2005年06月30日

従兄弟

今日の朝は、Usagiさんと仲良く郵便局へ。荷物(ネット接続一式と思う)が届いていたのですが、あいにくその時間には誰もいなかったので郵便局に没収されました。ついでに僕にもなにやら書留が届いていたらしく、それではということで朝、2人で郵便局まで行きました。郵便局自体はそんなに遠くではないんですが、開いている時間帯が有り得ない。朝8時から昼の1時まで・・・。普通に学校とかある人、どうすればいいんでしょうかね。悪名を馳せるRoyal Mailめ、覚えておれ。

さて、今日はぬん君の従兄弟、亮輔君が留学の為Londonに到着する日でありました。以前にも観光で来たことがあるそうなので、今日1泊する僕達の家までは来れるということでしたが、Usagiさんが妙な張り紙を張ったりするもんだから・・・。結局郵便局で荷物を受け取った後、僕は家に帰り、Usagiさんはそのまま学校へ。だからあの張り紙はどうするのさ。

8時半頃、帰宅。すると、玄関には亮輔君らしき人が。張り紙のお詫びを言い、中へ。ぬん君と似ている感じの人ではありませんでしたが、いい人には違いないです。いい人なんざ、会ったその瞬間にわかるものです。

間違えてインスタントではないコーヒーをインスタントみたく作ってしまい、初めからえらいものでもてなしてしまった僕でしたが、取り敢えず笑ってくれたのでよかったかな。そうこうしているうちにお姐達も起きて来て、しばし話をしていました。この家の人は皆話が好きだ。
ともこさんを見送り、そして結局ぬん君が帰ってくるまで話し続けていたので、3人で夕食でも、という運びになりました。中心街に行くので、たまちゃんも誘ってぬん君の行きつけのレストランに行くことに。俗に言うイングリッシュ・パブです。イギリスの料理といえど、こういうところで食べる料理はおいしいんですね。ジャケットポテト、ソーセージマッシュ、フィッシュアンドチップス・・・。いろいろ食べました。久し振りにビールも飲んだし、楽しい食事でした。最近自分で料理作っていないような気がしますが・・・。まあいいか。

従兄弟同士で楽しそうにしている2人。僕には羨ましいです。
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2005年06月29日

第3の女

今日は帰ってくると、たまちゃんの友達、ともこさんが遊びに来てました。遊びに来ていたというか、もうかれこれ3日間程ここに住んでいるんですけどね。ホームステイと彼女の新しいフラットの契約との兼ね合いで。

夜中まで話していました。大阪人のともこさんもRockが好きで、結構毎年フェスティバルに行っているそうです。そして何と、U2の「Zoorope」ツアーを大阪ドームで観たそうです。羨ましい・・・。というか何年前だ。お姉さん、普通に年齢バレますよそれ。
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2005年06月28日

時間の生まれる町

9月から通う専門学校を見に行きました。取り敢えず、語学学校よりかは為になりそうです。何を勉強するのか分かったものではありません。音楽ではありませんが、それもLondonで生活の基盤を築くためには仕方の無いこと。何だって頑張りますよ。

学校があるのは、Londonの南東に位置するGreenwich。子午線が通る街として有名ですよね。もう何度となく来たここは、僕が好きな街でもあります。週末にはマーケットも開かれるし、通なCD屋もある。買い物が楽しい街です。
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2005年06月27日

Game On

ライブ月間の締めくくりは、僕の好きなThrash Metalで。

NUCLEAR ASSAULTです。もう殆どNew York Hard Coreといった感じのバンドです。首謀者はDan Lilker。ANTHRAX、S.O.D.の創設メンバーであり、その後90年代に入ってからはBRUTAL TRUTHを結成した、Thrash MetalからGrind Coreにかけてのシーンの変遷に無くてはならなかった重要な人物。

僕の目をHard Coreに向けさせてくれたのは、他ならぬこのバンドでした。1stアルバム「Game Over」は、ANTHRAXの「Fistful Of Metal」やS.O.D.の「Speak English Or Die」と並ぶThrash Metal屈指の名盤。あんなに切れているアルバム、まず無いですからね。こんなに観る前から楽しげにライブ会場に向かったライブも久し振りです。それも、後に待ち受けるサプライズも知らず。

会場はCamdenのライブハウス、The Underworld。アンダーグラウンドな雰囲気はLondonでも1、2を争うライブハウスですね。汚いからあまり好きな会場ではありませんが。
会場に着き、まず今日はバンドTシャツを買わねばと物販コーナーへ。そこで、予想だにしなかったものを見てしまいます。NUCLEAR ASSAULTのマーチャンダイズの隣にあったTシャツ、その胸に書かれてある、 ”HEATHEN” の文字。物販の人に聞いてみると、やはり今日の前座だと言う。

HEATHENとは、San Francisco出身のThrash Metalバンド。MONTROSEのギタリストRonnie Montroseをプロデューサーに迎えて製作された1stアルバム「Breaking The Silence」はThrash Metalの歴史を語る上で欠かせない名盤です。そんな彼等が、今回NUCLEAR ASSAULTの前座として来るとは全く知りませんでした。いや、それ以前に、まだ活動していることすら知りませんでしたから。

そんな訳で、今日は着くなりフロアへ向かいました。前座から観るライブも、思えば久し振りです。HEATHEN、メンバーの容姿もだいぶ変わってしまいましたが、声、そして素晴らしいツインギターは健在でした。セットリスト無しで、ライブ慣れしていてかっこよかったです。まあ20年近くやっていたら当たり前なのでしょうが。ギターは昔より遥かに旨くなっていましたね。SHYが再結成した時もそう感じたものですが、皆さん練習は欠かさなかったんでしょうね。涙ぐましいです。「Breaking The Silence」の曲もやってくれて、満足。やはりHeavy Metalだろうが何だろうが、今を生きようとしているバンドはかっこいい。男たるもの、そうありたいものです。



Game On   01



そして迎えたNUCLEAR ASSAULT。もちろんDan側の前列へ向かいます。間もなく、セッティングをしにステージに現れるDan。背が、高い・・・。初めて見る実物のDan。この男が、ANTHRAXとS.O.D.を結成した男・・・。まだ演奏も始まっていないうちから、1人で感動していました。
そして楽しんでいってねと一言、観客に向けて挨拶したかと思ったら、始まりました。

何かいちいちコメントしている暇も無いです。次から次に曲が演奏されて・・・。知りたければ観ろ、としか言えません。Dan、この人の存在感。ツインギターも、全く変わらずのクールさ。

名盤「Game Over」からの曲も目白押し。久し振りのThrash Metal、堪能しました。この調子で、ニューアルバムをそろそろ届けてくれないかと思うのですが・・・。Dan、惚れました。

ローディーらしき人が、ステージにいるDanにマリファナを手渡します。アンダーグラウンド万歳。



Game On   02
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2005年06月26日

May This Be Heard

毎年LondonのSouthbankで行われる前衛的な音楽のフェスティバル、Meltdown。このフェスティバルは、毎年1人選出される著名なミュージシャンがコンセプトを司り、様々な形式のショウを催すというものです。これまでにNick Cave、David Bowie、Morrissey等の世界的権威達がこのフェスティバルを指揮してきました。昨年Morrisseyが指揮したMeltdownでは、NEW YORK DOLLSの27年振りの再結成ライブを観ることが出来たのが記憶に新しいです。

今年のホストミュージシャンは、Patti Smith。かつてPunk Rockの女王と呼ばれたPattiが、今年のMeltdownのコンセプトを描き上げました。

今日はその最終日、「Songs Of Experience」と題された今日のライブは、27歳で夭逝したRock史上最も重要なギタリスト、Jimi Hendrixへのトリビュートライブ。ただし、ありふれたトリビュートライブの様に、著名なギタリストを集めてその見事なテクニックを披露しあうというものではないのがPattiならでは。今夜集まったミュージシャンは、実にバラエティーに富んだ形態のミュージシャンばかりでした。

オープニングではPatti Smith自らステージに上がり、「Are You Experienced?」を披露。僕、彼女の歌声なめていましたね。何て素晴らしい声。彼女といえば「Gloria」等でお馴染みの、熾烈なアジテーションを湛えた歌声が印象としてはありましたが、何とも奥ゆかしい歌声ではありませんか。それでいて、秘めたるアグレッションは未だ変わらず。

前半では、ギターとドラム(姉妹ではありません)のみのバンド、古典的な4ピースバンド、アコーディオン奏者、胡弓奏者、弦楽四重奏と、実にエキセントリックでバラエティーに富んだミュージシャンが次々に登場し、それぞれ思い思いの表現方法でJimiの曲を聴かせてくれました。特にスウェーデン人のアコーディオン奏者Kimmo Pohjonenの壮絶なインプロヴィゼーション、弦楽四重奏BALANESCU QUARTETによる「Foxy Lady」は言葉を詰まらせるほどの素晴らしい演奏でした。先月観たEELS同様、これから先、この様なミュージシャンを観る機会が増えればと思いました。やはり、ClassicのミュージシャンにもRockが与えた影響は無視出来ないのでしょうから。

前半が終わり、インターバルを挟んで、後半に。まず、元SOFT MACHINEのRobert Wyattが司会として登場、Jimiとの思い出を語り始めました。Robert自身が歌ってくれなかったのが残念でしたけれども。

前説が終わり、最初に登場したのはハープ奏者のJoanna Newsom。パープで聴くJimiの曲というのも、意外性がありますね。同時に、彼の楽曲がギターだけに終始していないという普遍性が今改めて証明されていました。彼女のかわいい声も、なかなか素敵です。Jimiの曲を聴いているという事を、不覚にも忘れそうになりました。CHARAを想起させる、本当にかわいい声なんです。

さて、ここからが凄いです。まず登場したのがFree Jazzの第一人者、SQUAREPUSHER。8弦ベース、そして要塞の様に組まれた数々のエフェクターから、信じられない音を出します。ステージ上にあるのは、ベースのみ。それにも拘らず、何でしょうかこのアンサンブルが聴こえる様な演奏は。ドラム、ピアノ、リズム、メロディー、ソロ・・・。1人の演奏する、1本のベースから全ての音が出ているんですが・・・。こんなミュージシャン、いたんですね。ベース1本で、ここまでやってしまう人、いたんですね。

次に登場したのはこちらもネームバリューのあるJohnny MarrとRobin Hitchcock。こちらはオーソドックスで味のある「May This Be Love」を聴かせてくれました。Johnnyが出演するのを僕はパンフレットを見るまで知らなかったので、得した気分です。観ようと思ってもなかなか観られないミュージシャンの1人ではないでしょうか。

そして再び登場した今夜の主役、Patti。連日の出演でいい加減疲れているとMCで言ってはおりましたが、さすがは女王、声に妥協はありません。「I Don't Live Today」、「If Six Is Nine」と、先程のオープニングとはうって変わってアグレッシヴな歌唱を聴かせてくれます。

2曲を歌い終え、彼女がコールした名前は、Flea。本来の予定ではJohn Frucianteと2人で出演する予定でしたが、レコーディングの関係とか何とかで、Johnはキャンセル。Fleaのみの出演となった訳です。白いシャツに黒のズボン。割と真面目な服装で登場したFlea。そして、ステージの上手の端に立ち、演奏を始めました。「Third Stone From The Sun」を、ベース1本で。ループペダルを使い、次々とフレーズを弾いていくFlea。もちろんここまでのソロは、RED HOT CHILI PEPPERSのライブでは拝めません。どうして今までソロ活動をしなかったのか不思議でなりません。そして最後は何と、自分のひいたフレーズに合わせてトランペットまで披露。昨今の彼、トランペット好きですよね。Hyde Parkでも披露してくれましたし。感動です。演奏したのはこの1曲だけでしたが、この存在感。さすがです。

さて、今夜もそろそろ終盤の模様。再び現れたPattiの紹介で登場したのは、Jeff Beck。もう何も説明は要らないでしょう。この世界に於いて、彼以上のギターは望めません。もちろん今夜はJimiの曲を演奏するのであって、しかもバンドとしてですから、昨年Royal Albert Hallで観た彼のソロライブとは違うステージです。それでも、Jeffがギターを弾き、Pattiが歌うJimiの曲なんて、1世紀に一度聴くことが出来るかどうかでしょう。これは、またしても凄いものを観てしまいました。「All Along The Watchtower」でしゃがみこみながら歌うPatti。ミュージシャンとはこういう人のことですよね。自分の持てる表現力の限りを尽くして歌う姿、しかと心に留めました。Jeffはこの後、来日公演を行います。日本の友人も何人か観に行くようです。楽しんで来てくださいね。

アンコールではJeff、Fleaはじめ主だった出演者が揃って登場。Fleaは何故かトランペットで参加。豪華な顔ぶれで演奏、そしてPattiの演説で終了しました。

こういう形式のライブ、チャリティーライブなどでよく見かけますが、昨今チャリティーライブの質が問われている様ですし、今一度、芸術というものを基本から見つめなおす今夜のような素晴らしいライブが一般的に評価されることを願います。今夜は純粋に、いいものが観られました。そして、Jimiの残したものがどんなものであったか、21歳の僕の感性で改めて捉えることが出来ました。

ライブ終了後、ここは結構ミュージシャンに遭遇できる会場ということもあって、暫く楽屋出入口で待つことに。Jeff、Pattiはセキュリティーが常に取り囲んでいたためサインはもらえませんでしたが、Johnny、JeffのバックバンドのベーシストでTHE WHOのサポートメンバーでもあるPino Palladino、同じくドラマーでASIA、MEGADETH等を手掛けてきたVinnie Colaiutaのサインを貰うことが出来ました。
さて、最後に残ったのはあの男。もちろんFleaです。案の定最後に出てきたFlea。そして、群がるファンに一言 "みんなにサインしたいんだけど、時間が無くてね。ごめん。代わりにといっては何だが、みんなと握手して帰ろうじゃないか。" と、Flea。何ていい人なんだ。そんなわけで、Stone Cold Bushを弾いた手と、確かに握手して帰りましたよ。



May This Be Heard
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2005年06月25日

恐怖のレストラン改め

今日は初めて、フラットメイト4人揃って外食しに行きました。こんなこと、今まで無かったと4人とも口にしながら。

行き先は、Londonに悪名を馳せる中華料理屋、Won Kei。接客態度の悪さがギネスブックに載ったと聞きましたが、態度の悪さをどう計ったのか気になる所です。

僕、Usagiさん、たまちゃん、そして俊輔君改めぬん君で、あの恐るべしレストランに足を踏み入れます。

実は僕、前にも来たことがありまして。そのときは、注文したいと思ってウェイターを呼んだらうるさいと言われ、注文した料理は食べきれないと勝手に判断され、ウェイターの判断でメニューを変えられるという常軌を逸した光景を目の辺りにしました。さて、今回は・・・。それなのに何故かいつも賑わいを見せるこのレストラン。今回は1、2階が満席で3階に通されました。

さて、どうでしょうか。至って普通です・・・。期待していた人、ごめんなさい。至って普通の接客に変貌していました。あのときの壮絶な接客は、何処へ行ってしまったのでしょうか。出てきた料理も普通で、特にスペクタクルの無い食事となりました。でもこうして4人で食事をするのは愉快でした。

ゲイバーに行きたがるぬん君をなだめつつ、家に帰ってからもそのまま4人で飲んでいました。これからこんなフラットメイト達と一緒に過ごしていくと思うと、実に楽しくなりそうです。
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2005年06月24日

現実への帰還

Cambridge在住の友人、森下の家に泊まり、今日は彼の案内で観光地としてではないCambridgeを見物出来る筈でしたが、あいにくの雨。大人しくLondonに帰ろうと、タクシーを呼ぶもどこも出払っている様子。結局1時間ほど待ってタクシーが到着し駅まで行きました。

やはり観光気分で見て回っただけでは、その土地の本当の側面を窺い知る事は出来ませんね。教訓。と言うわけでまた来ます。Cambridge気に入りました。森下、よろしく。

電車に乗り、Londonに。ものの45分で、ここまで違う雰囲気の街に着くんですもんね。まあ、Londonも好きですよ。ライブが観られるし。

Usagiさんからはるこさんの家で食事をしようと誘われたのですが、家に帰ってきたのが9時頃だったので無理でした。また今度お願いします。
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2005年06月23日

地方へ

久し振りに、ライブ以外の目的でLondonの外に行きました。
1年振りに、Cambridgeへ。福岡時代からの友人、森下の家に遊びに行きました。

ここで知っておくと良い知識を1つ。

よく ”ケンブリッジ大学” と言う言葉を聴きますね。確かに、 ”オックスフォード大学” と並び、有名な大学です。

もうご存知の人には聞き飽きた話題でしょうが、実はこの ”ケンブリッジ大学” 、存在しません。同じく ”オックスフォード大学” もまた然り、です。

正確には大学群、とでも言いましょうか、いくつもの大学が集まってそれぞれ ”ケンブリッジ大学”や ”オックスフォード大学” を形成しているわけです。それぞれの大学には個別の名前が付いていて、”ケンブリッジ大学”や ”オックスフォード大学” と言う名前の大学は存在しないんです。

まずLondonのKing's Cross駅に行くのですが、今まではバスに乗り、電車に乗り、地下鉄に乗ってようやく辿り着いていたのですが、今の家からは何とバス1本でKing's Cross駅まで行くことが出来ます。これには感動しました。そしてKing's Cross駅から電車で45分程、大学しかない片田舎Cambridgeに着きます。着いてみると、Londonよりも涼しく気持ちが良い。そしてここは自転車の街。駅前には自転車置き場があり、日本を思い出させます。自転車はLondonでは殆ど見かけませんから。
暫く駅で森下が迎えに来てくれるのを待ち、一緒に彼の家に向かいます。それにしても、のどかでいい街ですね。Londonの汚さを痛感します。

歩くこと30分程。こんなに歩いたのも久し振りです。森下の家に到着。するとどうであろう、僕の中のEnglandの家というものの概念を覆されてしまった。綺麗。新しい。何だこれ。良い家に住んでるんだなと思い知らされ、立ち尽くす僕。今までCambridgeを馬鹿にしててごめんなさい。なんていい所なんだ・・・。今度はもっと余裕のあるときに来て、日頃の喧騒を忘れてゆっくりくつろぎたいです。

夜は森下が友人に会いにクラブに行くというので、ついて行くことに。Londonでは平均10ポンド(2000円)を入場料で取られるのですが、Cambridgeは何と3ポンド(600円)。この差は何。
中に入ると、Londonとは比べ物にならないような小さいフロア。でも、彼と会う人が殆ど知り合いだというこのローカルさは、決してLondonのクラブで味わえるものではありません。Londonのクラブといえば、ドラッグの売人、物影でいちゃつくカップル、踊ると言うか、人が多くて身動きが取れないフロア、そんな感じですからね。これは羨ましい。クラブで知り合いに会えるなんて。

彼の友人で、イギリス国籍のスペイン人Simonを紹介してもらい、やはり音楽の話で意気投合。AUDIOSLAVE談義やCOLDPLAY談義で楽しい時を過ごしました。Londonによく遊びに来るそうなので、携帯電話の番号を交換し、再開を約束しました。

思いがけず楽しい夜を過ごせました。本当に、明日帰ってしまうのが勿体無い。しかし、明後日は大学の最後の授業なので出ないわけには行きません。また今度の機会に是非。
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2005年06月22日

Bittersweet Bundle Of Specimen

僕の大学の卒業生が、大学でライブをしました。

Goldsmiths Collegeの卒業生、Graham Coxon。

90年代のU.K.のRockに恩恵を賜った人なら忘れられない、BLURのギタリストだった人です。

現在はBLURを離れ、BLUR以上にBLURを聴かせてくれている愛すべき存在。やはりBLURは彼がいないと、と思ってしまうのは当然です。

いつもでしたら、Brixton Academy(サンパレス福岡)クラスの会場でライブを行う彼が、今回1回限り、僕の大学でライブをすることになりました。会場は生徒組合の建物の中にある、ローカルな感じのステージ。バーも付いているし、適度に古く、汚い。この汚さの中に見え隠れする秩序がいかにもかつてのクール・ブリタニカの権威を迎え入れる会場として素晴らしい。こんな場所があったなんて知りませんでした。ここの学生だけの特権ですね。ありがたい。

地元、もしくはここの大学のバンドと思しき前座のバンドを愛想笑いで見送り、文学青年GRAHAM COXONの登場を待ちます。今日はオフィシャルなライブハウスでのライブではないので、夜11時までには終了しなければならないという規則も関係無し。ようやくGrahamが出てきたのは、夜10時を回った頃でした。

写真で見るいつもの彼のように、黒縁の眼鏡を掛け、Telecasterを持って登場。眼鏡を掛けたミュージシャン、勇気付けられますね。彼然り、向井秀徳然り。眼鏡を掛けていてもRockは出来るんだ。馬鹿みたいですね。でも、僕には眼鏡が似合うんです。

まず何より、彼の心の迷いの無さ、感じることが出来ました。BLURを辞めた事、それは、彼にとっては必要なプロセスだった。そう思わせてくれる所に、90年代を肯定しようとする今を生きるミュージシャンの姿が見えました。

彼の書く曲はどれも現実的で、時には恥ずかしくなるほどストレートな青春ナンバーもあったりするのですが、別に日本の荒廃した音楽シーンの様に世間のニーズに答えてそうしている訳ではありません。BLURというジレンマから開放された素の自分が自然体で出来る範囲で、こうして音楽を続けていられる喜びを不器用に表現しているのです。その不器用さがイギリス国民が未だ愛撫し続ける過去の栄光に勝った時、Rockに今一度の未来が約束されると信じています。

彼はステージで、 "僕はいつもあのジュークボックスの角に座って誰にも気づかれず演奏するバンドを観ていたもんだよ。もう15年前のことだけど。" と学生時代を懐かしみます。今夜観に来た後輩たちに託す「Bitter Tears」や「Freakin' Out」、純粋にかっこいいですよ。そこにあるメッセージは、後から勝手について来ますから。



Bittersweet Bundle Of Specimen
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2005年06月21日

Out Of Existence

奇妙なライブとなりました。

よく行くよなとか、今の彼らってどうなのとか言うでしょうが、AUDIOSLAVEのチケットが発売されたら何も考えず買うでしょう。

最近、彼らがRAGE AGAINST THE MACHINEの曲をライブで演奏しているという情報を耳にしました。聴きたい。して欲しくない。でも聴きたい。ヴォーカルは90年代を代表するヴォーカリスト、Chris Cornell。言わずもがなAlternative Rockの代名詞SOUNDGARDENのヴォーカルだった男です。彼が歌うとなれば、誰もが比較対象に挙げるのがSUNDGARDENのアルバム達。世間では歴史に名を残したアルバムという事になっていますが。僕も信仰に近い気持ちで彼らのアルバムを愛していますから、その気持ちはわかります。

実際のところ、AUDIOSLAVEはそれを適えているのでしょうか。答えは、残念ながら否ではないかと思うのです。そして周知の事ですが、RAGE AGAINST THE MACHINEは比較対象にはなり得ません。音楽性も違います。かつての政治色も今はありません。Tom Morelloのギターも・・・。もうやめましょう。友人の言葉を借りて言えば、良いものは出来て当たり前なんだけど、彼等がやることではない、と。

そう思うのは当然ですよね。RAGE AGAINST THE MACHINEとSOUNDGARDENが合体してしまったんですから。これ以上あるのかという異常な組み合わせです。

さて、行って参りましたBrixton Academy。前回SYSTEM OF A DOWNを観た時は2階席で残念な思いをしましたが、今回は1階です。

近頃発売になった2ndアルバム「Out Of Exile」ですが、個人的には良いアルバムだと思います。あのアルバムの出来が功を奏して今回のEuropeツアーは遂に全公演完売となったそうですから。

定刻、バンドが登場します。「Man Or Animal」、ニューアルバムの曲です。彼等の定規によるキャッチーさを聴かせるこの曲をオープニングに。悪くありません。割と広い客層、既に彼等の世界に入っています。しかし、そこで早くも思わぬ展開に。次に演奏されたのは「Outshined」。SOUNDGARDENの曲です。観客はもちろん狂喜して彼等にリスペクトの眼差しを送り続けます。これでいいんでしょうか。いいんですね。
Chrisの声、化物です。あれは。今まで観たヴォカーリストの中で、間違いなく最も凄まじい声の持ち主でしょう。あの声は本当、有り得ません。CDで聴いて有り得ないと思う声を、名まで聴いたらどうなるでしょう。失禁しそうです。

アルバムを聴いただけでは、判らなかったものをライブで知り得た気がしました。というのも、全てはChrisの声が尋常では無いからなのでしょうが。
1stアルバム「Audioslave」とニューアルバムの曲、とりわけライブ映えする曲を巧妙に繋げてきた感じが憎かったですが、殆ど毎回曲間に短いMCが入ります。Chrisはどちらかというと無口なイメージがあったのですが・・・。冗談も言ったりしていたのは意外ですね。

中盤、Chrisはメンバー紹介をすると袖に消え、Tom Morelloは見慣れた水色のギターを持っています。Chrisのインパクトが有り過ぎてTomに触れていませんでしたが、彼はAUDIOSLAVEに於いても随分と変態的な奏法をしていましてね。これはアルバムを聴いただけでは気付きませんでした。
そうこうしているうちに、水色のギターからは聴き慣れたイントロが。「Bulls On Parade」です。オーディエンスは狂ったまま。しかしChrisが出てきません。なるほど、インストゥルメンタル、ということですか。イントロからギターソロ、そして終盤へと短く編集されたヴァージョンでした。しかし、この曲に差し掛かった時の3人の切れ様たるや、筆舌に尽くします。恐ろしい。どんなバンドだったんでしょうかRAGE AGAINST THE MACHINEというバンドは。
そして、Chrisが再び登場。AUDIOSLAVEの曲に戻ると思いきや・・・。またも聞き覚えのあるイントロが。「Sleep Now In The Fire」でした。もう何だかよく判りません。もちろん嬉しかったです。しかしながら、 "昔のバンドの曲を演奏する" というバンドには思えないんですよ。過去の栄光で媚を売るバンドではないと思うんです。確かに、始まってしまえば心奪われるのは事実ですけれども・・・。何とも歯痒い。
その後もSOUNDGARDENの「Spoonman」を披露し、ベース、ドラムのソロを挟んで「Shadow On The Sun」で本編は終了しました。

アンコールはChrisの弾き語りから始まりました。彼、ギターもなかなか上手いんですね。天は二物を与えないとか言いますけど、嘘でしょう。彼はルックスもかっこいいし、ヴォーカリストとしては世界でも類を見ない程の才能を持っています。おまけに、ギターまで・・・。
弾き語りでは、AXIS OF JUSTICEの「Concert Series Vol. 1」でも彼が歌っていた、「(What's So Funny About) Peace, Love And Understanding」も歌ってくれるというサービスまで。レアですね。そして、自身の曲「Show Me How To Live」を挟み、お決まりかの様に「Killing In The Name」が始まり、オーディエンスはまた狂乱状態に。
こういう感じに、RAGE AGAINST THE MACHINEの曲を聴きたくなかった、というのが正直なところです。生意気言ってすみません。

しかし、最後の「Cochise」は文句なしのかっこ良さでした。

何だか素直に楽しめないライブでした。バンドがバンドだけに、落胆させられることは無いのですが、かといってやや新鮮味に欠けたライブであった事は否めません。

でも僕はこう言います。もし彼等を観る機会があったら、迷わず観なさい。それだけの価値はありますから。



Out Of Existence
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2005年06月20日

新しい生活

今日は今まで9ヶ月間住んだフラットに別れを告げ、Usagiさんの待つ新しいフラットへと移動しました。長い間お世話になったひでさん、最後まで手伝ってくれました。本当にありがとう。

こちらではタクシー会社がバンやトラックも扱っており、個人単位の転居は主にタクシー会社にバンを頼んでするというのが主流です。そんな訳で僕も呼びましたバン。約束の時間に遅れたら困るので、予定時間よりも早めに頼んでおきましたが・・・。結果、頼んだ時間よりもさらに早く来たというからイギリス人はわかりません。

来たドライバーは黒人。それはいいんですが、英語の発音が悪く聞き取りにくい。値段を聞きたかっただけなのに四苦八苦しました。

値段と行き先を確認し、荷物を詰め込み、出発。ひでさんまた遊ぼうね。

今日も昨日に引き続き晴れ。天気が良いのはいいんですが、暑いのはかないません。今から荷物を運ばなければならんというのに。しかも昼間から怪しい匂いがするなと思ってふと横を見たら、ドライバーさん、何やら妙な色の巻きタバコ吸ってますね・・・。生きた心地がしませんでした。せめて仕事終わってからにしてよ。

しかし無事に着いたのですね、新しいフラットに。そこには僕と入れ替わりで部屋を出て行く太郎さんという方とその彼女さんが来ていて、好意に甘えて手伝ってもらいました。助かりましたよ、本当。外で金はまだかと笑いかけるドライバーさんには、よく運転できましたという意味をこめてチップも払い、取り敢えず転居はこれにて。何でもそうですが、安いからには理由があるのです。

荷物を整理しているうちにUsagiさん帰宅。そして家主のMartinと、僕と時を同じくして入居する女の子が登場。今月分の家賃を払い、契約書にサインをして鍵をもらい、晴れてこのフラットの住人となりました。しかし、身近にこんなに良い家が見つかるとは・・・。持つべきものは人脈ですね。

部屋に無造作に置かれたダンボールをある程度片づけて、居住スペースを確保。初日なんで寝られれば後は構いません。と、そこで夕食のことを何も考えていなかったことに気付きました。しかし、運の良いことに今日は同居人の人達が冷やし中華を作ってくれ、みんなで食べるそうな・・・。ありがたい。なんてアットホームなフラットなんだ。しかも全員日本人。家の中で靴が脱げる。これありがたい。1人で感動し続けていました。皆さんこれからよろしく。

食事が終わった後も、みんなで暫く喋っていました。Usagiさんが僕に強制的にギター(しかもアンプにつなげて)を弾かせ、GUNS N' ROSESやらEXTREMEやらリクエストされてしばし弾いておりました。同居人の俊輔君も以前ギターをしていたそうで、YNGWIE MALMSTEENを弾いてと言われ惨めな思いをしました。

もう1人の同居人のみよちゃんは何と19歳。僕がLondonに来たのも19歳の時でしたが、彼女は女の子ですからね。肝が据わっていると言うか、何と言うか。でも今日来た新しい女の子(たまえちゃんと言うそうです)と入れ替わりでじきに出て行くということです。何だか思い出しますね、こちらに来た時の事を。あのときの気持ち、忘れたくありません。たとえ現実というものが残酷であろうとも。

初日からこんなに和やかな食事が出来て幸せでした。途中、隣の黒人家族の男の子が乱入して来て、ギターを代わりに弾いてくれたりもして愉快でした。

ここからまた、新しい生活が始まります。これからもがんばります。皆さんよろしく。
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2005年06月19日

Where The Religions Have No Name

1日の興行収入は2億円。全高30メートルを超すステージセットの為、ライブ会場のキャパシティーは5万人から。毎年ノーベル平和賞の候補として名前が挙がり、近い将来プロモーションビデオ撮影を月面で行うという。

どこまでが本当かはよく分かりません。とにかくその活動のスケールの有り得無さがイメージとして先行する、20世紀最も成功したロックバンド、U2。3年振りに発表されたニューアルバム「How To Dismantle An Atomic Bomb」に伴うワールドツアーが遂に始まりました。そして、今日はそのLondon公演2日目。当初の予定ではU2を初日である昨日に観て、今日はMOTLEY CRUEを観に行っている筈でしたが、プレスリリース席を運良く手に入れる事が出来てしまったのでこちらを優先する事に。MOTLEY CRUEには申し訳ないんですが。

バンドのロゴとメンバーの写真がプリントされた豪華なチケット、そしてそれがパンフレットと共に郵送されて来るんですもんね。扱いが違います。
会場はLondonの南にあるTwickenham Stadium。今回初めて行った会場なのですが、とにかくその大きさに驚きました。というかスタジアムでライブを観る事自体初めてです。サッカーって、こういうところで観るんですね。知りませんでした。このスタジアム、Londonの中心部から電車で30分程南に向かったところにあるんですが、そこまでWaterloo駅から臨時の電車が出ていまして問題無く着く事が出来ました。臨時列車か・・・。車内はチケットやパンフレットを眺める人達で満員。

開場時間の1時間前。Twickenham駅に着くと、そこにはもう会場に向かって歩く人の群れが。始めていく会場ですがその群れの行く方向に行けばいいだけで楽です。それにしても暑い。絶対に倒れる人とか出てきそう。今日はGREEN DAYがかのMilton Keynesで同規模のライブを行っている日でもあります。そちらでは何人の人が倒れる事になるのか・・・。沿道の売店で今日何本目かのペットボトルの水を買って、念には念を。

駅から15分程歩き、会場に到着。そばで眺めると、やはり大きい。そして持ち物チェックもいつになく厳しい。手にしたチケットをよく見ると写真撮影禁止の文字が。そこで何食わぬ顔で手に持っていたカメラをタオルで包んでバッグの奥に中に入れ、ゲートをくぐります。そして取り敢えず向かったグッズ売り場で目を引いたのが、ツアーTシャツの種類の多さ。20種類はあるでしょうか。1回のツアーでこれ程Tシャツの種類があるミュージシャンは見た事がありません。迷いに迷って1着、バンドのロゴとツアーのシンボルマークの入ったシンプルなTシャツを買いました。

まだ開演まで時間があったので、食事が出来る所を探しに歩き回ります。しかし、外のハンバーガー売り場には長蛇の列。そんな事があるかと意地になって歩き続けると、あったじゃないですか別のスタンドが。サンドイッチ、中華料理、いろいろありましたが一番空いているインド料理のスタンドへ。何だか知らないけど辛ければ問題無いのです。いかにも不味そうなハンバーガーやサンドイッチをむさぼるイギリス人に紛れて、汗をかきながら辛いカレーを食べる黄色人種の僕。U2くらい友人と観に来たかったな。そんな事書いていたら何だか友達がいないと誤解されそうですが・・・。カレーを食べている間に、前座のバンドが演奏し始めました。かなり名うてのバンド達がアナウンスされていましたが、どうでもいいです。後でU2観たらどうせ忘れてしまうんですから。

辛い物を食べて元気になったところで、自分の席に向かいます。東側スタンドの1階席。マスコミ用の席だけあって、よくステージが見えます。それにしても、ステージセット、有り得ない。こんな大きなステージセットを観るのは初めてです。僕はフリーター時代ライブ会場の設営をしていた経験があるので、このステージセットに如何程の労力、時間が費やされたかが身にしみてよく分かります。これがもし、自分の仕事だったら・・・。考えたくありません。今は客なんですから、楽しまなくては。折角80ポンドも払ってプレスリリース席を買ったのだし。あ、言ってしまった。そうです。いつもはボックスオフィスに並んだり、知り合いのダフ屋に頼んだりして出来るだけ安くライブを観る努力をしている僕も、今回ばかりは奢りました。80ポンドです。16000円。もちろん、正規の値段ですよ。この国では結構な値段です。それでも来年のTHE ROLLING STONESは150ポンド(30000円)になるそうなので油断なりません。働きます。

まだ日が出ているうち、とは言え夜の8時ですが、SEが止まり、4人がステージに現れました。U2です。「Joshua Tree」を聴いて言葉を失った中学生の僕がいました。そして今では、The Edgeが持つギターで次の曲が分かるまでになりました。ここはDublinではありませんが、また僕の夢が1つ、叶いました。

アルバムのアートワークを模したステージセットと、ステージから伸びる花道。Bonoが5万人のオーディエンスと一緒にカウントを取り、「Vertigo」が始まりました。不本意なまでに落ち着き払っていた前作「All That You Can’t Leave Behind」が嘘の様な、思わず ”おかえりなさい” と言いたくなる様なストレートな曲。ライブのオープニングとしても申し分ない曲だと思います。そして2曲目の「All Because Of You」で早くも花道に出てくるBono。彼の声は今も全く変わっていませんね。そして、常にモニターのカメラがついて回るステージ上の彼には、隙というものが全く無い。ここまで洗練されたエンターテイナーはまず観た事がありません。これは言葉では伝わりにくいんですが、どの瞬間を取っても彼はエンターテイナーなのです。Rockのアイコンなのです。
初期の名曲「New Years Day」からはステージセット上面のスクリーンが4分割され、下手から上手に向かってThe Edge、Larry、Bono、Adam Claytonとそれぞれのパフォーマンスを追っています。The Edgeのギターも、あの音です。Bonoの声にしろThe Edgeのギターにしろ、中学生の僕はどうしたらあんな音を出せるのか真剣に考えていました。もちろん未だに考えているわけですが、やはりIrelandという、歴史上忘れられぬ悲劇の舞台となった土地に宿る意識が彼等に授け、それをあとの世界に伝える事を宿命付けたのだろうと思うのです。「Beautiful Day」、「I Still Haven’t Found What I’m Looking For」、そして、前回のワールドツアー中に亡くなった父に捧げた、「Sometime You Can’t Make It On Your Own」。新旧織り交ぜた名曲が一様に続けて演奏されるのを聴くに、時間の洗礼を受けつつも彼等の音楽、そしてそこに込められたメッセージが如何に普遍的なものかを改めて実感することが出来ました。

昨年のHyde ParkでChad Smithも演奏した、印象的なドラムのイントロが始まります。現在のU2のイメージを決定付けた曲、「Sunday Bloody Sunday」。IrelandとEnglandの間に起こった宗教戦争をテーマにした曲として有名です。そしてこの曲は何より、カトリックを信仰する父とプロテスタントを信仰する母の間に生まれたBonoの終わらないテーマなのです。ちなみにこの曲は僕が初めて聴いたU2の曲でした。ラジオから聞こえてきたメッセージ。言葉の壁を越えた何かが、当時中学生の僕にも届いていました。イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の3つの紋章と ”Coexist(共栄)” の言葉が印された布で目隠しをしながらBonoは歌います。あの時と同じように、 ”Tonight, we can be as one.” と。
ここでまず、今夜のハイライトが生まれた気がしました。深紅の照明に照らされた4人が次に演奏した曲は、「Bullet The Blue Sky」・・・。名ライブアルバム「Rattle And Hum」を想起させます。これ以上無い組み合わせ。呼吸するのも忘れる程でした。

ステージに於いても、Bonoは終始平和を訴える発言を続けていました。じき開催されるLive 8について、そして、アフリカ諸国への救済をG8の首脳に呼びかける為に、ここにいる人達の力添えが必要だという事等。
今日はミャンマーの運動家、アウン・サン・スー・チー女史の誕生日だという事をBonoが告げ、「Running To Stand Still」そして「Walk On」と彼女の為に続けて歌いました。エンディングでは国際連合憲章の人権に関する条文がスクリーンに映し出されると同時に、それを読み上げるスー・チー女史の映像が写されます。
例え生まれ持った才能をもってしても成し得ない、人知を超えた何かの作用が働いて生まれた曲というものがRockにはあります。「Where The Streets Have No Name」。Bono自信はさほど気に入っていない様ですが、80年代以降の音楽界にこの曲がもたらしたものは計り知れません。透明感のある旋律と、18年前と変わらぬ思いを込めて歌うBonoの声。そして、スクリーンに描かれるアフリカ諸国の国旗。

音楽で、世界を変えられる、かも知れない。そう思わせてくれたのは、彼等が初めてでした。

「One」が飾った本編のフィナーレでは、スクリーンに ”Text Africa and your name to 80205” というメッセージが。これは ”80205番にAfricaという単語とあなたの名前をメールしてくれ” という意味で、もう完全に彼等の世界に陶酔しきった5万人の観客は一斉に携帯電話を取り出します。するとスクリーンにはこのメッセージを送ったであろう人達の名前が映し出され、Bonoがお礼の言葉を告げます。これはこちらのライブでよく行われる演出です。言うなれば少なくともここにいる5万人の人達が、1つの意志の下に賛同した事を表す声明文の様なものです。

もう聴きたい曲は全て聴いてしまったという具合に、満足しきった様な錯覚に陥っている中、アンコールで演奏された「With Or Without You」。全て夢の中の出来事を話しているみたいですね。
2度目のアンコールの最後に、もう一度「Vertigo」を演奏して終わった今日のライブ。いくらU2といえどその実態はやはりRockを体現する団体にすぎず、その真価はライブにて発揮されるのです。世界そのものを演じ続けた90年代を「Pop」に伴うワールドツアーにて締め括った彼等が、これ程までRock然としたステージを作ってしまうと誰が想像し得たでしょうか。

殆どがニューアルバムと前作、そして80年代の曲で構成された今日のセットリストは僕が理想とするU2のライブそのものでした。もちろん、90年代の曲が嫌いなわけではありません。「Discotheque」なんか聴いてみたかったですし。
もうRockを聴くようになって随分な年月が経ちますし、ライブもかなりの数を観に行きました。どうしても自分の中で聴き方、観方というものが備わってしまい、ライブを観ながら、あれは惜しかったな、いやそうじゃなくて、そこはこうして欲しかった、そんな意見も出てくるわけです。まさにビール片手に野球中継を観ている中年男性と同じ。それでも、手放しで心行くまで楽しませてくれる、感動させてくれるライブというのはあるんですよね。当たり前の事なんですが。世に名を馳せるバンドも結構な数を観てきましたが、まだ観ぬ偉大なバンドも多いです。THE ROLLING STONES、PINK FLOYD、AC/DC、VAN HALEN、RADIOHEAD・・・。僕なんて所詮、音楽雑誌記者の真似事をしているだけですが、本業の人達をも黙らせてしまうバンドだっているんですよね。それがRockがRockであり続ける所以なのですから。



Where The Religion Have No Name
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2005年06月18日

英語と日本語と後戻りできない21歳の僕

今日は新しいフラットに行って、頭金を払わなければならぬ日でした。パンクチュアルな人間を目指し、約束の1時間前に家を出たら20程で着いてしまい、仕方なく時間を潰す事に。
新しいフラットの周りには、Tesco、インターネットカフェ、コインランドリー、ニュースエージェント、何でもあり、それが全て歩いて3分以内の範囲にあるという凄い環境。そしてバス停も目と鼻の先に。そこからLondonの中心部までバス1本で行けてしまうという有り難さ。こんな事が許されていいのかといった感じです。

そんな感じで付近を歩き回ってもなかなか時間が経たないので、Usagiさんに電話して中に入れてもらう事に。Usagiさん1人で祭り衣装着て涼んでおりました。もう1人のフラットメイト俊介(漢字は適当)君は上半身裸でお出迎えしてくれました。どうも。

ここんとこLondonは暑い。夏がもう来てしまったのか。昨年は夏と呼べないくらい涼しかったのですが、今年は暑くなるらしいです。3人で俊介君のくれたサクランボを食べて暫く喋っていると、家主のMartinが登場。会うなり日本語で挨拶されて驚きました。彼、日本にかなり興味を持っているらしく、中でも陶磁器に凝っているとのこと。会話の節々に日本語を交えて話すところがPaulと似ていて面白い。そして、Paul同様なかなか神経質な人でして。結構ここに住むに当たっての注意事項が多くて面倒臭そう。まあ、そのくらいきちんとした家主の方が安心できますけどね。今のフラットの家主なんて、酷いもんですから。

頭金を払い、ここに移る日の時間を確認してMartinは帰って行きました。またいつもの様にUsagiさんと喋って楽しく過ごしていました。今日は韓国人の友人Yanが帰ってしまう日だそうで、Usagiさんは彼女の見送りに行くのだとか。それならば着いていこう。暇だし。最近殆ど人と関わる機会に恵まれず、鬱気味だったので人と会えるのは事は嬉しい。何だかこんな文章を書いている時点でもうどうしようもない(笑)。いや、笑いって訳でもないんですが。
Yanはあいこやはること同じ家に住んでいます。以前Usagiさんとはるこさんと運命的な出会いを果たしたあの家です。そんなわけでバスを乗り継ぎ遙か南東の辺境地Elthamまで、Usagiさんと仲良さげに向かいます。Usagiさんと話すといつも思うのが、自分はQUEENについてあまり知らないという事。特に後期。だって僕にとってのQUEENは「Queen II」、「Sheer Heart Attack」、そして「A Day At The Races」だもん。70年代ですよやはりQUEENは。違いますか。わかりました。勉強し直しますよ。

バスで1時間程でYanの家に着きました。Yanは支度を済ませていてはるこさんとくつろいでいました。さすが韓国人。日本人の女どもはいつも当日まで荷造りしていますよ。誰かなんて僕の家で荷造りしていましたし。
毎日書いていますが、暑い。昨年の不本意な涼しさが嘘の様。朝から何も食べずに歩き続けている僕は疲弊を隠せず、それを気遣って何故かお茶漬けを作ってくれたはるこさん。あなた最近カミングアウト気味ですね。ともあれ僕に食物を与えてくれてありがとう。そんな具合にあいこを待っていたんですが、なかなか現れず。あいこはLondon北部の日系病院でナースをしているのです。今日も仕事とあって忙しい様子。というわけで僕達は先に行き、あいことはLondonの中心部にあるWaterloo駅で待ち合わせをする事に。何でWaterloo駅なのかと思ったら、Yanは韓国に帰るその前にヨーロッパ周遊旅行に出るのだそうです。その最初の目的地Parisに向かう国際列車Eurostarに乗るために、Waterloo駅に向かいます。
出発したのはいいんですが、まずEltham駅がエンジニアリングワークで閉まっておりまして。予告無しに駅が閉鎖されるなんて、日本では考えられない事態ですが、こちらでは日常茶飯事。仕方なくバスに乗って僕の家のあるLewisham駅まで移動。するとそこでひでさんに遭遇。偶然ですなとか何とか言いながら喋っていたら、Yanは切符売り場で今度は別の韓国人の友人達と遭遇。人を集める能力を発揮してくれました。

Waterloo駅では無事にあいこと会えて、みんなでお別れ。本当はもう1人韓国人の友人が来るとか言っていましたが、結局時間まで現れませんでした。さようならYan。3回くらいしか会った事無かったけど、元気でね。
さて、夕食でも、とみんなが歩き出した時でした。エレベーターの影から現れる予定だったアンガールズ似の韓国人が。私あそこで待っていたのよ、いや、さすがにそんなところにいては気付きませんよ誰も。しかしマイペースでいいキャラしてますわ。

そんなアンガールズを慰めた後、あいこの提案でタイ料理のレストランに行く事に。久し振りに会ったあいこも、あと少しでLondonを後にします。みんないなくなってしまいますね。Piccadilly Circusの近くにある、タイ料理レストラン。Londonにもこんなレストランがあったのかという様なスタイリッシュなレストランで、日本を思い出させます。ウェイターの接客態度もいいし、料理も美味しかった。辛党の僕はずっとカレーを堪能していました。久し振りに辛いと思わせてくれる物を食べた気がしました。暑いときには辛い物が一番ですね。そんな事を言っていたらからし高菜が食べたくなってきました。誰か送ってよ。

夕食の後は、あいこが帰宅。残ったUsagiさんとはるこさんとLeicester Squareのスターバックスでお話でもということで、またあの日の様に語り始めました。
結局夜の11時頃まで話し込んでいたのですが、やはりさすがUsagiさんもはるこさんも野心家で、自分も負けていられないと思わされます。頑張らなくては。後が無いんだ、僕には(笑)。ついでに帰るところも無いんだ。つらい事があっても、ここで生きて行かなくては。

帰り、いつものTrafalgar Squareが何ともいい雰囲気だったのでしばらくそこで涼んでいました。夏の夜はこんなんでしたよね。2年振りに味わいました。そんな青春モードに電話が。Paulからでした。彼はBirminghamでの用事を済まし、Londonに戻ってきて今日はFANTOMASのライブを観ている筈でしたが・・・。何と彼、今日泊めてくれる筈の友人と連絡が取れず困り果てている様子。それなら家に来いと言ってあげました。部屋は段ボールだらけだけど、寝袋好きのPaulなら大丈夫さ。というわけでそのままTrafalgar SquareでPaulと待ち合わせ、4人で帰る事に。Paul、はるこさんとは日本語で話すくせに僕と話すときはいつも英語。勉強させてやってるということなのでしょうか、油断ならない男です。久し振りに充実した日でした。楽しかったです。
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2005年06月17日

話す

英語検定FCEの最終日はスピーキング。このテストでは2人組を予め作っておいて、パートナーとの会話で英語のスピーキング力を計る(この漢字合っているのか)という変なテストです。同じ検定を受けている同居人のひでさんは、エクアドル人の友人Joseとペアになって問題無さそうでしたが、僕は初めて会ったイタリア人の女の子と・・・。またイタリア人かよ。こればかりは試験管が名簿を見て勝手に決めるので個人に選ぶ余地がありませんが。

それより心配していたのは、今回異様に大勢受検していたスイス・フレンチと組まされる事。スイス・フレンチとは、スイス人でフランス語を公用語としている地域に住んでいる人の事を指します。スイス人と一言で言っても、ドイツ語地域のスイス・ジャーマン、フランス語地域のスイス・フレンチ、そしてイタリア語地域のスイス・イタリアンと、3つの地域で分けられ、それぞれ国民性も全く違います。一言で表現すれば、スイス・ジャーマンは勤勉、スイス・フレンチは傲慢、スイス・イタリアンは薬物中毒と言ったところでしょうか。僕にはスイス・ジャーマンやスイス・イタリアンの友人が多くいますが、スイス・フレンチの友人は1人もいません。理由は簡単。彼等とはコミュニケ−ションが取れないからです。

本場のフランス人もそのような傾向がありますが、スイス・フレンチはまず英語を一切喋りません。もちろん、英語を勉強しに来ていても、です。そんな偏屈な国民性を持つ留学生でも、大抵が30、40代の大人ばかり。だから余計に目障り。そしてそれは言語に限った事ではありません。待合室で煙草を吸いたいと言って試験管を困らせたり、試験が終わった人とまだの人同士が普通に会話していたりと、子どもですよ子ども。先生をあんまり困らせるんじゃないよ。

毒を吐くのはこのくらいに。そして僕の順番。ペアのイタリア人の女の子は至ってマイペースに喋っていたので、それをフォローしながら話をまとめるという苦労を強いられ、ここでもまた苦戦。興味が無くても、興味があるふりをしないと話がそこで終わってしまうではありませんか。これはスピーキングテストの初歩中の初歩。試験管も苦笑いしていました。イタリア人の女の子ドンマイ。僕はやれるだけのことをやったのであとは結果をおとなしく待つだけです。

取り敢えず、これにて検定は終了。お疲れ様でしたよ本当。変な日本語。
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2005年06月16日

To Need Someone

Billy Corgan。僕等の世代にとっても、知らずには通れない偉大なミュージシャン。僕等がようやくRockを聴き始めた頃に起こったTHE SMASHING PUMPKINSの解散という出来事は、僕等が初めて目撃した、ロックバンドが歴史になる瞬間ではなかったでしょうか。 

その中心人物だったBillyが初めてBILLY CORGANというソロ名義でライブツアーを行うというので、今夜は2日間行われたLondon公演の2日目を観に行きました。1日目である昨日はPaulが観に行ったわけですが、彼は何も種明かしをしてくれませんでした。楽しみにしておいた方がいいからと言って。殆ど何の前触れもなく発表された今回のソロツアー。しかし、当然の様に2日間ともソールドアウト。この国での未だ変わらぬ彼の人気が窺えます。

会場はThe Forumという古い劇場をそのまま使っている中規模のライブハウスなのですが、中に入るとその古めかしい内装と正反対の未来的なステージセットに目を奪われました。アンプも、ドラムセットも無し。背面にはタイル状の照明と思しきものが一面に立てられていました。

定刻を少し過ぎた頃にステージが暗転、バックバンドはシンセサイザー兼ヴォーカルの女性、VJ、シンセドラムという構成。そこに、ただ1人デジタルではない楽器、ギターを持ったBillyが登場します。黒いロングコートで帽子を被り、怪しい雰囲気は充分です。今まで彼が行ってきた音楽形態とは一線を画すステージ構成。全く予備知識無しの音楽が始まるかと思いきや、彼のギターによるイントロはやはりどこか懐かしい。それにしても、アルバムも発売前だというのに何年も愛聴した音楽を聴きに来ている様なオーディエンスが興味深かったです。それだけ彼の作る音楽は普遍的だという事なのでしょう。そして曲に合わせてVJが操作する背面のタイル状モニターの映像も見事。各楽器も凝った作りのスタンドで設置されており、コンセプトの徹底した、Billyの思い描く通りの未来型ステージとなっていました。

彼が今夜演奏した曲達、1週間後にアルバム「The Future Embrace」として発表される曲達は、実験的な構造でありながら、メロディーは至ってポップでキャッチー。後期のTHE SMASHING PUMPKINSの方が判りづらい、と思う程でした。エクスペリメンタルだからこそポップ。ポップだからこそエクスペリメンタル。最近自分で曲を作る様になって、どうも自分のやりたい事の焦点が定まらず悩んでいましたが、このバランスだという事に気付かされました。これはかなり意外で、しかも気付いてみれば当たり前の発見でした。

終盤、1曲だけ典型的なRock調の曲を披露。その中でBillyが少しだけ「Today」のイントロを弾いてみせると、悲鳴の様な歓声が起こりました。僕も何が起こったのかよく分かりませんでした。そしてその後は何とAC/DCの「It's A Long Way To The Top (If You Wanna Rock 'N' Roll)」をカバー。デジタル音で構成されたAC/DCという古典的なRockを聴くに、やはり根底にあるものはRockが生まれて50年経とうと変わらないのだなと言う事に気付かされました。難しい事を抜きにしてもあのカバーは純粋にかっこよかったですけどね。

そしてアンコールでは何と、Dimebag Darrellモデルのギターを持って登場したBilly。Dimebagを彷彿とさせるフレーズを少しなぞり、これはサプライズでした。後でPaulに聞いたところによると、BillyもPANTERAのファンだったそうな。やはり90年代というのはどこかで繋がっている時代だったんですね。

僕にとってBillyとは、どこか異星人の様なイメージがあったんですが、終始オーディエンスとコミュニケーションを取り、そしてよく喋ると言う彼の姿は意外でした。そして、動きが松山千春に似ていたのが何とも・・・。やはり彼は異星人です。

彼は90年代を創ったと言われるミュージシャンの中でも最も人間に近い人だと思います。そんな彼が、THE SMASHING PUMPKINSを懐かしむのは当然だと思うし、そこが彼の帰る場所だというのも誰もが知っている事でしょう。だからこうして彼がソロツアーをしている最中に、THE SMASHING PUMPKINS再結成を彼が計画中だと報道されても僕にはそれが当然の様に思えました。今はソロもある事ですし、彼の動向を見守りたいです。



To Need Someone
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2005年06月15日

Birminghamのあいつ

英語検定も3分の2が終わり、安心しているところにイギリス人の親友Paulから電話が。僕がJUDAS PRIESTを観にBirminghamに行ったときに泊めてもらった彼です。この週、Londonでライブを幾つか観たいので泊めてくれないか、という事でした。全然構わないので快く承諾すると、実はもうライブのチケット持っていたりして、なかなか僕達似たもの同士です。

日本オタクの彼は26歳で、生粋のAlternative Rock世代。そんな彼の教祖はTHE SMASHING PUMPKINSで、彼はTHE SMASHING PUMPKINSのライブを4回、ZWANを1回も観たことのある従順なファン。そんなPaul、今回はBILLY CORGAN初のソロライブを観にLondonへと来た訳です。彼は今日観に行くのですが、僕は同じライブを明日観に行きます。

今日は新しいフラットに行き家主のMartinと顔を合わせる約束になっていました。真面目な人だといいんですが・・・。1人で行くのは初めてなので時間に余裕を持って行ったら、思いの外早く着いてしまい、外で時間を潰します。外観、いいですね。Rockしてます。
家主のMartinという人、話によるととても几帳面な人だそうで、イギリス人にしては珍しいタイプなのだとか。それって、Paulと似ている様な。案の定会ってみると、私は日本に興味がありますなんていうオチ付きでした(笑)。世間話も交え、和やかな雰囲気で終始話していましたが、契約に際しては実に細かいというか、慎重そうでした。何せ部屋を借りるに当たって、学生である事を証明する為に学校からの公式な文章が必要とまで言われましたから。でも毎月1回、家賃を受け取りに来るだけだし、家主はこのくらいまともな人の方が安心できます。Martinがいなくなってしまうと、現在僕が移る予定の部屋に住んでいる太郎さんと喋って過ごしていました。彼はこちらでグラフィックアートを勉強しているそうで、部屋には作品が幾つか置いてありました。僕ももう一度、絵をやってみたいな。Usagiさんがなかなか帰ってこないので、頃合いを見計らって立ち去る事に。

それにしても暑い。家に帰ってからは黙々と荷造りを。暑い。

夜の11時頃、近くの駅でPaulと待ち合わせました。会うなり "こんばんは。ロックオタクのYoshiさん。" と一言。会う度に日本語が上達しています。
前回彼が僕の家に来たときはGlasgowに住んでいるNickという友人も一緒だったので寝る場所に困りましたが、今回はPaul自ら寝袋を志願したので事なきを得ました。大体イギリス人はどいつもこいつも背が高い。

Paulは僕のイギリス人の友人の中でも変わっています。繊細というか、神経質というか。日本人なら判りますが、イギリス人で彼みたいな人は今までに会いませんでしたね。折角Paulが来るからという事で普段飲まないコーラとか買っておいたのに、コーラを飲むとカフェインで眠れなくなるから要らないとか言うし・・・。イギリス人は愚か日本人でもそんな人会った事無いぞ。イギリス人だったら年中コーラとフライドチキンで、ハンカチで鼻かみなさい(笑)。しかし日本に興味を持つ外国人って、誰もがこうなるのでしょうか。興味がありますね。

僕の部屋でカバンを開け、何やら怪しいDVDを取り出したPaul。これを一緒に観ようよというので、同居人のひでさんも加わり3人でDVDを観る事に。
「Naruto」知ってますか?日本のアニメです。安土桃山時代と現代が混ざった世界が舞台の忍者の話で、なかなか面白いです。マンガでは読んだ事があったけど、まさかイギリス人に勧められてアニメを観る事になるとは(笑)。観る前に "少し子ども向けなんじゃない?" と言っていたひでさんとか、 "これでも子ども向きって言えるかな?" と観た後Paulに諭されてたし。

明日Paulは午前中にBirminghamに帰らなければならなかったので、夜更かしはそこそこにして寝る事に。明日用事を済ませて、明後日またFANTOMASのライブを観る為Londonに戻ってくるPaul。どこの国にも、似た様な人はいるもんですね。
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2005年06月14日

読んで書く

テスト2日目。今日は3科目が実施され、まずはリーディングから。リーディングとは文章を読んで問題に答える形式のテストです。英語力というか国語力が問われます。500文字程度の文章4つを1時間30分以内に解きます。僕は昨年、IELTSという拷問の様な英語検定を受けたのでそれに比べたら、という感じでやりました。とは言え全然簡単ではなかったけど。

次はライティング。これは英語で文章を書くテストです。180字のものを2つ、こちらも1時間30分内に仕上げます。これもIELTSに比べたら簡単。IELTSでは150字と250字のものを1つずつ1時間以内で書かなければならず、これは本当に鬼です。考える暇とかもありません。

最後は昼休みを挟んでグラマー。日本人はグラマーが得意だ、とよく言われますが、僕は特にそんな気はしません。中学、高校程度の英語教育では云々という以前に、日本の学校で教わるのはアメリカ英語ですからね。 単語にしても "theater" ではなく "theatre" 、 "subway" ではなく "underground" です。発音は勿論、文法も若干違います。留学当初はこれが結構悩みの種でしたね。

取り敢えず今回の検定で一番忙しい日が終わりました。最後のスピーキングは17日。つまり、2日間があるんですね。まとめてやってくれよ。
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2005年06月13日

聞き取る

Ozzfestから帰ってきて間も無いうちにテスト1日目。こちらは英語の検定です。俗に言う、ケンブリッジ英検というやつです。難しいです。僕が現在いる語学学校の方ではその対策授業を取っていた筈だったんですが、その学校、現在全く機能しておりません。というわけで全くの自学で臨んだ訳です。今日受験する科目はリスニング。得意、というか、これが出来なかったらこの国で生きていけません。そつなくこなしました。そつなく、という言葉が何となく好きです。スマートな感じがして。

テストは昨年僕が通っていた語学学校Eurocentresで受けさせてもらっています。本当は生徒しかここで受けられないんですが、校長先生始め先生達とは仲がいいし、いつも良くしてもらっているので特別扱いです。

ここに来るのも久し振り。いつも3階のコンピュータールームに行くと、楽しげに話しているラテンアメリカ人の連中がいたものです。授業が終わってもいつもそこで話をしていて、そのままビリヤードをしに行ったり、パブやクラブに行く約束をしたりと毎日が楽しかったです。でもあの連中、今はもう誰も残っていません。寂しいです。今でもドアを開けたらいそうな気がするのに。

そんな感傷に耽っていると、元担任の先生Judyがやって来ました。久し振りということでしばらく立ち話を。大学のテストと同時期にこの検定を受けているが、今の語学学校が機能していない事だとか、じきに現在この学校の生徒であるUsagiさんと一緒に住む事になる事だとか。しかし、僕の事情を察したJudy、今から授業に来なさいよと言ってくれるではありませんか。ありがたい。ここにいたのはもう1年前だというのに、未だに良くしてもらえるというのは本当に頭が上がりません。

というわけで、実に懐かしい教室に向かいます。Judyが受け持つのはヨーロッパ人のみで構成されたアドヴァンスクラス。いつもならここに日本人の看護婦と元祖ファッションリーダーがいる筈なんですが、今日はいませんでした。Judyが簡単に僕の紹介をクラスの生徒にした後、テスト対策の授業に。Judyはこの学校では日本の学校でいう教務主任のようなポストの先生で、僕が昨年この学校に入学した当初、この先生の英語だけは全く分からなかった覚えがあります。他の先生が留学生に合わせて丁寧な英語で接するのに対し、殆どネイティヴのままの英語を話すJudy。確かの彼女は常に上級者クラスの担任をしていました。10ヶ月振りに受ける授業は、 "Yoshiがいたのはもうそんなに前だったかしらね。" と懐かしまれながらも相変わらず丁寧。本当、偶然ながら思わぬ所で手を差し伸べてくれたJudyに感謝。今の語学学校への不満ばかりが募って検定に対して冷めていた気持ちも、これで何処かへ行ってしまった気がしました。
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2005年06月12日

帰り道

野宿はごめんだという事で、夜行バスでLondonに帰る事にしました。B & B(民宿みたいなもの)に泊まる事も出来たんですが、節約しなければいけないので。

BLACK SABBATHに頭を犯されたまま、Donington Parkをシャトルバスで後にします。さようなら。また来年。いや、知りませんが。というわけでここで予想しておきましょう。来年のヘッドライナーは・・・。AC/DC、GUNS N' ROSES。もうそれぐらいしかいないんじゃない。
ちなみに昨年結構金を遣ってしまった覚えがあったので、今年は前もって6月貯金を積み立てていたのですが、今年は全くと言っていい程遣いませんでした。プログラムと、不味いハンバーガーを1つ。今年のマーチャンダイズにはどうも不満が残りました。

シャトルバスで30分程で、駅のある街の方に戻ってきました。さてそこからが問題。現時刻は夜の11時。バスの時間は何と、夜中の3時。どうやって暇を潰そうか・・・。とりあえず街を当てもなく歩く事に。

こういうときに日本の素晴らしさがよく分かりますね。日本だったらインターネットカフェ、ゲームセンター、暇を潰す手段には事欠きませんから。しかし、この国には24時間開いている店なんてフライドチキン屋ぐらいしかありません。それでも先進国かよと思います。さすがに土曜日の夜という事で、パブやクラブは開いていて若い人達で賑わっていましたが、今ロックフェスティバルから帰ってきましたよみたいな汚い格好で入れてくれる訳がない。そしてやはり田舎だけに、アジア人を全く見かけません。開いている売店で立ち読みしたり、何か暇潰しできる場所を探したりしていましたが、さすがに疲れているし、もう歩くのもきついので、例によってフライドチキン屋を見つけ中に入りました。

そしたら案の定、店内はバンドTシャツを着た連中ばかり。みんなOzzfest帰りのバス待ち組なんですね。そんな中で、適当にフライドチキンを頼み、席に着くと持ってきたテキストを取り出してテスト勉強を始める僕(笑)。この際体裁なんてどうでもいい。学生なんだから勉強して何が悪い。テストがあるんだテストが。でもBLACK SABBATH観たかったんだ。悪いか。思えば昨年もBrixton Academyの入口に並びながら勉強したり、退屈な前座を無視してロビーで勉強したりしていましたからね。それでも受かったんだから、誰にも文句は言わせません。

しばらくそうして暇を潰していると、日本人と思しきカップルが店に入ってきました。僕も心細かったので話しかけてみることに。彼等もOzzfestを観に行っていたのですが、何と出場していたバンドのメンバーの友人なのだそう。ライブが終わってからも関係者ラウンジで休憩していたそうです。しかも、当の彼の方もBRIGADEというバンドをなさっていて、最近めでたくもレコード契約を獲得したというから驚きました。バンドの話から現実的な滞在ビザの話等、暫く3人で話をしていました。当然の様にLondon行きの同じバスを待っていて、住んでいる場所も近いという事が判り、今度ライブに誘ってもらう約束をしてもらいました。彼のバンドのホームページもリンクに追加しておきますね。これからはしばらくレコーディングをするとのことで、いいアルバムを作って欲しいものです。僕のバンドも何とか軌道に乗せたいんですが、メンバーがマイペースなのでどうもね。

そんなわけでバスの時間になり、Londonまで一緒に帰りました。もう随分温かくなってきていますが、夜ともなるとさすがに寒い。昨年の経験を踏まえてセーターを持ってきていたのは正解でした。
Victoria駅にバスが到着し、そこからまたお2人とは別のバスで帰宅。それからは昼過ぎまで寝て、後はただ勉強していました。何度も言いますがテストが近いんです。というか、明日なんです。
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PINK FLOYD再結成

こちらでは新聞の三面記事でした。

かねてからの噂通り、PINK FLOYDが再結成。7月にLondonで行われるLive 8に出演します。それは大体予想していた通りでしたが、駅の売店で新聞の表紙を眺めていた僕は、今回の参加メンバーの名前を見た時思わず声を上げてしまいました。

Roger Waters。

間違いありません。何度も確認しました。彼、PINK FLOYDのメンバーとして再び戻ってくるのです。これは、Rob HalfordがJUDAS PRIESTに復帰した事だとか、MOTLEY CRUEがTommy Lee込みで再結成した事等とは全く次元が違う再結成です。RogerがPINK FLOYDに・・・。奇跡がまた起きてしまいました。今だったら、もう何でもありなんじゃないか。こうなったらどんなバンドでも再結成すればいいじゃないか。GENESISもPOLICEもRAINBOWも・・・。老後が心配な今だからこそ、是非。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/entertainment/music/4085966.stm
posted by Yoshitaka at 23:59| Comment(5) | TrackBack(0) | Music News | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする