしまいました。

病んでいますね。いけません。

乗ってみました。



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氷山の破片は食べられます。少し塩辛いです。



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上手く説明出来ないのですが、こういう地形が、年間通してこのままの形で残っている訳ですよね。春が来ても消えてなくならず、夏が過ぎてまた秋・・・。頭では分かっているのですが、不思議です。変な文章でごめんなさい。

一昨日のGolden Circleに続き、アイスランドの自然をこうして目の辺りにした訳ですが。

いざ、こういうものを目の前にしてしまうと、するべきことを一瞬忘れてしまうんですよね。そして、我に返ってヘッドフォンをして。

危険ですので、真似しないでください。

こんな所に立ってSIGUR ROSでも聴いたりしたら、もう2度と現実の世界には戻って来たくなくなります。

バスはレイキャヴィークへ向かう復路に着きます。帰りにも幾つかの地点で降りて観光をさせてもらえます。

溶岩の平野の彼方、先程の氷河が見えます。



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次の地点では、アイスランドで一番高い山、Lomagnupurを見渡せます。異様な形をしています。



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ここには、アイスランドで一番小さな教会があります。人が3人、入れるかどうかの小さな教会。中にはオルガンがあったので、VAN HALENの「Dreams」のイントロを演奏してみました。神聖な場所で、大人気無くて申し訳ありません。



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生まれて初めて、虹の麓というものを見ました。あそこから虹が出ている、と分かるのに、近付くに連れて見えなくなっていくんですよね。先程の氷山の青色と同じく。何か臭い言葉が出そうなのでここら辺で止めておきます。



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続いては、奇岩の平野、Laufskalavarda。ここも溶岩で出来ているみたいですが、随分様子が違いますね。



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最後は、Skogarfossという滝。Golden Circleもこのツアーも、滝が多いですね。



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裏側に行けます。ただ、頭から水を被った様に濡れてしまいます。足元も危ないです。



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今日のツアーは、これでおしまい。

気さくなガイドさんに、今度は冬にまた来たいんだが何月がいいのかと聴くと、3、4月がいいだろうとの事。オーロラも見られるし、それより前は昼の時間が短過ぎて思う様に観光出来ないだろう、と。

そして、ガイドさんは更にもう一言。

”SIGUR ROSが次いつライブをするかは分かりませんけれどもね。”

完全に見抜かれていました。何故。

やはりアイスランド人というのは妖精の子孫なんですか。そう尋ねると、ガイドさんは笑って道路の向こう側にある温室を指しました。

あそこでは主に北の方に輸出する野菜を育てていて、現地で消費される作物は1つだけだ、と。

そして、それはカンナビス (大麻) だ、と。

アイスランドも所詮、Europeだから、とガイドさん。

ですから、神格化されたアイスランドのイメージが壊れるからやめてください、と僕。

話は戻って、結局グリーンランドに行かなくて良かったのか。もちろん良かったです。アイスランドの心臓とも言うべき場所に、こんな汚れた人間が立ち入らせてもらえた事が、今年何よりの出来事でした。

明日は、遂にこの国を去ります。長く居ると、情が移ってどうもいけません。



Hyouga 19
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2007年11月10日

Yins Of The Father

今年6月にOZZY OSBOURNEを観たWembley Arenaで、今度はRonnie James Dio、Tony Iommi、Geezer Butler、Vinny Appiceの4人が16年振りに再結集したHEAVEN AND HELLがライブを行います。

契約の問題で名前は使えないものの、内容は完全にBLACK SABBATHです。この4人が在籍した時代がある訳ですから。という訳で、非常に面倒臭いし、この名前に納得もいっていないので、以下BLACK SABBATHと呼ばせてもらいます。

同じ年にOZZY OSBOURNEとBLACK SABBATHが観られるのは、なかなか豪華。過去にもそんな時期は何度かあった訳ですが、僕が生まれてこうしてライブが観られる歳になって、こんな機会に恵まれるとは。

しかし、オープニングアクトにはもう少し期待していたのですが・・・。悪くは無いんですが、北米ツアーのオープニングアクトがDOWNとMEGADETHというそれは豪華なものだったので、それに比べると遥かに物足りません。MEGADETHもDave Mustaineしかいなくなってしまいましたが未だに素晴らしい。そして、DOWNのライブは更にそれを凌ぎます。またと無いバンドです、彼等は。

それでも、Heavy Metal系のミュージシャンはまだ良い方で、近頃はどんなライブでも何の脈絡も無い、あるいは全く観応えの無いバンドがオープニングアクトに起用されている事が多いので、こうしてオープニングアクトから真面目に観ようとするライブも少なくなってしまいました。

OZZY OSBOURNEの時と同じ様に、アリーナの下手側、ステージがよく観渡せる位置を確保。僕は何故かいつもライブを観る時、下手側から観る事が多い様です。

1組目のバンドは、ICED EARTH。出てきた瞬間笑ってしまいました。Tim Ripper Owens。僕の中で彼は出オチです。

ICED EARTHは3年前、Mean Fiddlerでライブを観る筈だったのですが、ギタリストのJon Schafferの怪我によりキャンセルとなり、程無くして今度は元ドラマーのRichard Christyがコメディアンに転職すると言って脱退、ICED EARTHは活動休止状態になったのでした。

昨年は、TimがBEYOND FEARのヴォーカリストとして再結集ANTHARXと共にツアーしていたのを観ています。

思えば、彼がヴォーカルを務めていたJUDAS PRIESTを観たのはもう6年前になるんですね。冬のZepp Fukuokaでの事でした。

「Invasion」から「Motivation Of Man」で、ライブが始まりました。以下、ニューアルバム「Framing Armageddon (Something Wicked Part 1)」からの曲が立て続けに。

相変わらず、Timはあの変な動きをしています。

途中、ようやく昔の曲、「My Own Savior」を演奏してくれました。このバンドを初めて知った時は、絶対に北欧のバンドだと信じ込んでいました。そうで無くとも、まさかU.S.のバンドだとは夢にも思いませんでした。孤独な戦いを強いられた事は容易に想像出来ます。

ラストは「Ten Thousand Strong」。あくまでTim加入後の曲が中心でした。ゆうに20年近い歴史があるバンドですが、メンバーチェンジが頻繁に行われ、残ったオリジナルメンバーはJon Schafferのみ。それならば昔の曲も演奏しなく、というか演奏出来なくなりますね。

BEYOND FEARではJUDAS PRIESTの曲を歌っていましたが、さすがにICED EARTHではやりませんでした。しかし、彼は本当に歌が巧い。もう1度、彼の歌う「Painkiller」や「A Touch Of Evil」が聴きたいです。失礼な話、本家Rob Halfordよりも巧いんですからね。

僕は取り敢えず、Timがこれからも消えていかない様に活動してくれればひとまず安心です。正直な話、ICED EARTHで無くとも。

現在ヴォーカルのいないANTHRAXに加入とかどうでしょう。まさかね。絶対に止めてくださいね。



Yins Of The Father 01



さて、続いてはLAMB OF GOD。マイナーな人気を誇る正統派バンドの次は、グラミー賞にもノミネートされた程のメジャーな人気を誇る現在進行型。

悪いバンドでは無いし、寧ろアルバム単位ではかなり格好良いんですけれども・・・。昨年SLAYER主催のThe Unholy Alliance IIで初めて彼等のライブを観ましたが、あまり曲がライブに映えないんですよね。致命的。あの時は彼等の前の出番がCHILDREN OF BODOM、後の出番がIN FLAMESで何だか場違いな感じがしました。

とか言いつつ、ほんの2、3年前まではHeavy Metalと名の付くものはこまめにチェックしていたんですよね。10代の頃はこういう音楽を構成する要素を信条としていました。今では食中りを起こしかねません。

オープニングは2004年発表の名盤、「Ashes Of The Wake」から「Hourglass」。オーディエンスの反応はいまいち。

それでも、ヴォーカルのRandy BlytheのMCが、少しずつオーディエンスを惹き付けます。

今夜、自分達の後にライブをするバンドがこの世に存在しなかったら、IRON MAIDENもMETALLICAも、そして、今夜こうして1万人のオーディエンスが1つの音楽を聴きに集まる時間と空間も存在しなかっただろう。

なかなか格好良い事を言いますね。

中盤、「Ruin」あたりでようやくまともな反応が返ってくる様になりました。

”Enjoy Black Sabbath.” 

ラストに「Black Label」を見舞った後、Randyがそう言ってステージを後にしました。そうです、今夜このステージに立つのはBLACK SABBATHというバンドなのです。



Yins Of The Father 02



さて、いよいよBLACK SABBATHの出番です。

LAMB OF GODのセットが捌けた後でも、隠されたままのステージ。暗転と共に始まった「E5150」に導かれる様に、ステージセットが現われます。

中世の古城を模した、凝った作りのステージ。BLACK SABBATHだからこうなのでは無く、Ronnieだからこうなのです。思えばOzzy Osbourneという時代のイコンを擁しオリジネイターの座を確立したBLACK SABBATHに、ここまで個性を持ち込めた彼は凄い。

十字架の形のシンバル、両サイド、後方にもタムが配置されたVinnyのドラムセットは、まるで要塞。Vinny、そして、GeezerとTonyが現われ、演奏を始めます。

歓声の中、黒で統一した衣装の3人とは対照的に、白い衣装で登場したRonnie。

「The Mob Rule」が始まりました。

16歳の僕がこれを観たら何と言ったでしょうか。多分何も言えなかったでしょう。

Ozzyが復帰して、長い歴史に終止符を打ったかに見えたBLACK SABBATHが、今再びRonnieを従えて戻って来たのです。一体、今夜ここに居る誰が想像出来たでしょうか。

Ronnieは今年、65歳。彼を観た人はよく、この人は永遠に歳をとらないのではないかと口にします。本当に生物の常識を超えてしまっています。よくあんな声で、未だに歌えているものだと。

続けて、「Children Of The Sea」。生で聴く ”Look out” は感動です。生きていて感謝。Ronnieも僕も。

Ronnieの相変わらずな丁寧なMCを挟み、意外にも「Dehumanizer」から、「I」。このアルバムは正直今回のツアーでは無き物として扱われるのかと思いましたが、几帳面なRonnie。

続いて、早くも「The Sign Of The Southern Cross」。オーディエンスもライブが始まってから休む暇無しです。

黒いロングコートに、青いサングラス。Gibson SGから誰もが真似しようとして誰にも真似出来ないあの音を奏でる、Tony。彼はJimmy PageやRitchie Blackmoreと並ぶ音楽史上決して欠く事の出来ないギタリストの1人。両者が伝説を一通り創りあげた後、長い間隠居生活を送っているのに対し、Tonyは30年以上もの間BLACK SABBATHを1人で守り抜いてきました。

2年前、Ozzfest 2005で初めて目にしたBLACK SABBATH。僕はそんなTonyの姿が目の前にあり、ギターを演奏しているという事が俄かに信じられませんでした。雲の上の存在とは、彼の様なギタリストの事を指すのです。

そして、忘れてはいけません。あの時僕が思い知らされたもう1つのファクター。Geezerという、稀代のベーシストの存在。

とにかく視覚的にも聴覚的にも、彼のプレイは有り得ません。旋律を縫う様に敷き詰められた音その1つ1つが触手を絡め合うかの様に生まれる、おぞましいグルーヴ。それがTonyのギターと更なる化学反応を起こし、聴く者の耳を侵します。

続く「Voodoo」でも神懸かった演奏を聴かせた後は、Vinnyのドラムソロへ。VinnyはBLACK SABBATHだけでなく、DIOにも在籍して幾つかのアルバムにRonnieと共にクレジットを残しています。

彼のプレイは目立った特徴がありませんが、BLACK SABBATHの独特のグルーヴを形成する為にはどんなドラマーでも良い訳ではありません。DIO在籍時は器用貧乏 (彼だけで無くDIOに在籍したミュージシャン達は何故か器用貧乏と呼ばれた人が多い) とも評された事がありましたが、ここでは文句なしの存在感を見せつけてくれています。ドラムソロの後はまたも意外な「Computer God」。そして、「Falling Off The Edge Of The World」。よく考えられた配分のセットリストになっていますね。

Tonyのギターソロ。彼はリフでもソロでも、音だけを聴いて彼だと判る独特の音色を持っています。今夜もまた、彼が目の前に居る事がうまく信じられません。

LED ZEPPELINや第2期DEEP PURPLEを歴史上の存在として認識して育った僕。今、両バンドと同じく歴史上の存在である筈のTonyが、目の前で動いているんですよね、BLACK SABBATHの名の下に。これは何というか、非常に説明し辛い感想ではありますが・・・。過去あれだけの功績を残してきた彼が未だに現役という事実が、納得出来ないとでも言いましょうか。

ライブも終盤に近付き、そろそろ締めの定番曲が始まる頃。Tonyのリフに導かれメンバー達が再びステージに戻り「Die Young」が始まりました。ちなみに、この曲の名前には、 ”若いうちに死ね” では無く ”今日という日を一生懸命生きろ” という意味が込められています。ネガティヴ礼賛主義であるBLACK SABBATHでも、そこに裏打ちされた真摯なメッセージを送る事は欠かさなかったんですね。そういう精神面は、今に至るまでKORNやNINE INCH NAILS等にも受け継がれてきています。

そして、「Heaven And Hell」へ。

Heavy MetalはHeavy Metalでしか無い。僕はつい先刻まで、そういう耳を持っていました。

BLACK SABBATHは紛れも無くHeavy Metalのバンドであって、そのジャンルのその肩書きを持つ世の中の全てのバンドが、彼等から派生した系譜の線上にしか存在し得ないのです。

世界的にHeavy Metalが本格的に伝播していったのは、1980年からの事。また、BLACK SABBATHのデビューは1970年。頭の悪い話ですが、その間10年、BLACK SABBATHは何であったかと言うと、BLACK SABBATHであった訳です。これが、2年前にOzzyを擁するBLACK SABBATHを観た時の感想でした。

そのBLACK SABBATHが魂を交換し、実際にHeavy Metalになってからの姿を、今こうして初めて観た訳です。

壮絶なTonyのインプロヴィゼーションに触発され、Ronnieのヴォーカルも冴え渡るこの曲で本編は終了。

本当に凄まじいライブというのは、気が付いたら終わっているものです。曲が終わる度に我に返る、その繰り返しでした。

アンコールは、今年復習用に発表されたベストアルバム、「The Dio Years」収録の新曲「Shadow Of The Wind」で始まりました。

何だかRonnie在籍時のBLACK SABBATHを擁護している様に思われるかも知れませんが、僕の中では順位は付けられません。それでも、Ozzyが復帰した時、「Reunion」に収録された当時の新曲よりかは納得がいくものがあります。

どうせならニューアルバムを作って欲しかったものです。OzzyのBLACK SABBATHが再結集して10年も経つのに遅々として製作活動が進まないのに対し、こうしてタイミング良く新しい曲を発表出来るのですから。

そして、Ronnieが遂に ”君たちが聴きたかった曲を” と呟くと、あの無骨なリフが始まりました。

やばい、これは、やばい。

「Neon Knights」。この曲は以前DIOのライブで聴いた事があってその時も感動しましたが、やはりこの本物のメンツで聴くこの曲は何もかも次元が違います。

最後まで、Ozzy時代の曲は1曲も演奏されませんでした。恐らく契約上の約束なのでしょうが、それでもBLACK SABBATHというバンドが個人の意思を超えて1つの企業になってしまっている今、Dioを迎えて再び活動しようと決意した4人に敬意を表したいと思います。

僕の中で、Heavy Metalとそれ以外の音楽は全く別のものとして捉えられていて、前者は趣味、後者は実益、とでも言いましょうか、とにかく別のものとして割り切っています。音像的に両者の中間にいるバンドも若干いますがね。

BLACK SABBATHはどうでしょうか。あらゆるバンドを観てきても、僕の中では未だに彼等はTOOLやSYSTEM OF A DOWNと互角に渡り合えるものだとの結論が導き出されました。

そして、Heavy Metalというカテゴリーに於いてそういうものを見せ付けられてしまうと、今まで音楽にあらゆるものを投影してきた自分を改めて問いただしたくなりました。

音は音でしかない。

自分の命を繋ぎとめてくれたミュージシャン、曲というのは人それぞれあるものですが、それらは結局音とその音を作ったり出したりしている機関に過ぎないのです。

例えもう死ぬまでHeavy Metalのライブに行けなくとも、今日この日のこの瞬間を反芻して生きていける、そんな気がしました。

こんなに凄いものでしたっけ、Heavy Metal。



Yins Of The Father 03
posted by Yoshitaka at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | Diary - Live Review | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

報告

別に芸能人でも無いんだし、わざわざそんな事をこんなところで言わなくてもと思いましたが、日頃からいろんな方々にサポートしていただいている手前、何も言わないのも失礼かと思いここで報告という形をとらせて頂きます。

11月末日を以て、Londonを去ることにしました。

普段から言っているつもりだったのですが、あまり知られていなかった様なので (訊くだけ訊いて覚えていないだけの人もいたりしますが) 改めてここで言っておきます。

取り敢えず、いつもの如く日本では暫く忙しく動く予定です。名古屋、東京、横浜、福岡、長崎、別府・・・。それにしても、見事にみんな東京に集まっているんですよね。毎回東京に行く度に、一体何日いれば、会いたい人全員に会えるんだろうと思ってしまいます。

あと、日本に辿り着く前に、某砂漠で7つ星ホテルを眺めたり、某半島でチゲ鍋を食べたりしてしばらく過ごしますので。たまには余裕を持って行動させてください。

周りの人達は、僕がLondonを去ることが信じられないとよく言います。当たり前です。僕自身が信じられないことが、周りの人達に信じられる筈が無いんです。

2度と、とか、絶対、とか、そんな事は言いません。

どうせすぐ帰って来るんでしょう。そうかも知れません。

また春に会いましょう。
posted by Yoshitaka at 22:03| Comment(9) | TrackBack(0) | Diary - Daily Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月09日

Never Mind The LED ZEPPELIN

LED ZEPPELINが再結成だそうで、おめでとうございます。無理です。チケット取るのなんて。それに夢を壊されたくないので行きません。CREAMの再結成ライブも行かなかった事ですし、丁度良い。でもいつかJimmy Pageは観てみたいかも。

出会いは9年前、母がくれた1枚のレコード。僕が部屋で毎日かけていたヴィジュアル系の音楽に耐え切れなくなった母が、 ”そんなもの音楽と呼ばんのじゃあ、ヴォケ。これを聴け。” と言って僕の顔に叩きつけた「Presence」。人類史上最高のバンドと呼ばれたバンドの、最高傑作として有名なこのアルバムは、1人の少年の人生を狂わせるに充分過ぎる毒を含んでいました。

それまでたいせつに聴いていたCD達を殆ど押入れの中やブックオフに葬り、瞬く間に僕のCD棚は60、70年代のRockで染まりました。こうして、運動音痴でコンプレックスの塊でいじめられっ子だった僕は、すんでのところでGibson Les Paulを低く構えたヘロイン中毒に生きる目標を与えられたのでした。

その後、オフィシャル音源はもちろんブートレグにまで手を染め、恐らくは世界で一番LED ZEPPELINに詳しい14歳であったと自負しております。 ”77年のシアトル公演はみんなが言う程悪くない” とか、 ”79年のネブワース公演はレーザーが飛び交う中” とか、 ”やっぱ72年のEarls Courtだよね・・・ところで「幻の10年」ってさ、実は” とかいう台詞を口にする14歳、今考えると気持ち悪い。そんな奴とは友達になりたくない。

しかし、そんなLED ZEPPELINも、今や歴史上の存在です。John Bonhamの死は悲劇以外の何物でも無かったと思います。しかし、あの出来事が彼等の時間を27年前に止めてくれた事で、彼等は永遠に色褪せる事の無い存在として今も尚世界中の人々に愛されているのです。

ちなみに、影で一番努力していたのはJohn Paul Jonesです。「Black Dog」を作ったのも彼です。あまり知られていませんが。

件の公演は来月に延期になってしまったようですが・・・。何だかんだで気になりますが、チケットが手に入れられないというのは、そういう事だと思って遠くで見守ることにします。


わらほららら〜。


・・・タイムマシンがあったら一度でいいから観てみたい。



posted by Yoshitaka at 11:37| Comment(4) | TrackBack(0) | Diary - Daily Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月06日

北欧の旅 Day 7 ここでもやはり欠かせないのが買い物とライブ (アイスランド)

August/29/2007



今日は本格的に雨が降っていたので、街からは出ず。

コペンハーゲンに続いて、ここでも宿で仲良くなる人は現われず。ゲストハウスにいる人達は地質学を専攻している大学生と登山家。共通の話がまるで見当たりません。

レイキャヴィークの街を散策、と言ってもとても小さな街なので、新しく観る様な場所はありません。

あても無く歩いても、ものの10分で街の主要部分を横断してしまいます。

取り敢えず、終日観光が出来るのは、明日が最後。ツアーを申し込むのであれば、今日中にしてしまわないと。

街の中心にある観光案内所に向かう途中、幾つかレコード屋を通り過ぎました。入ったら絶対出て来られないのを知っていながら、入ってしまいました。

ちなみに、SIGUR ROSのアイスランド語での発音は ”すぃーぐろぉす” ( ”すぃー” にアクセント、 ”ぐろぉ” は巻き舌)。来る前に練習しました。

SIGUR ROSの1stアルバム「Von」の ”リサイクル盤” 、「Von Brigdi」。この国では至って普通に入手出来るみたいです。その他は、シングル「Hopippola」、「Twelve Minutes Track Plus Three Videos」と題された謎のCDとDVDのパック。

AMINAのデビューアルバム「Kurr」、シングル「Seoul」も一緒に買いました。

あと、恥ずかしながらこの国に来るまで買わずにとっておいていた、BJORKの「Volta」も。ミーハーでどうもすみません。

そんな訳で、西新宿だろうがレイキャヴィークだろうがこういうところに来ると買い物は止まらなくなるのです。

他にも、怪しいCDが幾つかありました。紙に包まれてペンでタイトルを手書きしただけのCD、絵本とセットになっているCD、見た事も無いBJORKのライブ盤等。ここからLondonに帰るだけでしたら気兼ね無く買い物が出来るんですが、ここからその荷物を持って数ヶ国移動する事を考えると、さすがに難しい。今回は大人しく引き下がります。



Yahari Koko Demo Kaimono Mode 01



買いもしないのに土産屋を物色。こんなところに ”Niceland” 。彼はこれを知っていたのでしょうか。



Yahari Koko Demo Kaimono Mode 02



さて、観光案内所に着いて、様々なパンフレットを見比べつつ、明日の計画を立て始めました。

要は、グリーンランドに行くかいかないか、という事だけなんですが。

行かなかった場合、何か魅力的なものがあるかどうか。

この国の有名な観光地の1つで、湖が全て温泉になっているBlue Lagoonという場所があります。温泉はかなり行きたいのですが、男が1人温泉に行くというのも何だか寂しいので、ここは今回は行かない事に。

数冊目のパンフレットに、アイスランドの南海岸を横断し、氷河を目指すツアーを見付けました。

頭で分かっている様で分かっていませんでしたね。氷河というものは、夏だろうが冬だろうが1年中あるものなのです。グリーンランドに行かなくとも、この国にも。

まずはアイスランドがアイスランドと呼ばれる所以を見てからでも良いのではないかと思い、グリーンランドの代わりにこのツアーに申し込む事に。

これで良かったんです。

白夜を見るには遅かったし、オーロラを見るには遅かった。BJORKやSIGUR ROSのライブも行われない。

またいつかここに来る理由があるから、別に良いんです。

さて、今週は丁度Reykjavik Jazz Festival 2007というものが開催されていて、様々なミュージシャン達が毎晩ライブを行っています。

今日は、Free JazzのピアニストUri Caineが率いるトリオ、URI CAINE TRIOがライブをするという事なので観に行ってきました。

会場はゲストハウスから歩いて5分の場所にある、Austurbaerという名の市民会館みたいなホール。Brixton AcademyやHammersmith Apolloがこのくらい家の近くにあったらどれだけ便利でしょうか。

会場は割りと年配の人が多くて、僕1人若いしアジア人だしで結構目立ってしまっていました。ごく普通の人達です。こんな前衛的な音楽を、この国の人は日常で聴いているのでしょうか。

Uri Caineと、ベーシスト、ドラマーがステージに登場します。Uriは大学の教授の様な雰囲気。

URI CAINE TRIOというと同名義のライブ盤「Live At The Village Vanguard」が有名で、僕も聴いた事があります。Jazzに於いてはギターは殆ど自発的に聴かず、持っている音源もピアノかホーンが多いですね。

「Live At The Village Vanguard」にも収録されていた「Most Wanted」でライブは始まりました。

2部構成の演奏を2曲、インターヴァルを挟んでさらに3曲。恐らく、完全に即興では無い筈ですがかなり偶発的な音の連続で、それとは裏腹に巧妙に咬み合う3者の演奏がそれはもう見事。

特にドラマーのBen Perowskyからは目が離せません。やはりJazzのドラマーは観応えがありますね。

アンコールで更に1曲、「Go Deep」。それにしても、何度も言う様ですが、普段からこの国の人達はごく自然にこんな演奏を聴きにライブに足を運ぶんでしょうか。

アイスランドの素晴らしさは、30万人という少ない人口にも関わらず多くの優れたミュージシャンを輩出しているという事。とにかく、この国には何かがあるに違いありません。



All The Weird
posted by Yoshitaka at 12:24| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary - Travel | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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