2007年06月22日

NEW ORDER解散

待ちわびたバンドから信じられないバンドまで、ありとあらゆるバンドが再結成をして新旧入り乱れたメジャーシーンが形成されている今、 ”解散” なんていう文字を見たのは実に久し振りな気がします。

THE SMITHSの元メンバー達の仲は悪くなる一方で、THE STONE ROSESもまた然りで結局再結成の話は消えてしまいました。

Manchesterの人達というのは、どうも気性が荒いというか、大人になれなくていけません。

NEW ORDERが解散を正式に発表しました。昨年観た彼等のライブは、最後のツアーになってしまいました。

信じられないくらい素晴らしいライブで、次ある時はManchesterに行って観たいなと思っていた程でした。

あの時僕は精神的に生死の境を彷徨っていて、そんな折に「Blue Monday」とか聴いていて本当にどうにかなりそうでした。

とは言え、実感がありません。解散の噂が常に絶えなかった彼等だけに。Bernard SumnerとPeter Hookの2人というのは、そんなに仲が悪いんでしょうかね。

未だに、「Love Will Tear Us Apart」や「Krafty」を聴くとあの時の心情が蘇る様です。

また何処かで会える事を願っています。


http://www.neworder.cc/






2005年、苗場。
posted by Yoshitaka at 21:40| Comment(2) | TrackBack(0) | Music News | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月19日

Cursed Dancer

OZZY OSBOURNEをまだライブで観た事が無かったなんて。Heavy Metalファン失格です。

しかしながら、Ozzy Osbourne自身を観るのはこれが初めてでは無いんですね。

2年前、BLACK SABBATHを観てしまっているんです。

ここ数年、産業と化したBLACK SABBATH、そしてOzzfestでの活動が主だった彼。Ronnie James Dioが期間限定でBLACK SABBATHに復帰しHEAVEN AND HELLという名義で活動を再開し、それと時を同じくしてOzzyも久し振りにソロ活動を再開しました。

そして、今回のEuropeツアーでは、前座にBLACK LABEL SOCIETYを従えています。という事は、Zakk Wyldeが一晩に2回、ライブをするという事です。よく出来ますねそんな事。ご苦労様です。

会場は昨日に引き続き、Wembley Arena。Wembleyは遠いので、やはりそれなりのライブを観に行くのでない限りはどうしても面倒臭くなってしまいます。

黒くむさ苦しく武装した人達で満員のアリーナ。この会場でスタンディングは久し振りな気がします。

ステージにはBLACK LABEL SOCIETYのエンブレム。Zakkを観るのは今回が初めて。前回のU.K.ツアーはLondon公演の日程がSYSTEM OF A DOWNのライブと被ってしまい、仕方無く諦めたのでした。

会場が暗転し、クラシカルなSEとともに登場したZakkとバンド。「New Religion」が始まりました。ZakkのギターはGibson Flying VのBullseye仕様。Zakkが持つと、Gibson Flying Vが異様に小さく見えます。

外見が汚いので、汚い音を想像していたのですが・・・。思いの外バンドの音が非常にクリアに聴こえて、バンドのイメージと違いました。

「Bleed For Me」も演奏してくれました。僕はこの曲と、この曲がオープニングの4thアルバム「1919 Eternal」が好きでよく聴いていました。元来このBLACK LABEL SOCIETYはZakkが自らのルーツであるSouthern RockとHeavy Metalの融合を試す為のバンドでしたが、この頃からそんな事は忘れてしまったかの様な豪快なサウンドが聴けます。恐ろしい事に1999年から昨年に至るまで毎年1枚のペースでアルバムを発表している彼等。

続いて、「Suicide Messiah」。丁度前述のツアーが行われた時の、2005年発表「Mafia」収録の曲です。このアルバムも気に入っています。忘れた頃にLYNYRD SKYNYRDのカヴァー「I Never Dreamed」なんかが収録されていたりして男臭いです。

以前、CHILDREN OF BODOMがRAMONESをカヴァーしていた時にも思いましたが、Heavy Metalだろうが何だろうが聴いてきている人は違うな、とさり気無く見せ付けられるのが素敵。

Zakkはほぼ曲毎にギターを替えていましたが、Gibson Les PaulのBuzzsaw仕様、Rebel仕様等は出てくるのにあの一番有名なGibson Les PaulのBullseye仕様が登場しませんでした。

そして、彼は曲の始まりに毎回必ず、天に向かって祈りを捧げます。僕には分かりました。あれは、亡き親友Dimebag Darrellに捧げられているのだと。

豪傑、という形容が実によく当てはまる、猛々しい容姿のZakk。そんな彼が、Dimebagの葬儀では泣き崩れて立てなくなってしまい、Eddie Van Halenに抱きかかえられて参列していたという光景は悲痛でなりませんでした。

Dimebagが生きていたら。

あれからもう3年が経とうとしていますが、何度そんな事を考えてしまったか分かりません。

ラストは「Stillborn」で締め。ギターは、Randy Rhoads Custom V。彼がこのギターを持つ姿は何とも滑稽ですが、Randy Rhoadsという男の存在もまた、彼が一生背負って生きていくと決意したもう1つの魂なのです。

オープニングアクトが終わっても、メインアクトでの出演が控えているZakk。しかもそれを、毎晩の様に、何ヶ月もする訳です。これは今回のツアーに始まった事ではありませんが、よく出来ますねそんな事。



Cursed Dancer 01



さて、続いてはOZZY OSBOURNEです。

両サイドのスクリーンに、映画の予告編を模した映像が映し出されます。「Full Monty」、「Matrix」等、Ozzyが演じる有名な映画のパロディー。Sharon Osbourneも登場して会場に笑いを誘います。

BLACK SABBATHを観た時もそうだったんですが、彼は長い前置きが好きみたいです。

そして、ようやくOzzy、Zakkが姿を現し、バンドが登場します。オープニングはどの曲だろうと考えていましたが、意外にも「Bark At The Moon」で始まりました。生で聴くOZZY OSBOURNEの曲は感慨がありますね。それにしても、Zakkのギターの音が先のBLACK LABEL SOCIETYの時よりも悪くなっていたのが笑えました。あのまま抜けの良い音で演奏して欲しかったのに。

動くOzzyを初めて観たのは2002年の来日公演の時。ライブには行きませんでしたがテレビでその時のライブを放映していて、違う意味で驚きを覚えたものでした。当時は現METALLICAのRobert Trujillo、元FAITH NO MOREのMike Bordinが在籍していて非常に豪華なメンツでした。Zakk、Robert、Mikeの繰り出す鉄壁のサウンドを背に、足元がおぼつかない様子で手を叩きながら細々と歌うOzzy。何だこれは、これがOzzyだったのか、と落胆したものでした。

それから更にアルコール中毒、怪我と災難を繰り返し、2004年にLondonで行われた聖火リレー通過記念ライブでは椅子に座ったまま歌い続けた彼の姿をテレビで観ていたりしたもので、Ozzyは僕の中で生ける屍の様な男として捉えられていました。ライブ盤「Live At Budokan」も何だか酷い出来でしたからね。

しかし、そんなイメージを見事覆してみせた2年前のBLACK SABBATH。あの時観たOzzyは、今までに観た事も無いOzzyでした。彼がカリスマとして君臨し続けた所以を知る事が出来る、本来の姿。

よくもあそこまで復活出来たなと驚いたものです。ですから、今回も安心していました。

続いて「Mr. Crowley」。Ozzyのヴォーカルも安定しています。しかし、よくZakkのギターに負けずにここまで来られたなと思います。本人は全く何も考えていないでしょうけれどもね。

ニューアルバム「Black Rain」からの「Not Going Away」を挟んで、「War Pigs」。BLACK SABBATHで聴いてしまっているので、OZZY OSBOURNEヴァージョンは何だか微妙に思えてしまいます。Zakkも素晴らしいギタリストですが、Tony Iommiを前にしては歯が立ちません。

その後も、「Dreamer」、「Road To Nowhere」、「Suicide Solution」と代表曲を立て続けに演奏するOzzy。ZakkのギターはRandyのスタイルを完全に踏襲していて、Randy時代の曲、もしくはRandyが演奏したBLACK SABBATHの曲のヴァージョンを忠実に守った上で彼なりのギミックを加味しています。今更僕が言う事ではありませんが、ライブアルバム「Tribute」収録の「Suicide Solution」で聴けるRandyのギターソロはとても人間の仕業とは思えません。未だにそれは思います。つい思い出してしまいました。

そして、「I Don’t Know」が始まりました。リフに余裕のあるこの曲では、Zakkが暴れ放題。彼の金属が軋む様なギターソロも僕は好きですよ。

Ozzyは特に何を話す訳でもなく、挨拶だけを交わして黙々とライブを進めます。

「Here For You」、そして続く「I Don’t Want To Change The World」で何と、本編が終了してしまいました。取り残されてしまったかの様なオーディエンス。それまで盛り上がっていたのに、何だか白けてしまいました。

オーディエンスのアンコールを求める声が切実に聞こえました。

そして、再び現われたOzzy達。「Mama, I’m Coming Home」で始まったアンコールは、「Crazy Train」で佳境を迎えます。僕はギターを手にして、今まで何度この曲を演奏してみた事でしょうか。そして、こういう曲というのは忘れてしまうという事がこの先あるのかというくらい、僕の体に染み付いてしまっています。IRON MAIDEN然り、METALLICA然り、未だにこういうバンドをむきになって観てしまうのは成長が無いと言ってしまえるのか、基本を忘れていないと言っていいのか。複雑です。

そして、「Paranoid」です。やはりそうなんですね。そして、今夜のライブはこれでおしまい。

本当にそれで終わってしまいました。「Miracle Man」は、「Tattooed Dancer」は、「Perry Mason」は・・・。聴きたい曲がまだたくさんあったのに、終盤は「I Don’t Want To Change The World」とか「Mama, I’m Coming Home」とかどうでも良い曲ばかり演奏されて不服でした。彼なりにバラードは必要なのでしょうか。確かにBLACK SABBATHでも「Changes」は必ず演奏されますけれども。

初のOZZY OSBOURNEのライブは、やはり僕の中にあるOZZY OSBOURNE像の通りのものでした。刹那的に格好良いところも、不完全なところも全て。

そして、今年の11月は、ここWembley ArenaでHEAVEN AND HELLと対峙します。



Cursed Dancer 02
posted by Yoshitaka at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | Diary - Live Review | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

またしても異国の地で再会

グラフィックデザイナー、バレエ評論家に引き続いて、またしても高校の友人がLondonに住む事になりました。今度は後輩です。Gibson Les Paulを手にしたのは彼の方が先でした。そこまで言えば誰か分かりますかね。

そして、もう1人、小学校と中学校が一緒だった同級生とも再会しました。中学1年の時、とある件で先生に呼び出され、部活の無期限停止を言い渡された仲です。懐かしい話題をどうもありがとう。

2人共、この春から留学して来ているのですが、Londonでこうして再会するのはとても面白いですね。特に高校の友人と再会するのは、実にこれで5人目です。

2人共、これからひとつよろしくお願いします。

それはそうと、僕がLondonにいる間に来る、と言っていた人に限ってまだ誰も来ていないのは気のせいでしょうか。もうこれが最後のチャンスですよ。
posted by Yoshitaka at 10:20| Comment(6) | TrackBack(0) | Diary - Daily Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月18日

Given To None

MUSEは、今回も本当に素晴らしいライブをしたんです。

前回と比べる事が全てだとは思いませんが、それでも観た後はMUSEのことが頭から離れませんでした。

しかし、僅か2日後のこの日、そんな考えを含め、あらゆる思考が停止してしまったのでした。

Wembley Stadiumを横目に、今度はまた馴染みのあるWembley Arenaへ、何年も待ち望んだとあるバンドを観に行きました。

そのバンドは、とある事故が原因で、長い間Europeから遠ざかっていました。しかし、昨年の夏、突如としてReading Festival 2006のヘッドライナーを務め、それを足掛かりに昨年から今年に掛けて遂に待望のEuropeツアーが行われる運びになったのです。

Grungeという時代がありました。Kurt Cobainという男がいました。もう15年近く前の事です。

そして、現在。Grunge不毛の地と呼ばれた日本で、未だに武道館でライブをするKurtの同胞がいます。彼等はデビューまもなくして数々の記録を塗り替え、世界中で、今や若くしてTHE ROLLING STONESやU2らと肩を並べる存在になってしまっています。

僕の友人達も、今夜のライブをかなり楽しみにしていました。しかし、発売日に一斉に買ったにも関わらず、周りでスタンディングのチケットを取れた人は1人もいませんでした。その理由は後日分かる事になるのですが、あの広いWembley Arenaのスタンディングチケットを、何と全てファンクラブ会員用に用意していたというのです。

PEARL JAM。音楽に関わる様になってもう随分と経ちますが、未だに得体の知れない存在に対峙する時には観るこちら側が緊張してしまいます。

まず会場に入って驚いたのが、ステージです。楽器、スピーカー類以外、何も無いんです。バックのスクリーンも無く、照明もごく普通のもの。裸のステージです。

何というか、会場の外も中も、いつもと違う空気で。今から始まる何かの始まりを皆が察知し、いつもよりどこか落ち着かない、そんな感じ。

開演時間、結局ステージにはやはり楽器とスピーカー類のみ置かれたままで、メンバーが登場します。

青い照明だけで照らされるステージの上。最後にEddie Vedderが登場し、ライブは静かに「Long Load」で始まりました。静かな曲だからなのかも知れませんが、まだその落ち着かない空気はそのままに、始まった筈の始まりをまだ待ち構えているかの様なオーディエンス。メンバーたちの上半身がかろうじて分かるかという程の、暗い会場。

続くニューアルバム「Pearl Jam」からの「Severed Hand」が、ようやくライブのオープニングの様な聴こえを持ってオーディエンスと共に今夜を祝福します。本当に、長らく彼等を待ち続けたEuropeのファンにとってはかけがえの無い瞬間なのでしょう。

これ程の世界的なバンドがEuropeから暫くの間離れていた理由。それは、7年前DenmarkでのRoskilde Festival 2000で起こってしまった悲劇が原因でした。9人ものファンが、PEARL JAM目掛けて殺到したオーディエンスの下敷きになり、窒息死してしまったのです。この事故に対して、彼等は引退を考えるほど悲しみに暮れてしまい、結果、程なくして活動を再開するも感情的な理由もありでEuropeでの活動からは遠ざかってしまっていたのでした。

今夜のセキュリティーは、いつものライブとは違い機動隊の様に武装したガードマン達がアリーナ前列に待機していました。それはもう異様と言うか、物々しい雰囲気で観る側も怖くなってきます。

「Grievance」、「Comatose」と、攻撃的な曲を続けて演奏します。Eddieは一言くらい挨拶を交わした程度。スクリーンも無く、特殊効果も一切無し。Rockの黎明期と比べ演出効果も見違える程進化した今この2007年にライブをしているという事の利点を一切排除した、非常にプリミティヴなライブ。

今まで数え切れない程の素晴らしいライブを観てきました。そのどれもが比べ難く、ある時から僕は自分の中で順位付けする事を止めてしまいました。無意味だからです。例えば、昨年観たTOOL、RADIOHEAD、SIGUR ROS。この3つに、どうやって順位を付けたらいいのか分かりません。

しかし、今夜のPEARL JAMはまるで次元が違いました。TOOLも、NINE INCH NAILSも、MUSEも、完全に記憶の外に追い遣られて、頭の中に完全な支配を布きました。

その姿はまさに、Rockが世界を変えられるかも知れないと信じられていた、40年前のRockバンドそのものでした。あの頃のTHE ROLLING STONESやTHE WHOのライブというのは、こういうものだったに違いありません。未開拓の未来に向かう民衆の先頭に立っていた、あの頃のRockバンド達。

「Given To Fly」、「Low Light」、「Green Disease」・・・。他の曲も挟みつつ、5thアルバム「Yield」からの曲が続きます。Eddieは常にワインのボトルを持ってステージに立ち、曲が終わる毎に一口また一口と飲んでいます。そうする必要が、いつの日からか彼には身に付いたのでしょう。

彼等の演奏は、戦慄そのもの。いや、正確に言えば、オーディエンスの相手はEddieに任せて、残りのメンバーはドラムセットを囲んでただ演奏を楽しんでいる様に見えました。

MCも殆ど無く、曲が終わればまた次の曲。限られた時間の中で、できるだけ多くの曲を演奏して聴かせようとする彼等は、他のどのミュージシャンよりも誠実に見えました。

その姿に、ただ見とれて、拍手も何も出来ずにいる僕。PEARL JAMがこれ程のものを持つバンドだとは、恐れ多くも知りませんでした。

後半、「Why Go」、そしてラストに「Porch」と1stアルバム「Ten」からの曲が聴く事が出来ました。近い様で既に遠くなってしまった、Grungeという時代の曲。NIRVANAとPEARL JAM、そしてKurtとEddieは犬猿の仲として知られ、公私一貫して互いを批判していました。しかし、Kurtの死に誰よりも悲しみを表したのは、Eddieでした。つい昨年のインタビューでも、EddieがKurtの事を回想していた様に、軽蔑し合いながらも同じ境遇にいる事を何処かで認識していたのかも知れません。Kurtが亡くなって、もう13年。Eddieが背負うものの1つとして、今も彼の影は何処かでEddieを見つめているのでしょう。

いつまで続くのかと思われたライブも、終わりに近づいてきた様です。

アンコールに応えて、「Inside Job」から再び演奏を始めた彼等。PEARL JAMの場合、ライブに於いて ”演奏しなければならない曲” が無いというのが特徴です。どんなバンドでも、ライブで必ず演奏される曲というのが大抵あって、それ無しにはオーディエンスを満足させる事が難しいというのが常。しかし、このバンドにはそういうものが全く無い様に思います。

ですから、本来ならば今夜に何かを期待する事はおかしい事なのです。しかし、ギタリストのStone Gossardが ”この曲を1人きりになってしまったMarky Ramoneに捧げる。” と言った後に「Alive」のイントロを始めた時には、さすがに例え様の無い感動に襲われてしまいました。

解放、そして民主主義を唱える媒体として昔から用いられてきたRockという音楽。その音楽はやがて産業となり、指導者達は迷える若者の代弁者という宣伝を掲げたままで裕福層に成り下がりました。

PEARL JAMは、この15年以上の時間を自らの名声を消す事に費やしてきました。あらゆる商業的なアプローチを嫌い、まだRockが誠実であった頃の空気を蘇らせようと孤独な戦いを続けてきた彼等が得たものは何だったのでしょうか。ここに集まった9000人のオーディエンスがそれを証明してくれている様な気がします。

2度目のアンコール、まだ書き上げたばかりだという新曲「No More」を披露。そして、George Bushに対する批判をしたためた「Bushleaguer」、ここからが凄まじかったです。ようやくニューアルバム「Pearl Jam」の先行シングル「World Wide Suicide」が演奏され、そしてその後、客席の照明が一斉に点いて今夜はこれで終わりかなと思った矢先、怒号の様に始まったNEIL YOUNGの「Rockin’ In The Free World」。まるでデビュー間もないMC5かIGGY AND THE STOOGESを観ている様でした。訳の分からない、でもとにかく凄まじいギターリフ。旋律と言うより、ただの音の塊。こんな音を出せるバンドが、まだいたんですね。会場の照明が全て点けられている状態での演奏は、まるで野外のフェスティヴァルにいる様でした。原曲の持つものもさることながら、この曲を演奏するPEARL JAMの何と素晴らしいことか。

今更ながら、気付いた事。本当に、口に出すのすら憚られる様な恥ずかしい事なのですが。

音楽に触れている瞬間、全てを忘れていられるという事。辛い過去も、身辺の事も、家族の事も、全て。だから僕は、今までこうして生きてきたし、これからもこうして生きていく事しか出来ないのだろう、という事。

そして、これを持続させるのだとしたら、やはり僕は、このオーディエンスから抜け出していかなければいけないのかなと思ってしまいました。

嬉しい事にまだライブは終わらず、本当のラストに2ndアルバム「Vs.」から「Indifference」を演奏し、始まった時と同じ様に静かに今夜のライブは終わりを迎えました。

これは時代の始まりか、革命か。こんな事を何年も、毎晩の様にやっている彼等は、一体何者なのでしょうか。

 ”Get drunk some more.” 

そんな事を考えている折、相変わらずワインのボトルを持ったEddieが退場間際に口にした言葉。

利己的ですみません。

でも、僕はどうしても、Eddieを見つめる自分の居場所がこのままではいけない様な、そんな気がしてならないのです。



Given To None
posted by Yoshitaka at 23:59| Comment(4) | TrackBack(0) | Diary - Live Review | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月16日

Time Is Ragging Out

今日は朝から妙な天気でした。

晴れているのに断続的にスコールが降り、会場のWembley Stadiumに辿り着くまで何度も雨に見舞われました。

そう、Wembley Stadium。今までは隣にあるWembley Arenaにライブを観に行く際に前を通り過ぎるだけだった、Wembley Stadium。

僕がLondonに来た当初から、少しずつその出来上がっていく過程を見守ってきました。本来の予定では昨年、THE ROLLING STONESがそのこけら落とし公演を行う筈が、工事の遅延によって今年まで持ち越される事に。

本当は、今日ここにいる予定ではありませんでした。それが、何かの縁で僕は今日、ここにいます。

MUSEが今日、このWembley Stadiumでライブをします。

3年前、Earls Courtで観たライブがあまりにも素晴らしく、その ”聖なる一回性” を守る為に、もう2度と観ないと決めたMUSE。

あの時、間違い無くMUSEはRock界の頂点にいました。それはまるで宇宙全体が、Matt Bellamyの手中に在るかの様に。あの時のMUSEを知っている人は、誰もが僕の言わんとしている事を理解してくれると思います。

Wembley Stadiumは、とてつもなく広い。U2やTHE ROLLING STONESを観たTwickenham Stadiumのキャパシティーが5万人だったのに対し、Wembley Stadiumは9万人。しかもMUSEはこの9万人分のチケットを即日で完売させ、翌日に同会場で追加公演をする事を発表し、更にそれも完売させました。

ステージセットはU2やTHE ROLLING STONESのそれ程では無いにせよ、パラボラアンテナに似せた照明塔と謎の球体が点在していて、かなりスケールのあるもの。

観る前から確信していた事。MUSEは未だに凄い存在。ただ、あの時とは違うバンドになってしまった。

午後9時、ライブの開始を告げるSEが始まります。この国ではこの時間はまだ日も沈む前で、まだ随分明るいです。そして、アリーナ中央部分からスモークと紙吹雪。そこから出てくる訳ですね。ジャニーズのアイドルかもしくは全盛期のWHITESNAKEみたいです。

セキュリティーに囲まれ、歓声にまみれ、ステージへ向かう3人。まだ明るいうちからライブを始めなければならないフェスティヴァルやスタジアムでのライブは、暗転の後に効果的な照明効果と共に登場という演出が使えないので、どのミュージシャンも工夫を凝らさなければなりません。

ちなみに、同じ様な状況下で、昨年のDownload Festival 2006で1日目のヘッドライナーを務めたTOOLは完全に開き直って普通に登場し、2日目のヘッドライナーを務めたMETALLICAは強引に日が暮れるまでオーディエンスを待たせ、3日目のヘッドライナーを務めたGUNS N’ ROSESは過剰なスモークと照明で姿をくらませながら登場という、まるでホトトギスを巡る織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の様な3者3様の登場をしていました。

3年前に観たEarls Courtでのライブではその姿がまるでRick WakemanだったMattですが、今夜は矢沢栄吉でした。やはり彼にはロングコートが似合います。

オープニングは予想に反しての「Knights Of Cydonia」。個人的に幻想的な始まり方を期待させるMUSEですが、前回もLIGHTNING BOLTのカヴァー「Dracula Mountain」から「Hysteria」へというオープニングだった様に、結構アグレッシヴな始め方を彼等は好んでいる様です。

そして、新曲から定番曲へというライブのオープニングに於ける王道パターンを守り、「Hysteria」へ。前回のライブでは、僕はこの曲のイントロを聴いて窒息しそうになりました。今回は2回目という事で、興奮はするものの冷静に観られます。

4曲目、「Map Of Problematique」が始まった時です。

来ました。3年前と同じものが。

これが言葉で説明出来たら、僕は音楽を辞める事が出来ます。

この曲はニューアルバム「Black Holes And Revelations」の中でも特に惹かれた曲です。「Origin Of Symmetry」、「Absolution」からの移行を組んでいるドラマチックな構成、そして、宇宙の中での孤独を代弁した歌詞の世界。DEPECHE MODEの作りそうな曲ですね。Mattも見た目からして間違い無くDEPECHE MODEのファンでしょうから。

「Butterflies & Hurricanes」、そして続く「Citizen Erased」が、僕に前回の出来事をフラッシュバックさせます。

非常識で極端。破壊的で何処までも美しい。

僕が前回のライブを観た後で彼等を形容した言葉です。今の僕がなかなか言葉を見付けられず苦戦して書いている中で、当時の僕が知っていました。

Mattがピアノの前に座ります。感動的な「Hoodoo」、この曲はライブで化ける曲ですね。そして、前回は聴く事が出来なかった「Feeling Good」を挟み、「Sunburn」へ。この曲での反応でオーディエンスが分かれる所だと思っていたのですが、皆一様に歓声を上げていたのが意外でした。

スタジアムでのライブでもあるし、やはり小回りの利いたライブにする事が難しいのでしょうが、MUSEやRADIOHEADの場合、ライブでは曲そのものの余韻があまりにも凄まじい為、曲間は少しあった方が丁度良いのかもと思いました。

何かを伝えようとする映像と共に始まった「Invincible」。「Knights Of Cydonia」もまた然り、これらの曲の歌詞は「Absolution」までのMUSEからは想像も出来ない程人間臭い。それだけ、Mattが地球上での出来事に目を向けなければならない程までに世界が腐敗してきているのかも知れません。とにかく、Mattが地に足を付けてしまったのは確か。あの映像の内容にも、驚くばかり。それこそU2みたいで、全くMUSEらしくありません。

続いて、「Starlight」。この歌詞も、視点が随分下の方なんですよね。「Take A Bow」とセットでオープニングに聴きたかったです。

THE SHADOWSのカヴァー、「Man Of Mystery」を披露するMatt。HANK MARVINはFender Stratocasterの50周年を記念するライブで観た事があります。今更ですが、Mattも相当な広さのバックグラウンドを持っているのでしょう。

そして、カヴァー曲を披露した後は、前回と同じセオリーであれば、あの曲が始まります。

前回も、LED ZEPPELINの「Heartbreaker」をカヴァーした後に、あの曲が始まった様に。

予想は当たりました。「Time Is Running Out」です。

時折、分からなくなっていました。自分が2007年のWembley Stadiumにいるのか、2004年のEarls Courtにいるのか。この曲の持つユニティーというのは計り知れません。

その後に「New Born」が続き、華やかに本編は終了しました。

やはり、MUSEは別のバンドになっていました。それは良い意味でも悪い意味でも無く、彼等が生き残る道を選択した場合、この道しか無かっただけの話で。

「Soldier’s Poem」で始まったアンコール。これもまた、随分と人間的な歌詞の曲ですよね。しかし、次は「Unintended」へと繋がり、またも意外なところで初期の曲を聴く事が出来ました。その後に「Blackout」、そして、待ちに待った「Plug In Baby」へ。この曲でオーディエンスが一体となって合唱している所を見るに、そこまでニューアルバム「Black Holes And Revelations」でミーハーなファンが付いてしまったことを憂う必要は無かったのかもと思いました。

日本だけでなく、彼等の事をMY CHEMCAL ROMANCEやARCTIC MONKEYS等と同列で語る愚かな連中はこの国にも多くいます。

ただ、何も今の彼等だからこそこのWembley Stadiumでライブを行う事が叶ったという訳では無い様な気がしました。2004年の時点で、もしこの会場が完成していたとすれば、その時点で彼等はこのステージに立っていたでしょう。

9万人ものオーディエンスがここから一斉に地下鉄やバスで帰路に着くとなると、完全に交通が麻痺してしまう恐れがあります。そんな訳で、今日はこの辺で終わりなのでしょう。時間も時間ですし。

しかし、MUSEはそんなLondonの交通がどうなろうとそんな程度の事には動じない素晴らしいバンドでありました。

2度目のアンコールは、「Micro Cuts」から。そして、「Stockholm Syndrome」へとカオスは全てを包み込み夜の中心を手繰り寄せます。

 ”We’re the first act who played at Wembley fuckin’ Stadium.”

Mattはそう宣言しました。丁度1週間前にこけら落とし公演を行ったのはGEORGE MICHAELでしたが、先に発表されたのはMUSEの方で、GEORGE MICHAELは権力に任せて直前になって割り込んだ形でした。MUSEも彼等のファンもこれを全く相手にしない様子で、MUSEの名前をこの会場の歴史に刻む事を譲りませんでした。

全てが揃っている状態と、何も無い状態は表裏一体の様に、カオスを生み出す事に関して、小さなライブハウスで念仏を唱えるかの様にするライブも、このように広い会場でありとあらゆる照明、演出を用いてするライブも変わらない気がします。とりわけこのMUSEは、そういう事を熟知しているバンドです。

ここまでの数のオーディエンスの前に立たされるのは、並大抵の事では無いと思います。しかし、MUSEは若くしてそれを利点に持ち込む術を知っていました。

MUSEのライブには、10代の若い子ども達からリアルタイムでLED ZEPPELINやBALCK SABBATHを知っていた世代の人達まで、実に様々な年齢層の観客が観に来ていました。

アメリカ人とイギリス人が世界の両側から10年掛けて駆除してきた様式美を、いともたやすく復活させ、それを再びメジャーシーンの軌道に乗せてしまったMUSE。THE BEATLESの登場、そして、20世紀を代表する発明品と呼ばれたRockとは、一体何だったか。それを今一度分からせる為に彼等がここにいるのだとすれば、もう今ここでRockが終わってしまっても構わない。

Rockを終わらせる為に・・・。それは、遥か昔僕が抱いた野望でもありました。

そして、僕がよく高校生の時に周りに話していた ”METALLICAとRADIOHEADが一緒になったら” というバンド、恐らく今夜、目の前にいたのでしょう。

ラストになってようやく演奏された、「Take A Bow」。始まりを告げるものと終わりを告げるものもまた、表裏一体なのでしょう。

動き始めたパラボラアンテナ、上空へ移動し始めた球体、色とりどりの照明・・・。ありとあらゆるものが意思を持った生き物の様に会場全体を彩り、全てを取り込んでしまおうとする様は、全てが生み出される前の何も無い状態と本質的には同じなのでしょう。

1972年のLED ZEPPELINと1977年のLED ZEPPELINが全く違う様に、2004年のMUSEと2007年のMUSEも違うバンドでした。

そして、今回のMUSEの姿によって、より前回のMUSEのプリミティヴな部分が明確になり、神格化されました。デカダンスとエクストラヴァガンザの中間に位置した、またと無いタイミングに彼等を観る事が出来たのです。ただ、ほんの彼等の目的地へと向かう行程の途中だった筈のそれが、僕という個人にとってのとてつもない異世界を生み出してしまっただけの話で、僕の求めるMUSEとMattの求めるMUSEは絶対に違っている筈なのです。

王子は、王になられたのです。

永遠に続くかと思われた ”宇宙を彷徨う地球の孤独の代弁者” という肩書きを捨て、遂に人間界へと降りてきたのです。

では、結果として、前回と比べてどうだったのか。

まず、MUSEは駄目になった、という発言は撤回します。

でも、ごめんなさい。僕の中ではどうしても前回を超える事は叶いませんでした。でも、思い出を汚されたかというと、決してそんな事はありません。人によっては今回のツアーの方が出来が良かったと思う人もいる筈です。それはあくまで、彼等に何を求めるかの違いであって。

彼等は単に、僕の閾値をかすめて去って行っただけだったのですから。



Time Is Ragging Out
posted by Yoshitaka at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | Diary - Live Review | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月11日

財布の中身

旅行から帰ってくると、財布の中身がえらいことになっていました。直前にParisにいたのでユーロもそのまま残っていて、途中から入れ替えがどうでもよくなってしまって広げてみるとこんな感じ。

ていうか、日本でよく会う友人は知っている事なのですが、日本に久し振りに行って店で買い物する時、 ”1050円” とか会計で言われて一瞬焦るんですよね、通貨が円であることを忘れて。1000ポンドは20万円ですからね。

そうしたら今度はソウルで指輪を買って ”4万ウォン” とか言われて焦る始末。元理系なのに計算が苦手。

左上から横に、U.K.ポンド、ユーロ、韓国ウォン、日本円、香港ドル。香港ドルのレートがあまり頭に入っていなくて、空港で1万ドル (約15万円) を引き出そうとして寸前で間違いに気付き焦りました。



Saifu No Nakami
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2007年06月10日

香港 Lost In Translation 状態

今回、日本に来る際に利用した航空会社は、Cathay Pacificでした。という事で、香港で乗り換え。しかし、僕の便は何故か台北でも乗り換えで、香港では何と乗り換える間の時間が9時間も。それならば、と思い、現地にいる友人達に連絡して久し振りに会う事になりました。

朝、ソウルを出発して、台北経由で香港に到着しました。飛行機を降りるなり、襲い掛かる暑さと湿気。日本の夏も相当なものですが、香港は・・・。ここまで暑い場所に来た事があったでしょうか。南の方にあるだけで無く、高度に発達した都市である事も原因でしょう。体に悪そうな、夏の名古屋の暑さに似ています。

香港の空港は噂に聞いていましたが、とにかく広い。発着ゲートから敷地内に敷設されている鉄道に乗って入国審査場へと向かいます。



Hong Kong 02



税関を抜けて、迎えに来てくれていた友人達に無事会う事が出来ました。Birminghamの大学にいた彼女達に会うのは約2年振りのこと。

先導されるがままにバスに乗り、中心街へ。バスの窓から見える全てのものが新鮮。ビルの群れ、山、海、そして、あの有名な九龍城砦の名残の様な、古くて恐ろしげな建物まで。東京、ソウル、London、Glasgow、Paris、Roma・・・。僕が今まで旅をした経験から、都市とはすなわちカオスであるという見方が備わってきましたが、これ程のカオスの中に足を踏み入れたことは未だかつてあったでしょうか。

九龍に着き、バスを降りると周りを見回す暇も無く何処かに連れて行かれ、入って行ったビルの上階の方で点心を食べました。友人によると、ここは英語のメニューが無い、つまり、現地の人しか入れないレストランらしいのです。特別な計らいをしてもらえました。対岸の香港島を見渡す窓際の席をわざわざ選んでもらい、何だか凄い待遇の中、絶品の点心を頂きました。本場は違いますね。



Hong Kong 01



食事を済ませて、次は香港島へ向かいます。何せ9時間だけの滞在なので、それを見越していろいろ考えてくれたのでしょう。実に無駄の無い動き。



Hong Kong 03



ピークトラムに乗ってVictoria Peakを目指します。このピークトラムという乗り物がまた凄まじい乗り物で、見た目は普通の電車なのですが恐ろしい傾斜をものともせず登っていきます。



Hong Kong 04



その頃にはもう日が暮れてきて、あたりが暗くなり始めていました。

香港には100万ドルの夜景がある、と昔からよく言われていますが、それをようやく目にする事が出来ました。いくら人工の物とは言え、綺麗ですね。



Hong Kong 05



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夜は有名なワンタンメン屋に連れて行ってもらいました面の種類が選べるのですが、僕は日本のラーメンに近い黄色い麺を。でもこれ、あまり現地の人は食べないそうなのです。初めて知りました。



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食事の後は中環辺りを歩いて見物しました。九龍の方がより香港らしかったかなと思います。次に来たときはいろんな場所を散策してみたいです。何にしても9時間というのは短過ぎます。



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夜10時近くになり空港に戻る事に。結局、みんな見送りに来てくれました。僕の身辺の事は何も話さずに終わりましたが、何処か悟っていて僕を励ましてくれている様にも思えました。

元気で。また来ます。みんな集まってくれて、本当にありがとう。姐さん達は相変わらず騒がしくて素敵です。次はマレーシアの姐さんも呼びましょう。

こうして、ようやくLondonへの帰路に着いた僕でありました。



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posted by Yoshitaka at 03:30| Comment(2) | TrackBack(2) | Diary - Travel | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月07日

ソウル Love At First Sting 状態

本当は7月辺りに来て欲しい、と言われていたのですが、わざわざ日本まで行って寄らないとはむごいだろうと思いまして。

みんなのアイドル、ヘヨンちゃんに会いにソウルに行って来ました。

そして、ごめんなさい。生涯15カ国目にしてようやく隣の国、韓国に初めて来ました。

嫁が常に僕に向かって、韓国は退屈だ、ソウルは退屈だと愚痴をこぼしていて、お陰で何だかつまらなそうなイメージを植え付けられがちでした。

宇宙基地の様な仁川国際空港に降り立ち、税関を通り抜けると、そこにはもう嫁が待っていてくれていました。随分長い間会っていなかったつもりでいましたが、3ヶ月振りの再会です。



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日本からの土産は何が欲しいかと訊いたら、 ”午後の紅茶” という返事が返ってきたので、中部国際空港で出国審査を通り抜けた後、売店で大人買い。 ”これ全部私が飲むからね” とはしゃぐ嫁。

僕と同じく随分髪を短く切っていました。それでもまだ僕の方が少し長いかも知れません。

そして、ですね。初めてのソウルな訳ですが・・・。まず、食事。焼肉は後回しという事で訳も分からず連れて来られた仁寺洞という繁華街。何やら行列が出来ている店に並び、回転が早いのかすぐ席に付けて、気が付いたらメニューが決まっていて、気が付いたら目の前に料理が次々に運ばれて来て、いただきます。



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美味しい。Londonで何度か韓国料理屋に行った事がありましたが、本場はやはり比べ物になりません。中でも特に、生の沢蟹をコチュジャンに漬けたものがとても美味しかったです。そして、これだけ食べても500円程度。安い。

今日は丁度何かしらの祭りが行われていて、人手が凄かったです。屋台が並んでいて、何か見つける度に買うのですが、何を食べても美味しい。



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有名な南大門市場に向かいます。



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凄い数の店、屋台の中を歩いていきます。下町の様なこういう場所は、活気があって凄く好きです。ここはあまり清潔では無い、みたいな事をソウルに来た事がある友人から聞いた事がありましたが、それは日本が気持ち悪い程清潔過ぎるからそう見えるだけです。



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ここは眼鏡が安くて有名な所らしく、世にも珍しい ”眼鏡屋の客引き” に遭いました。 ”お兄さん、レンズ付き、3000円、見てくだけ・・・”

ここでは、太刀魚を唐辛子のスープで煮た食べ物が美味しかったです。



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ちなみに、嫁はこの食べ物の辛さに悪戦苦闘していました。本当に韓国人でしょうか。

続いては、景福宮。嫁曰く、ここにある建物は名前が違うだけで面白くないという事でしたが、日本にある様で無い極彩色が綺麗。



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広い敷地に広がる池や様々な建物も優雅な雰囲気で、落ち着いた気分にさせてくれます。



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漢江のほとり。たくさんの人がくつろいでいました。それにしてもこの街、何処に行ってもカップルが異様に多い。



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あと、1口で気に入って街で見つける度に買って飲んでいたのがこれ、米のジュース。韓国の米のジュースというと、もう1つ有名なものがありますが、あちらは本当に米が入っていて癖のある味、こちらは豆乳の様な甘い味がします。



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夜は、東大門市場から繁華街、明洞へ。しかし、夜遅くまでどの店も開いていて、人も絶えず行き来していて本当に面白い。



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ちなみに、嫁はここ明洞で道に迷っていました。本当に韓国人でしょうか。

この国に来てからというもの、とにかく何を食べても想像を遥かに超えた美味しいものばかりだったのですが、その中でも特に美味しかったのがこれ、明洞餃子。



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餃子とありますが様はワンタンメン。うどんとラーメンの中間くらいの麺と、鶏がらが利いた薄味のスープ。そして、何が凄いかって、替え玉、スープ、キムチ全部おかわり無料なんです。麺類を主食とする僕の人生の中で、これはかなり上位にランク・インされる事でしょう。

次にソウルに来た時も、これだけは絶対に食べなければなりません。

それにしても、ソウルがこんなに楽しい所だとは・・・。一目惚れ状態です。こんなに日本の近くにあって、今まで来た事が無くてごめんなさい。

ていうか、名古屋から飛行機で1時間30分というのは有り得ない近さですよね。いや、それは僕の頭の中での基準が ”Londonまで12時間” というものだからかも知れませんが。

次は、同居人達も連れて来たいですね。嫁も喜ぶことでしょうし。



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posted by Yoshitaka at 23:54| Comment(12) | TrackBack(0) | Diary - Travel | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月05日

Slacker Train Blues

良くも悪くも、Rockというのは生ものであり、バンドがライブをするとなればその日の出来が安定しないのも当然の事。予め曲目、つまりセットリストも配られる訳では無く、予定調和というものが忌み嫌われる世界。始めの1音目が聴こえてから終わりの音が止むまで、何が起こるか予測が付かない世界。Classicのコンサートを聴きに行くのとは訳が違います。

今日は、もしかしたら地球最後のRock ’N’ Rollバンドになるかも知れないとある有名なバンドのライブを観に行きました。

VELVET REVOLVERです。元GUNS N’ ROSESのSlash、Duff McKagan、Matt Sorumと、元STONE TEMPLE PILOTSのScott Weilandが集まって結成された夢のバンド、という説明は3年程前に飽きる程目にしたかと思います。

暫くの間、静かに身を潜めていた彼等でしたが、この度ニューアルバム「Libertad」発表に先がけて待望のワールドツアーを開始しました。

僕がVELVET REVOLVERを観るのは、これで4回目。1回目に観た時は、それはもう世界中が注目する中行われた初めてのU.K.ツアーでのLondon公演でしたから、期待も半端ではありませんでした。しかし、その割には、というのが正直な感想で、取り敢えず生のSlashを拝むという長年の夢が叶った事で良しとしました。

2回目は、初のU.K.ツアーから僅か4ヵ月後に行われた2度目のU.K.ツアーでのLondon公演。どうしようか迷った挙句、やはり ”Slashが観られる” という理由で買ってしまったチケット。しかし、この4ヶ月で恐ろしいまでに化けてしまったバンドを目の前に、僕の考えは180度変わったのでした。

この違いは、Scottによるものでした。

1回目に観た時はどうしてもその存在がネックになって、もしも当初の予定通りJosh Toddがこのバンドのフロントに就いていたら、と想像してしまう始末。しかし、2回目はこのScottが化け物になっていて、バンドもそれに感化されてか非常にタイトかつ危ない演奏を繰り広げていました。この2回目の彼等のライブが忘れられず、来る度に観てしまう僕。

ちなみに、3度目はOzzfest 2005でのライブで、その他のラインナップはTHE MAD CAPSULE MARKETS、ANTHRAX、そして、BLACK SABBATHというかなり凄いメンツが揃っていました。

今回のライブも、1回目、2回目と同じくHammersmith Apollo。そして今回は、初めて1階のアリーナのチケットを取る事が出来たんです。

開園時間を暫く過ぎ、赤い照明がバンドの登場を告げます。本当に少し待っただけです、 ”本家” に比べたら。

オープニングはニューアルバム「Libertad」から「Let It Roll」。分かると思いますが、オープニングに発表前の新曲を持ってくるのはかなりのリスクを伴います。予想通り、いまいちの反応。観る側としても、難しいものです。

あと、ですね。断言します。

やはり僕が今までライブで観た中で一番かっこいいギタリストは、Slashです。

Pete TownshendやJoe Perryだと言う時期もありましたが、Slashです。ここに明言しておきます。

僕はSlash側のストール前方に陣取っていました。今日のSlashは始めからシルクハットを被っていました。世界広しと言えども、シルクハットを手に取って被っただけで5000人のオーディエンスが歓声を上げる人を僕は他に知りません。

そして、もちろん上手にはDuff、後方にはMattも。かっこいい・・・。自分もこんな40代になりたいです。切実にそう思います。

「Do It For The Kids」、「Sucker Train Blues」と続きます。これこそ定番でつまらないのかも知れませんが、やはり「Sucker Train Blues」で始まる彼等のライブは攻撃的で好きでしたね。

今日は何故かバンドのグルーヴがうまく決まっていない様子で、この「Sucker Train Blues」でようやく持ち直した感じ。まだ新曲も実験段階なのでしょう。

「The Last Fight」、「She Mine」、聴いた事の無い新曲が続きます。かっこいいのはもちろんですが・・・。当たり前の様にオーディエンスに求めるバンド。これでは1980年のMICHAEL SCHENKER GROUPの初来日、武道館公演と一緒です。例えが古くてすみません。

感動的な「Fall To Pieces」を挟み、新曲が続きます。嫌いではありません。むしろ、彼等にレパートリーが増えた事は素直に嬉しいですし

ただ、どうしても今回のライブは、まだその感触を彼等自身が手探りで掴もうとしている段階の様で、曲間も目立ち、ScottのかっこいいMCも何だかフォローの様に聴こえていまいち。

それでも、ステージ前方にScott、Duff、Slashの3人が並んで演奏する姿は無条件にかっこいい。この険しい世界で頂点を極めた男達しか醸し出せないオーラが湛えられていました。

本編ラストの、「Set Me Free」。これがまた壮絶で、どうしてこれを始めからやってくれなかったのか、と。今夜、彼等が本気を見せ始めたのはこの曲からでした。遅過ぎです。

アンコールは、ツインネックのGibson SGを持って現われたSlash。Blues調の静かなソロを執った後、演奏し始めたのはPINK FLOYDの「Wish You Were Here」。Ozzfest 2005でも彼等はこの曲をカヴァーしていました。あの時は、世界中がPINK FLOYDの復活を祝福していましたからね。

今回は、誰を思っての事でしょうか。

続いては、「It’s So Easy」。今夜演奏されたGUNS N’ ROSESの曲は、これ1曲のみ。でもそれで充分です。それは2回目の彼等のライブで既に思い知らされた事。GUNS N’ ROSESに頼る必要は、今の彼等には無いのです。

それにしても、バンドもオーディエンスも、かなり良い感じにシンクロしてきた頃にもう終わりなんて、勿体無い。

2度目のアンコール。ここで、彼等ならではのサプライズが用意されていました。

彼等のライブで楽しみなもの。それは、カヴァー曲です。これまで、NIRVANAの「Negative Creep」、THE DOORSの「Five To One」、そして前述のPINK FLOYDの「Wish You Were Here」が披露されたのを目撃してきた訳ですが、今回はもう「Wish You Were Here」が演奏されてしまったので、これで終わりかと思っていました。

ところが、バンドが2度目のアンコールで演奏し始めた曲は、何とTALKING HEADSの「Psycho Killer」。この選曲のセンス、脱帽です。その昔HI-STANDARDがRAINBOWやBLACK SABBATHをカヴァーした時にも思いましたが、本物のミュージシャンは背景に持つ音楽の幅が違います。

ラストは「Slither」で。勿体ぶらせたイントロから、ライスとの壮絶なジャムに至るまで、言う事無し。僕がVELVET REVOLVERというバンドに求めるものの全てがそこにありました。

100点の彼等を観た事があるので、70点とさせて頂きます。彼等に点数をつけるだなんて何様だ、と思われるかも知れませんが、本領を発揮した彼等は ”こんなものでは無い” のです。

彼等には、楽曲を作り、それを彼等自身が消化する時間が必要なのです。ということは、次に僕の前に姿を現す時は、想像もつかない化け物になっているかも知れないのです。



Slacker Train Blues
posted by Yoshitaka at 23:59| Comment(2) | TrackBack(3) | Diary - Live Review | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月04日

記憶の空き容量

律儀にStarbucksで買いました。



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PAUL MCCARTNEYのニューアルバム「Memory Almost Full」。

何だか切ないタイトルのこのニューアルバムですが、機嫌の良いRock ’N’ Roll「Dance Tonight」から始まり、聴く者をまず安心させてくれます。そして、2曲目「Ever Present Past」のイントロで、彼が昔どのバンドにいたかを思い出させてくれます。

Paul McCartney、声はさすがに年相応になってきていますが、時折かつての調子も垣間見え、やはりPaulなんだと思わされます。

ストレートなものかと思いきや後期THE BEATLESの様なサイケデリックな曲あり、70年代の様なHard Rockあり、80年代の様な洗練されたバラードあり、ヴァラエティーに富んだ楽曲ばかり収められていて、充実しているアルバムです。そして何より、全体的に音が丸く収まっておらず、挑発的。

往年のファンだけ聴いてくれれば良い、という発想には、絶対に繋がらないのが元THE BEATLESの遺産なのでしょう。誤解を恐れずに言えば、あのバンドはまだ、生きています。

今更ながらそれを踏まえてTHE BEATLESや彼の過去の作品を思い起こしてみると、ここまできてようやくTHE BEATLESに於けるJohn LennonとPaulの役割分担が明確に理解出来た自分がいます。

以前とある雑誌の記事で、 ”世界最古のHard RockはTHE BEATLESの「Helter Skelter」である” という記述を目にした事がありましたが、個人的な意見として、THE BEATLES解散以降のPaulはまさにそれを地で行く感じであったと認識しています。THE BEATLESやJohn Lennonを誤認識している若い人達があまりに多い現在の世の中に、本作の様な啓蒙が広まっていけば、もう少し充実した文化的生活が来るのではないでしょうか。

LED ZEPPELINみたいに聴こえなくも無いラストの「Nod Your Head」が、40余年という年月の何たるかを痛感させます。全ては還るべき場所に還っていくのです。そう言いつつも、この頃は再結成などというジレンマなど、誰が想像出来たのでしょうか。

近頃は専ら離婚に伴う裁判沙汰が話題になっているPaul。慰謝料はU.K.史上最高額になるとかならないとか。彼にとっては痛くも痒くも無い金額かも知れませんが、それでも不安になったら外回りで稼ぎを増やしてください。僕はまだ彼のライブを観た事が無いのですから。
posted by Yoshitaka at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary - Album Review | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月02日

別府 Zegen Vs. Undercover 状態

暇潰しにCD屋に行ってみました。いつもと違って何も買う気が起こりません。

暇潰しに楽器屋に行ってみました。まず物色する物がギターでは無くエフェクターになりました。少しは成長したのかも知れません。

別府に来ました。九州は今、何処に行っても雨の様です。とあるポートフォリオで使う為の、良い感じの写真を日本の何処かで撮れないかなと思っていたのですがね。

彼は隣の大分からわざわざ出迎えに来てくれました。疲れ気味のところどうもすみません。

そして、姿形も知れぬ僕を以前から慕い続けてくれていた友人に、初めて会いました。煙草の箱で辱められました。これからもよろしく。

昨日の長崎もそうだったのですが、この23年間の人生を通して最も近い心理的距離にいる2人がどんな所に住んでいるかというのは、今に至るまで知らなかった訳です。

温泉に行きました。まともな風呂なんて、1年振りです。いや、Londonでの生活ではシャワーしか無くて、という意味ですよ。Europeでもワルシャワとかレイキャビクとかに行くと温泉があるらしいです。Londonで開業したら儲かるでしょうか。

基本的に、僕はここ数年で対他人のスタンスを変えました。自分を守る為と、相手を守る為、そして、二次災害を防ぐ為に。音楽に対する価値観や理解度が違うなら、初めから音楽の話なんてしなければ良い。落胆させられる程つまらないと判っているならば、初めから敢えて会わなければ良い。

正義の使者でも無い限り、他人を感化させようと必死になるのはどうかしている、と。

”眠らずに朝が来て” 。このフレーズは、僕の頭の中であと何回繰り返されるのでしょうか。5年前の警護公園。明日は福岡に戻り、そんな思い出に少しだけ身を委ねさせてくれそうな人に会いに行きます。

別府でも楽しい時間を過ごせました。2人ともどうもありがとう。

Summer Sonic 2007に行きたい。ラインナップは酷いけれど、みんなに会えるから。


みんなって、誰。そう、それが例えば、透明少女・・・。



posted by Yoshitaka at 21:41| Comment(4) | TrackBack(0) | Diary - Daily Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月01日

長崎 Live Forever 状態

多分ね、僕は知りたくない。君の庭の草木がどんな具合に育つかなんて。僕はただ、空を飛んでみたいだけ。

それより近頃、君は、朝の雨の中で骨に染み入る様な痛みを感じたことがあるかい。

君と僕は、永遠に、生きる。

もう誰も死んで欲しく無いと思った時、この曲が頭の中で再生されました。

この気持ちを何とか解消する為に、会わなければならない人が1人、長崎にいます。そんな訳で、今日は長崎へと向かいました。

もう20年近く前の話。弟も生まれていなかった頃に家族旅行で初めて来たのが長崎でした。当時ブルートレインという寝台列車に乗って行く旅がトレンドで、僕達家族もそれにあやかって名古屋から長崎までブルートレイン「さくら」に乗って行ったのでした。

その次に長崎に来たのが、高校生の時。母が共同執筆した本がそこそこ売れて、そのお祝いにフグでも食べにと言って行ったのでした。

家族の事を書くのは珍しいので、書く気が起こる時に書いておきます。

長崎駅の駅舎は新しくなりましたが、路面電車は今も駅の前にいました。

少し遅れて彼が来ました。長崎名物といういかがわしくも美味しい昼食を済ませた後、あの有名な軍艦島の見える岬に行こうという事になって、バイクで海岸線沿いを進んで行きました。

軍艦島の見える地点まで来ると、2人で堤防に座ってくだらない話を始めました。彼が僕に対して昔からそうであった様に、今の悩みや身辺の近況等は敢えて話題にせず、何でも無い様な話をして何でも無い時間を共有する事が、何よりの治癒になるのです。

治癒。我ながら良い表現かも。

8年は長い。あの時15歳だった2人は、もう23歳になりました。

家に行くと、料理の上手な彼の嫁さんがもてなしてくれました。

ガンダムが好きな所とか、相変わらずです。ちなみに僕が好きなモビルスーツはキュベレイとサザビーです。

しかし、7、8年前の事をよくもそんなに正確に覚えているなあと、後から後から昔の話が彼の口から出て来ました。 ”自分の人生に色が着いた” 出来事が僕との出会いだったそうです。そんな言葉を何人かに言われた事があります。そのうちの1人はLos Angelesでギタリスト修行をしていますね。いつかまた会いたいな。

それにしても、いろんな人の人生を変えてしまった割にはあまりに無責任に生きている自分に反省。

ところで、僕の高校の時のあだ名の事が久し振りに取り上げられていましたが、その由来は知っているのかな。

次は、別府へ向かいます。



Nagasaki Live Forever Joutai
posted by Yoshitaka at 19:10| Comment(2) | TrackBack(0) | Diary - Daily Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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